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⑥妹と神

 机に座った彼女は、俺たち八人を見下しながら、推理の開陳を宣言した。


「犯人が分かったって本当なの?美子」


「森川さん。何も疑問に思うことはない。私は真相にたどり着いた。そしてあなたたちも、少しだけ頭を働かせれば、きっと手が届くはず」


 彼女の細く透き通るような声が、店内に消えていく。


「兄さん、あなたには分かった?」


 挑発されると、それだけで魂が燃えるように焦がれた。


「分からないよ、美子」


 正直な俺の言葉に、妹は微笑みを返す。


「あなたたちの推理は役に立った。あなたたちの推理は確実に真相を指摘していた。

 でも」


 彼女が溜め息をつくと、かすかに果物のような甘さが香った。


「それだけでは足りない。よって私は、あなたたちの提出した条件に、さらに独自の条件を二つ付加する」


 俺たちの推理で、犯人の条件は四つとなった。性別の条件。身分の条件。住所の条件。身長の条件。


 彼女はここに、二つの条件を加えると言う。


「まず、条件五。犯人は長稲高校の関係者ではない」


 勝ち誇ったように言う彼女はまさに無邪気だった。


「理由を聞かせてくれないか」


「ええ玉木さん。

 まず思い出して欲しいのは、この事件・・・ただラブレターを出しただけだけど、事件っていうことにしておきましょう。兄さんに免じてね。

 この事件で一番重要な人物は誰か?一番イレギュラーな行動をとった人物は誰か?それを考えてみて。

 父さん、母さん、それが誰か分かる?」


 隣同士に座る両親は、顔を見合わせて。


「そりゃあ、このラブレターを書いた犯人。あるいは、美子、お前自身。この二人が最重要人物だろう」


 父さんの言葉に、美子は「違う」とだけ返事をした。


 すると母さんが、はっとした表情で自らの頬に手を添えた。


「洋内先生ね!重要、という意味では美子とラブレターを書いた何者かが該当するけど。

 もっともイレギュラーな行動。つまり、最も目立った行動をとったのは、あの日たまたま風邪で休んだ、洋内先生だわ!」


 美子がこくりと頷き、洋内は、驚いて自分で自分を指差す。


「わ、私か?馬鹿言っちゃいけない。私はラブレターなんか書いちゃいないぞ」


「誰も先生が犯人だ何て言ってないですよ」


 美子は座ったままテーブルの中央まで這って行き、女の子座りで座った。こんな体勢でもミニスカートの中身が見えそうにないのはさすがだ。


「そもそも、長稲高校で下駄箱にラブレターを入れるなんて、本来は不可能だった。他でもない、生徒指導の洋内先生がいるから。

 洋内先生は、毎朝下駄箱をチェックしてまわる下駄箱キラー。事件当日の朝は、たまたま洋内先生が風邪で休んだからラブレターを受け取れたけれど、本来ならば、絶対に下駄箱からラブレターを受け取るのは不可能だった。

 そうですよね、先生」


「あ、ああそうだ。俺は学生のラブレターとかチョコレートとか下駄箱のロマンスとか大嫌いだから、普段なら絶対に許さん。あの日は不覚だった」


「ではここで考えて欲しいんだけど。

 今確認したように、洋内先生がいるなら犯人は下駄箱にラブレターを入れるはずがなかった。実は私に渡すと見せかけて洋内先生に没収させることが真の目的、なんてアクロバティックなトリックもない。名古屋弁だけど、その内容は私への愛で埋め尽くされていたから。

 そして、兄さんや先輩方が何度か指摘している通り、長稲高校において下駄箱キラー洋内は名物キャラ。およそ学内でその名を知らぬ者はない。

 だとしたら」


 美子はマスターの方へ顔を向け、発言を促す。その瞳に釣られるように、マスターは声を上げた。


「そうか!もし犯人が学校関係者なら、下駄箱にラブレターを入れるなんて馬鹿な真似は絶対にしない。つまり犯人は」


 マスターの言葉をあくまで自然に引き取り、美子は宣言する。


「つまり犯人は、下駄箱キラー洋内の存在を知らない人物。

 犯人の条件五。犯人は、学校関係者ではない」


 学校関係者ではない人物が、ラブレターを書いたのか?確かに、美子を知るには必ずしも長稲高校に通っている必要はないが。


「生徒はともかく、教師の可能性は残らないか?洋内から休みの連絡を受け取った教師や用務員が、それを利用して」


「森川さんによると、洋内先生は昼まで連絡が取れなかったほど体調が悪かったそうね。事前に風邪を予測するのは不可能かつ、当日昼まで先生が風邪で休みだと知ることは誰にも出来なかった」


