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⑤N

おめでとうございます!Nを選んだあなたは小柄で可愛い今ドキ女子!そんなあなたのラッキーカラーは赤紫色!ラッキー方位は西北西!

 店内には八人の人物以外、誰も存在しなかった。

 そしてその八人は、テーブルを囲み肩を寄せ合って座っている。

 妹に悪事を働いた(?)犯罪者(?)を特定するため、ついに俺たちの推理が開陳される。犯人特定の時がやってきたのだ。


「じゃあまず俺から。一番簡単な推理を披露しよう」


 じゃんけんの結果、俺から推理を開陳することになった。俺はみんなを見回し、自信ある口調で言った。


「犯人の条件一。犯人は女性である」


 俺は得意気に全員を見回す。


「美子は当然ながら女性だ。だからラブレターを書いたのもまた女性。これは当たり前だが、確認しておくべき事実だろう」


 父を除いた全員が、俺の言葉に頷いた。


「お、おい、待ってくれ。私だけか?意味が分からないのは」

 困惑する父に、俺は事実を言い放った。


「父さん。たぶん美子は父さんには隠していたんだろうね。

 美子は同性愛者だよ。同性愛者の美子にラブレターを書いたのだから、当然、犯人は女性。これはシンプルな理屈だ」


 同性愛者、という言葉に父は唖然とした。無理もない。美子は良い子だから、父を心配させないため、はっきりとは言わなかったのだ。しかし。


「父さん。美子は確かに口には出さなかった。でも、おかしいと思わない?

 俺は小さい頃、美子といつも一緒だった。小学生までは隣の布団で寝ていたし、中学生までは一緒に登下校していた。

 現在。そのいずれも拒否されている。これは兄離れだ。兄に構われるのが恥ずかしいか、単純に嫌なのだろう。

 妹は兄離れが始まっている。にも関わらず。

 俺と美子は一週間に一度、一緒にお風呂に入っている。これは俺がお願いして美子が折れたのだが。

 しかし、美子は女子高生だ。いくら血が繋がっているとはいえ、男女の高校生が一緒にお風呂に入ると思う?百歩譲って、男性側は困らないにしても―実際俺はうれしいし―女子高生が年の近い異性とお風呂に入るなんて異常だよ。しかも一緒に登校することすら嫌がりはじめた美子が、普通なら、どれだけ頼んでも、一緒にお風呂に入るなんてありえないと思わないか?

 ではなぜ、美子は俺と一緒にお風呂に入ってくれるのか。

 美子は、俺に裸を見られることも、俺の裸を見ることも、まったく気にしていないんだ。異性の裸をまったく気にしない女子高生。美子は、心が男性なんだ。つまり同性愛者なんだよ」


 加えて言えば、俺は美子の親友の森川に嫉妬している。なぜなら、森川は美子の恋愛対象になり得るからだ。もしただの同性の友人なら、愛する妹の盗撮写真を売ってくれる森川に感謝こそすれ、憎むなどありえない。


 美子は少なからず森川に好意を抱いているのだろう。だから美子は、森川の前で恋愛関係の話をするとすぐ恥ずかしがってしまう。兄とはお風呂に入れるくせに。


 また美子が同性愛者であることは、俺と美子の秘密ではなく、周知の事実である。


 枝葉は、美子が結婚するなんて万が一にもありえないと言った。「交際はともかく」と前置きをして。なぜ結婚が絶対にありえないのか?結婚がありえないにも関わらず、なぜ交際の可能性はあるのか?


 美子は同性愛者だから、同性以外好きにならない。だから、同性と交際することはあっても、結婚は出来ない。ここ日本で、同性の結婚は禁止されているから。


 玉木は、美子が男と付き合うことはありえないと言った。なぜありえないのか?直前に枝葉は「交際はともかく」と言っているのに、なぜ玉木は交際すらありえないと断言したのか。


 それは「『男と』付き合うことはありえない」からだ。同性愛者の美子は、女性と交際することはあっても、男性との交際はまずありえない。


 そして、玉木は美子の身長が低いことすら知らなかった。そんな玉木ですら、美子が同性愛者であることは知っていた。つまりある程度美子のことを知っていれば、同性愛者であることは分かるのだ。


