再改
遥かとまでは言わないけど、大分昔。大きな隕石が、三日後くらいに地球に墜落するという一大イベントがあった。各国のトップ達は、躍起になって協力し始めた。今迄、あれ程勧告されようとも全く止める気配を感じさせなかった、互いの国同士の大きな、でも実際はとても小さい喧嘩も直ぐに取り止められた。それは素晴らしいものだった。実に実に素晴らしいものだった。人類が今まで生み出してきた、科学だとか叡智だとかは無駄ではなかったのだと思い知らされた。「美しい」と想った。こうして人類は、また確固なる平穏を取り戻した。
しかし、やはり、そんなものも束の間。現状はどうだ。荒れた大地。所々に転がる腐敗した人肉。錆びれた建築物と思しき鋼鉄。鼻を劈く放射能。「醜い」と想った。一向に学ばない。一度突きつけられた過ちを、そしてそれを懺悔する機会を与えられても、まだ学ばない。まだ腐肉に群がる蝿の方が賢い。
考えた。大いに熟考した。そうしたら、あの一大イベントを思い出した。人類が手と手を取り合い協力し合って、初めて解決出来るような強大な災害。それこそが、「醜い」人類を「美しく」立ち直らせる唯一の方法だと悟った。
さあ、問題は次だ。その救いの手をどう呼び込むか、だ。再度考えた。大いに熟考した。が、これが全く出てこない。こればっかりはどうしようもないのかと、心の何処かで気付いてしまった。何せ所詮は、結局どこまで行こうとも「醜い」人間なのだ。こんなに思慮に思慮を重ねても、周りの有象無象より秀でていても、結局のところ何ら変わりは無い、ただの人であり、動物であり、生物であり、害虫なのだ。
幾度となく繰り返した、途轍もなく甲斐無い悲観を喚いた。「美しく」なりたい。己の無力を号哭した。最早嗤ってくれる屑共もいないかと思うと笑えてきた。この手が憎い。何も掴む事が出来ないこのか細い手が。いっそのこと消えてしまえば、とも考えた。しかし、行き着く所が同じ愚鈍なのも、人間臭いと思えて、呆れてやめた。やはり、自分は「醜く」無益な害虫なのだと改めて痛感させられた。最もこの手では、同じく藁のようなこの首すら締める力が足りないだろう。次いでに言うと、覚悟もだ。
視界は、虫眼鏡を遠くから覗き込んで見えた世界のように朧げになり、頭は今にも葉先から垂れそうな雨粒の様に重く垂れ下がった。膝が錆びたバネのように、曲げても反発してこず、折れた。衝撃で、虫食いされて穴だらけになった古木の様な骨が、まるで小枝の様に折れた。喉が砂塵にやられて上手く呼吸が出来ない。喚く事すらままならない。突如、大地が揺れた。空が、落ちてきた。世界が、暗転した。
暗闇も、この臓器が安定しない様な浮遊感も、慣れてしまえばなんてことは無い、只のプールだ。そう粋がってはみたが、実のところ、なかなかに怖い。さらに言うなら、さっきからどこからともなく体に響いてくる音も怖い。よく聞き取れないが、なにやらその音は喋っているようだ。五感を研ぎ澄ませて、身体を傾ける。
「〜〜いだ、〜〜た。」
駄目だ、聞き取れない。そして、聞き返そうとしたその刹那、光が、視界を、覆った。
遥かじゃ済まされないような、遠い昔を思い、感傷に浸った。それも仕様が無いことだろう。何せ、眼下に見えるのは、忘れもしないあの日の光景なのだから。そうか、そろそろ潮時か、と何だか感慨深いものすら感じたが、正直なところ、これにも飽き始めていた頃だったので、まあいいかと少し楽観的になって、あの頃と同じように、幕を下ろした。準備中だからね、見てはいけないよ。ただそれだけの気持ちでしていた事だったのだが、これによって、一度世界が終焉を迎えていると知ったのは、また大分先の話だ。
さあ、懐かしの控え室だ。沈黙がきつい。何か喋ろう。
「ねえねえ。」
‥聞いているんだか聞いていないんだか分からない様な反応を見せられて、そういえばこんな感じだったな、と思いを馳せた。伝えたい事だけ伝えよう。
「交代だ、疲れた。」
よし、終わった。あとは灯りを付けて、ん?
今、何か喋ろうとしていたか?‥まあ、いいか。それじゃ。
良い人生を。