「では洋内先生の自作自演の可能性は?」


「洋内先生は絶対の門番。仮に教え子にラブレターを書こうなんて企てたとしても」

 彼女はちらと洋内を見て、またすぐ俺に視線を戻した。


「例えば一ヶ月、あるいは二ヶ月前から下駄箱の見回りを止めるべきね。そうしないと、自分で自分の首を縛ることになる。洋内先生の監視下でラブレターを下駄箱に設置できる人物は、洋内先生以外存在しない、と推理されてしまうから。

 まして風邪で休んでアリバイを作ろうとするなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しい。万が一、学校を休んで私の下駄箱にラブレターを入れるシーンなんて誰かに見られたら、教師人生終わるんじゃないかしら?

 動機面からも否定できる。毎朝全生徒の下駄箱をチェックするなんてとんでもない労力。それを実行するほど下駄箱ロマンスを憎んでいる洋内先生が、自ら下駄箱ロマンスへ堕ちるなんて、考えられない」


 決められた台詞のようにぺらぺらと言葉を繰り出す美子は、まるでオルゴールのようだった。


「これ以上、反論は出ないみたい。

 ならばこの場で、また一つ、条件が決定付けられる。 

 『犯人の条件五。犯人は学校関係者ではない』」


 五つ目の条件が、美子により宣告された。




「ここまでくれば、もうゴールはすぐそこ。最後の条件は、まさにシンプルイズベスト。およそラブレターを書く人間、全てに共通する絶対条件。

 ところで」


 美子は俺のほうを向き、天使のように笑った。


「ねえ兄さん。私、かわいい?」

「ああ可愛いよ」


 それは即答で。


「枝葉先輩は、どうかな?」

「そりゃ可愛いわよ。」

「玉木先輩は?」

「可愛いよ」

「森川さん」

「言わなくても分かるでしょ美子!可愛いって」


 四人の学生は全員揃って可愛いと言った。当たり前だろう。小方川美子は究極的に可愛い美少女だ。さすがに趣味が悪いのでやらないようだが、この場にいる大人四人に聞いたって全員可愛いと言うに決まっている。


「ありがとうみんな褒めてくれて。

 そしてこれが、最後の条件。ラブレターを書く人物全員の共通項。

 すなわち、対象人物を好きでいること。

 より具体的には、対象人物を知っていること。

 言い直すと、私、小方川美子が美少女なことを、知っていること」


 ラブレターを書くのは、好きだから。


 好きと云うことはその人物を少しでも知っていると云うこと。


 確かにこれは絶対の条件だ。


 例えば、小方川美子は美少女なのだが、その美少女だという情報すら知っていないなら、好きになりようがない。情報ゼロの人物を、好きになれるはずがない。


 例えば名前が好きとか、すごく可愛いと噂を聞いたとか、その程度でも構わないとしても・・・小方川美子という存在そのものを知らない人物が、小方川美子を好きになるのは不可能で、だから、ラブレターを書くのは不可能。


 それは当たり前だけど、だからこそ絶対の真理。

 反論など、挟む余地はない。


「これ以上、反論は出ないみたい。

 ならばこの場で、また一つ、条件が決定付けられる。 

 『犯人の条件六。犯人は私が美少女だと知っている人物』」


 六つ目の条件が、美子により宣告された。




「今ここに、全ての条件が揃った。あとは条件に当てはまる人物を考えるだけ」


 美子はこの場を収束させようとしている。


 しかし俺は半信半疑だった。美子は条件が揃ったと断言するが、本当に揃っているのか、何とも判断しかねた。


 戸惑う俺の思考とは別に、美子は幕を引く準備を着々と進める。


「犯人の条件一『男か否か』

 犯人の条件二『学生か否か』

 犯人の条件三『愛知県在住か否か』

 犯人の条件四『身長155cm以上か否か』

 そして新たに付け加えられた二つの条件。

 犯人の条件五『学校関係者ではない』

 犯人の条件六『私が美少女だと知っている』

 これだけの条件に当てはまる人物を、私は一人しか知らない」


 条件五により、俺の両親とマスター以外は除外される。。

 しかし両親が例え実の娘に懸想したとしてもわざわざ学校の下駄箱でラブレターを渡す意味はない。また、マスターと洋内は知り合いだ。ならば『下駄箱キラー』の名を知っているはずで、マスターは条件五を満たさない。