 犯人は美子へラブレターを書いた。それほど美子を好きな犯人が、彼女の一番の特徴、同性愛者であることを、知らないはずがない。


 同性愛者である美子にラブレターを贈ったのは、同性。つまり女性。


 よってこの場で、一つの条件が決定付けられた。


 『犯人の条件一。犯人は女性である』






 次に、生徒指導の洋内が推理を披露する番となった。


 彼は、数々の生徒を恐怖に陥れたであろう腹に響く低い声で、話し始めた。


「では私から、一つの事実を指摘しましょう。

 犯人は学生である」


 彼は、俺たち学生を睨みつけ、かつ大人たちには笑顔を振りまきながら全員の顔を見回す。反論はとりあえず出てこない。



「犯人は学生。これは当然の事実です。

 ところで在校生のお前らは知っていると思うが、我が学校、長稲高等学校は部活動が活発で、外部の人の出入りが多い。だから例え部外者でも、ある程度自由に校舎に入ることが出来る。

 そうだな森川!」


 名指しされた森川は、思わず背を伸ばして答えた。


「は、はい先生。長稲高校は色々な人が訪れます。だから、学内に知らない人がいても、よほどの不審者じゃない限り、怪しまれない可能性が高いです」


 洋内は満足したように頷くも、その厳しい顔付きは決して崩さない。


「その通りだ森川。では小方川よ。ここで云う学内とはどの範囲を指す?」


 名指しされた俺は、反射的に答えた。


「それは当然グラウンド内、校舎含めて全てです」


 ばんっ!洋内がいきなりテーブルを叩き、悪魔のような形相で俺を睨み付けた。スキンヘッドにでかいガタイ。怖い。


「馬鹿が!校舎内全てだと?そんなはずないだろう!そうだな枝葉!」


 枝葉は怒鳴られてピクピクと震える俺を見て、くすりと笑いつつ答えた。


「はい先生。学校敷地内全てではなく、ここではある程度その範囲を限定することが出来ます。

 例えば、いくら外部の者が入れると言っても、職員室に出入りすることは出来ないでしょう。職員室に人が入り乱れるケースは稀ですから、入ったら確実に職員室内に存在する教員に顔を見られます。教員は全ての学生を把握しているわけではありませんが、下手な動きをすればすぐつまみ出されるはずです。

 他には、例えば部室。例えば今は季節じゃないプールなど、絶対に外部の者が入らない場所には、侵入することは難しいでしょう。そこにいるだけで不審者と丸分かりなので」


 枝葉の答えは洋内の期待通りだったらしく、しかめつらのまま、うんうんとしきりに頷く。


「そう。長稲高等学校は防犯的にかなり緩い。とはいえ、誰も彼もがどこでも自由に出入りできるわけではない。不審に思われる場所には、心理的に入れないからだ。

 そしてこの事件。事件は一年生が使う東昇降口で起こった。この場所に、不審に思われず侵入できたのは、誰だと思う?」


 洋内は玉木を指差した。指名された玉木は、気乗りしないようでもきちんと丁寧語を使って答えた。


「はい洋内先生。昇降口に入れるのは学生だけと思われます。

 例えば他の学校の生徒が招かれたとして、昇降口から出入りすることは考えられますが、まさか社会人が昇降口から出入りするなど、通常(何かイベントがない限り)考えられません。何のための来客用玄関か分かりませんから。社会人ならそれなりの格好をしているはずですから、きちんとスリッパが用意してある玄関から入るに決まっています。

 だから、もし昇降口に社会人がいたとしたら、他の生徒が不審に思うでしょう。

 物理的には、隙を見て忍び込むことは可能でしょうが、学生しかいない昇降口に社会人が近付くのは心理的に難しい。いつ生徒が登校してくるかも分かりません」


「その通り」


 洋内はまとめに入った。


「ラブレターは下駄箱にあった。つまり犯人は昇降口に近付かなければならなかった。

 しかし社会人が昇降口に近付けば一発でばれる。例え何らかの方法で長稲高校の制服を着ようと、他の学校の学生のフリをしようと、いくら変装しても背丈やしわは誤魔化せない。逆に言えば高校生でなくても中学生、大学生程度なら問題ないだろうな。

