CIA
「逃げましょう!」
ア―ロンはエイミ―の手を引き、夜の街に消えた。
拳銃規制がアメリカ一緩いフロリダ州。
銃を突きつけた強盗は返り討ちに合い、手持ちの毒物をもって自害。
そんなシナリオだろうか、駆けつけた警察は、目撃者から事情を聴いて救急車を呼んだだけだった。
二人は素早くホテルに戻った。
「こんなに走ったの初めてよ」
「明日チェックアウトしよう。ドイツのスパイの仲間がこの街をうろうろしてるだろう。多分、やつらはこの街の国際空港からロンドン経由で行ったり来たりしてるんだ。ここを、アメリカでの諜報活動の中継地にしているんだ、多分」
「緩い街だもの、そうよね、紛れやすいわ」
エイミ―は500ミリリットルの水を一気に飲み干した。それでも、息は切れている。
ア―ロンはエイミ―に何事もなくて良かったと安心した。普段、好きな気持ちをなるべく表さないようにしているけれど、こんな危険な夜は例外だ。
彼は、ボストンバッグに荷物を詰め込むエイミ―の後ろから、彼女を突然強く抱き締めた。
エイミ―はそのまま止まった。そして、自分の体を強く包んでくれている筋肉質のア―ロンの太い腕に、自分の掌を乗せた。
彼はエイミ―と向かい合い、彼女に優しくキスをした。
「良かったよ、君が怪我しなくて」
「貴方も撃たれなくて良かった」
「………………………愛してるよ」
「いつ頃から?」
「判ってるだろう、最初からだ」
エイミ―はア―ロンの頬・唇に触れた。男らしいウェ―ブのかかった黒髪は見た目より柔らかい。グリーンの瞳はいつもエイミ―を見つめている。
二人は唇を重ね合った。
ア―ロンはまるで以前、ハリウッド映画に出演した時の西部劇のカウボーイのように、エイミ―を勢いよく抱き上げると、格好良く寝室のドアを蹴って開けた。
陽が登ると同時にホテルをチェックアウトした。
二人は豪華なホテルのロビーを急ぎ足で通過。
ロシア語がア―ロンの耳に入ってきた。
「YA poluchil poddelku」
(偽物をつかまされた)
「YA ne znayu gde nakhoditsya disj」
(ディスクはどこにあるんだ)
「……………」
会話の意味が理解出来た。
ア―ロンは振り返った。二人のうちの一人の男の顔。
あの男は、殺された教授の、行方不明とされている助手にそっくりだ。顎が長くしゃくれていて鷲鼻だったから、一度見て覚えていたのだ。webニュ―スで顔写真が出ていた。
ディスクはどこだって?
しかも、ロシア語で。
ア―ロンの体に戦慄が走った。
殺された教授の研究室の助手はロシア人なのか??
ロシアのスパイ、まさか教授は灯台もと暗しで殺された。
「どうしたの?」
ア―ロンはエイミ―の手を引いて、ホテルの駐車場へ急いだ。
車に乗ろうとした瞬間、
「CIAだ」
と、懐から手帳を見せながら、仕立ての良いスーツ姿の大柄の男二人がア―ロンとエイミ―の前に立ち塞がった。
「教授のディスクはどこだ?」