 つまり残っている人物はこの場にいない・・・はずだったが。


「本当は、『犯人』なんて呼びたくないけど、兄さんが、私にラブレターを渡した人は犯人だって言って聞かないから、許してね」


 妹は、テーブルの上に立つと、どこかに向かって・・・そう、それは上下左右、東西南北どこでもない、けれどどこかを指差した。


「犯人はあなた。

 パソコンの、あるいはスマートフォンの前に座る、あなた。

 つまり、読者」


 読者が、犯人。


 我々を生み出した筆者=創造主すら、超越する存在。

  神―読者。


 読者が、犯人だと?


「しかし美子よ。読者は文章を読んでいるだけ。まさかお前にラブレターを送るはずがない」


 俺の真っ当な反論は、美子によって一笑に付された。


「兄さん。何を甘いことを言っているの?犯人のための条件を設定し、その条件をクリアする人物がいる場合、それがどれだけ突拍子がなくても、ひょっとして犯罪を起こしてすらいなくても、犯人になってしまう。それが犯人当ての力。


 ―さて。

 読者の皆さん。あなたは私及び四人の推理から逃れられる?

 犯人の条件一『男か否か』

 あなたは前の章で設定された、その条件を満たすのではないかしら?

 犯人の条件二『学生か否か』

 あなたは前の章で設定された、その条件を満たすのではないかしら?

 犯人の条件三『愛知県在住か否か』

 あなたは前の章で設定された、その条件を満たすのではないかしら?

 犯人の条件四『身長155cm以上か否か』

 あなたは前の章で設定された、その条件を満たすのではないかしら?

 いいえ、反論は許されない。以上四つの条件を、あなたは確実に満たしているはず。

 そして、この章で追加された二つの条件。

 犯人の条件五『学校関係者ではない』

 あなたはまさか長稲高等学校の関係者なのかしら?

 犯人の条件六『私が美少女だと知っている』

 あなたはこの物語が始まる前からその事実を知っているはず。紹介文にも人物表にも書いてあったから。そして私が美少女だと知ってさえいれば、ラブレターを送ることが出来る。

 さあ、およそ登場人物の中で、あるいは、読者のあなたの身の回りにいる人物でもいいけれど。

 この条件全てに当てはまる人物が存在するの?

 今この小説を読んでいるあなた以外に、全ての条件に当てはまる人物が、存在する?」


 信じられない。信じられるはずがない。

 しかし俺は知っている。目の前の読者が、四つの条件全てに当てはまることを。そして読者である限り、残り二つの条件から逃れられないことを。


 読者以外、条件を満たす人物がこの場にいないことを。


 犯人の条件を全て満たす者。たとえそれが読者でも。


 条件を満たす以上、受け入れてもらうしかないようだ。


 我が妹にラブレターを送れた人物。それはあなた以外に存在しない。


 そして、我が妹にラブレターを送った人物が、それがたとえ神と呼ぶべき存在だとしても。


 あなたはやはり犯人なのだ。俺にとって、妹にラブレターを送る行為は犯罪であり、だから実行者は犯人である。


 改めて、妹に代わって、告発しよう。


 犯人の条件一『男か否か』。あなたはこれを満たす。

 犯人の条件二『学生か否か』。あなたはこれを満たす。

 犯人の条件三『愛知県在住か否か』。あなたはこれを満たす。

 犯人の条件四『身長155cm以上か否か』。あなたはこれを満たす。

 犯人の条件五『学校関係者ではない』。あなたはこれを満たす。

 犯人の条件六『妹が美少女だと知っている』。あなたはこれを満たす。


 全てを満たす者は、今目の前でこれを読むあなたのみ。

 あなたこそが、この小説の犯人だ。


 つまり―


 読者が犯人だ。

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