 犯人は昇降口に近付き、下駄箱にラブレターを入れた。犯人は昇降口に近付くことに、何のためらいもなかった人物。

 つまり、犯人は学生である。これは推理というより事実だ」


 反論は出なかった。あるいはそれは彼の威圧感によるものかもしれなかったが、しかし俺個人の目から見ても、憎いながら、彼の意見は納得できるように思えた。


 よってこの場で、一つの条件が決定付けられた。


 『犯人の条件二。犯人は学生である』






 一、二番手と犯人の条件を付加していった。しかしまだまだ絞りきれるほど網は狭くない。


 そんな中、三番手は森川美千代だ。果たしてどれだけ犯人を絞り込めるだろうか。


「私は、やはり当然のことに注目しました」


 そう言って森川は、テーブル中央に置かれたラブレターに手を伸ばし、それを広げて周囲に見せた。


「見ての通り、このラブレターは名古屋弁で書かれています。そこから推測すれば、様々なことが分かります。

 だから私の示す真実は・・・犯人の条件三、犯人は愛知県在住ではない」


 愛知県在住・・・『ではない』?しかしラブレターは名古屋弁で書かれている。一体、どういう理屈なのだろうか。俺を含め、森川以外の7人はみな、彼女の説明を待った。


「このラブレターは名古屋弁で書かれています。ならば一見、犯人は名古屋市在住、または、名古屋弁を自然に使える可能性のある、愛知県在住。こう考えるのが自然です。

 しかし皆さん、考えてみてください」


 森川は、ラブレターを広げたまま、その文面を指差した。


「皆さんは名古屋市在住ですよね?いや、仮に名古屋市在住でないとしても、おかしいと思いませんか?

 こんなコテコテの名古屋弁を、話し言葉ならともかく、文として書く人がいると思いますか?」


 一瞬はっとして。そして、森川の言葉の正しさを受け止めた。


 日常会話として方言が思わず出てしまう場合はあるが、おみゃーだの、だがやだの、ここまでコテコテの名古屋弁は、意識しなければ出てこない。

 しかもこれは文章。それもラブレター。細かい方言はともかく、『どう考えてもこれは方言だ』と分かる言葉は、避けるものではないか?

 例えば、思わず「マラソン大会はえらかった(えらい=つらい、疲れた)」と書いてしまうことはあっても、「おみゃーは日本人だぎゃあ(あなたは日本人ですよね)」なんて書いてしまうことはほぼない。いや仮にうっかり書いてしまっても、書き直すのが普通ではないか?


 しかしこのラブレターは名古屋弁をこれでもかと盛っている。つまりこれは。


「名古屋弁は犯人の罠です。

 こんなに名古屋弁満載の文章、例え書いても書き直さないなんてことは絶対にありえません。ラブレターなんてロマンチックな物を、方言まみれにする意味が分かりません。知らず知らず書いてしまったという領域を逸脱しています。

 だからこれは犯人の罠です。

 犯人はあえてラブレターに方言を書くことで、『自分は名古屋市や愛知県在住である』と誤認させたかった人物です。つまり、真相はその逆。犯人は愛知県以外に住んでいる者」


 ラブレターは罠。名古屋弁は罠。理屈は納得できるが。


「しかしこれはコテコテの名古屋弁だわ。実際に愛知県に住んでいる人以外、こんな文章を書けるかしら?」


 母の反論に、森川はすぐ返答した。


「今は方言なんて調べればいくらでも出てきます。インターネットで名古屋弁を調べて作成したのでしょう。それに、純粋名古屋出身の私からすれば、違和感のある使い方も多々見られます」


「しかし犯人はそんなことをして何のメリットがあるんだ?」


 マスターが言った。


 彼の指摘は的を射ている。神聖な、大切なラブレターを汚してまで(ごめんなさい名古屋の人)『自分は愛知県在住』とミスリードさせる意味がどこにある?

 結果的に、今、俺たちは犯人探しをしているから、効果があったとしても・・・俺が「ラブレターの差出人を特定しよう」と思わなければ、このトラップは空振りに終わるはずだった。


「美子のお兄さんである小方川先輩は、かなりのシスコンです。そんなことはちょっと美子を観察していれば分かります。

 だから犯人は考えた。美子にラブレターを出せば、確実にシスコンの兄に邪魔される。ラブレターを盗み見るか実際盗むかして中身を確認し、その差出人が誰かを当てようとするかもしれない。

 ならばトラップを張ろう。あえて名古屋弁でラブレターを書けば、名古屋、愛知県在住と勘違いするのではないか?

 犯人は、こう考えたのです」


 俺は生粋のシスコンだ。美子の近くに俺がいること、俺がシスコンであることは、広範囲に知れ渡っている。例えその情報を知らなくても、美子を観察していれば、簡単に察せられるだろう。


 つまり、これは俺への対策。俺を罠にはめるためのミスリードだったわけか。


 俺は森川の意見に納得した。反論もこれ以上出てこなかった。


 よってこの場で、一つの条件が決定付けられた。


 『犯人の条件三。犯人は愛知県在住ではない』






 そろそろ日も暮れてきた。妹はどこかに遊びに行っているらしいが、家に戻ってくるまでにラブレターを元の位置に戻しておかないといけない。時間的に、次がラストバッターとなるだろう。


 最後のバトンは玉木正が受け継いだ。


「ここまでは、抽象的な条件設定が多かったように思う。だから、俺は方向性をやや変えて、具体的な条件を付加してみたい」


 時間がないのを知ってか知らずか、玉木はたっぷり溜めてから言った。


「俺が指摘するのは、犯人の条件四、犯人は身長155cmより下である」


 身長。背丈が関わる場面と言えば。


「下駄箱の高さか」


 俺の言葉に、玉木は嬉しそうに笑う。


「勘がいいな。

 ラブレターは下駄箱二段目の奥に入っていた。では、下駄箱二段目奥にラブレターを入れられたのは誰か?

 ところで小方川の話によれば、美子ちゃんの身長は145cmらしいな。そして森川は『もう10cm高ければ余裕なんですが』と言っていた。

 ということは、簡単な話だ。145+10。155cm以上あれば、下駄箱最上段、二段目奥にラブレターを余裕で入れられる」


 よくそんな細かい会話を覚えているものだ。俺はちょっと感心したが、そこでふと疑問を覚えた。


「待て。お前は、身長155cm以上なら下駄箱最上段の二段目奥にラブレターを入れられた、と言うんだな?」


「ああ。155cm以上あれば、二段目奥に入れるのに何の努力も必要ない。ジャンプも背伸びも必要なく、普通に入れられる」


「しかし、お前は最初こう言ったじゃないか。『犯人は身長155cmより下』」


「言ったよ」


「・・・おかしいだろ。身長155cm以上ないと、二段目奥に自然に入れられないんだろう?だったら、『犯人は身長155cm以上』だろう。何で『155cmより下』になるんだよ。これじゃ真逆だ」


「それで良いんだよ」


 彼の言っている意味が分からなかった。それは他の六人も同じらしく、皆ポカンとしている。


「俺は、二段目奥というキーワードと、美子ちゃんの身長について考えてみた。

 すると、おかしいことになるんだ。通常の思考方法では、絶対に、犯人は二段目奥にラブレターを入れるはずがない。なぜか分かるか?」


 マスターが、玉木の疑問に答えた。


「そんなところにラブレターを入れるメリットがない。ということか?」


 玉木は頷く。


「マスターの言う通り、二段目奥にラブレターを入れる意味はほとんどない。

 真っ先に思いつくのは、下駄箱キラーと呼ばれている洋内のチェックを掻い潜るため、という理由だが、これはおかしい。洋内のチェックは徹底されている。バレンタインデーにチョコを渡せず女子を恐怖に陥れるほどの洋内の下駄箱検査は、ただ二段目奥に入れる程度で突破できるはずがない。だから『洋内を警戒したから二段目奥に入れた』なんて理屈は成り立たない。

 では他の理由があるだろうか?二段目奥に押し込んでおく理由が。

 他の同級生に見られないようにするため?確かにその可能性はあるだろう。しかし、何も二段目の『奥』でなくても、例えば縦に入れてスリッパの影にするとか、多少汚くなるがスリッパの下に置いておけば、それを移動させてまで盗もうとする生徒は皆無ではないだろうか?」


 俺は玉木の推理に拍子抜けした。


「馬鹿だなあ玉木。それは偶然だろ。

 確かに、二段目奥に敢えて入れる絶対の意味はないように思えるけど、例えば適当に入れたらたまたま奥に行ってしまった、とか、さっき玉木が言ったように、他の学生から隠すため、奥に入れるのがもっとも簡単だと思った、とか、いくらでも説明できる。

 敢えて二段目奥に入れる必要はないかもしれないが、逆に言えば、敢えて二段目奥を避ける理由もないんだからな」


 玉木は、ギラリと目を光らせた。


「小方川、よく言った。そこが一番のポイントだ。

 犯人は絶対に二段目奥を避けなければいけなかった。二段目奥に入れる抜群のメリットがない限り、絶対に、二段目奥に置いておくわけにはいかなかったんだ」


「・・・その心は?」


「美子ちゃんは背が低い。たまたま気付いたから良かったものの、彼女がラブレターに気付かない可能性は高かった。

 二段目奥なんかに入れたからだ。

 彼女は、何とか下駄箱最上段に手が届くぐらい身長が低く、一生懸命ジャンプしなければ二段目奥を見ることすら出来なかった。

 つまり、ラブレターは取り残された可能性があった。

 そしてここは学校だ。ラブレターが取り残されたら、体育の授業や休み時間など、他の生徒に見つかる可能性が高まる。美子ちゃんの行動によっては掃除の時間まで下駄箱にラブレターが残る可能性もあり、そうなれば確実に美子ちゃん以外の生徒に見つかってしまうだろう。それは避けたかったはずだ。

 犯人は危険な橋を渡ったわけだ。二段目奥なんかに置いたせいで」


 美子がラブレターを置いたまま学校へ入ってしまう可能性は、それなりに高かったと思われる。


「犯人が気付かなかった可能性は?つまり、『二段目奥に入れてもきちんと気付くだろう』と思い込んでいた、とか」


「ないとは言えないが、犯人はラブレターを渡すほど、美子ちゃんが好きだったんだろう?好きな人物の身長を、それほど大幅に見誤るだろうか?

 また、犯人は実際下駄箱の前に立ってラブレターを入れたはずだ。下駄箱が思ったより高かった、なんて馬鹿なことは絶対にない」


「では・・・お前がさっき言ってたじゃないか。同級生に気付かれたくないって方を優先して」


「しかし、同級生に気付かれる可能性はそれほど高いだろうか?いや、同級生に気付かれたくないだけだったら、二段目のスリッパの真上、あるいは、一段目の奥でもいいだろう。他にやりようはあったし、間違っても『美子ちゃんに気付かれない可能性が一番高い』最もリスキーな二段目奥を選ぶはずがないんだ」


 言われてみれば、玉木の言葉は成る程正しい気もする。


 しかし現実に、ラブレターは二段目奥に置かれていた。


 つまり、玉木はこう言いたいのか。


 犯人には、二段目奥に入れるメリットがあったはずだと。『美子に気付かれないかもしれない』というデメリットを上回る、最大級のメリットが、犯人にはあったと。

 俺や周りの皆がようやく彼の話の流れを理解したところで、彼は確信を持って言った。


「犯人が敢えて下駄箱最上段二段目奥にラブレターを置いた理由。

 それは、身長を誤魔化したかったからだ。それ以外考えられない」


 身長を、誤魔化す?しかしそれは、果たしてメリットなのか?


「この作戦には大きく二つのメリットがある。

 まず一つ。身長を誤魔化せば、見栄を張れる」


 俺はずっこけた。


「犯人はラブレターで『喫茶店で会おう』って書いてるのに、身長誤魔化しても意味ないだろ!」


「まあな。ただ、身長の低さというのは気にする人は気にするものだ。理屈ぬきで見栄を張りたかった可能性も決して低くはないだろう。また、彼女と会うときはシークレットブーツを履いておく予定だったのかもしれない」


「馬鹿みたい」


 と吐き捨てる枝葉の向かいで、俺の母が顔を伏せて苦笑していた。母は美子と同じくとても背が低いから、低身長の悩みが分かるのかもしれない。


「まあこれは半分冗談として。

 もう一つの方が本命だ。身長を誤魔化すもう一つのメリット。それは、俺たちの目を誤魔化すことが出来るというメリット。具体的には」


 玉木は俺を指差した。


「小方川。お前の目を誤魔化せる。これは確実かつかなり大きなメリットだろう」


「ど、どこがだよ」


「まず第一に、お前がシスコンであることはみんなが知っているし、美子ちゃんを見ていれば分かる。

 第二に、お前は性質の悪いシスコンだ。俺たちを集めてラブレターを送った人物を当てようなんて。いやそもそも、妹の部屋を物色してラブレターを盗んでくるなんて、嫌な兄貴だ。そして、お前がこういうタイプの・・・つまり、妹は渡さんってタイプの兄だということは、これまた見ていれば分かる。

 よって、美子ちゃんにラブレターを渡せば、高確率で兄が妨害してくると推察できる。

 だから、身長を誤魔化した。

 身長を誤魔化せば、ラブレターの返事を貰う前に、自分の身元を特定されてしまう最悪の事態を防げるだろう。また、身長を実際より高くミスリードすることで、つまらない理由で舐められる事態も防止できる」


「つまり、俺の介入を予測した、俺への罠、ということか」


 実際、俺はこうしてラブレターを送った不届き者を特定しようと励んでいるし、俺のシスコンっぷりは異常だから、この事態を事前に予測できても不思議ではない。自らの情報を与えないため、という理由はそれなりに納得できる。


 また、見栄を張るため、という理由は、さっきは思わずずっこけたが、それなりに理解できる理由かもしれない。もし自分がチビだとして、好きな人に自己紹介するとき、思わず身長を高く偽ってしまうかもしれない。無意識的に、自分の背が高く見えるような工夫をしてしまうかもしれない。


 好きな人にラブレターを送ろうとしている誰か。自分はチビだと認識している誰か。その誰かは、咄嗟に、より自分の身長が高く見えるよう・・・あるいはちびじゃないんだと自分を奮い立たせるため・・・思わず、彼女がラブレターを見逃すかもしれないなんて可能性を何も考えず、少しでも高い場所にラブレターを置いてしまうかもしれない。その心理は、理解できる。


 それ以上、周りから反論は出なかった。


 よってこの場で、一つの条件が決定付けられた。


 『犯人の条件四。犯人は身長155cmより下である』




 これで、犯人の条件は四つとなった。まだまだこれからとはいえ、既に日は落ちている。そろそろ帰らないと。今日はここらでお開きか。


 解散ムードが漂い始めたその時。


 喫茶店の扉が開いた。


 カランコロンカランと単調な鈴の音を鳴らしながら入ってきたその人物に、一同、固まった。俺、玉木、枝葉、森川、マスター、洋内、父、母、全員が黙り、おそらくはその人物に注目していた。


 その人物は夕日に映える黒髪ロング。

 制服から伸びる足は細くまた瑞々しく。

 背は低くてもなぜかスタイルは抜群で。

 ぱっちり開いた目と、長い睫は誰しもが心奪われる。

 それは美少女だった。世界的に見て美少女で、日本的に見て美少女で、何より俺の女神だった。


「面白そうな話をしているのね。兄さん」


 挑発的な笑みはそれだけで絶頂に誘われそう。


「聞いていたのか美子」


 俺の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、その場の誰をも置き去りにしてその乙女は俺たち八人が座るテーブルに近付き、そしてその愛らしいお尻を、下品にもテーブルに下ろした。テーブルに座った彼女を、椅子に座ったままの俺たちは見上げるしかなく。


「犯人が分かったわ」


 物語の最上位者が真相の開陳を宣言した。

次は『⑥妹と神』へお進みください。

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