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——視線がぼやけているのを感じる。全体的に白っぽい。
——視界がほぼ元通りになって辺りがよく見えてきた。ここは保健室だと推測した。
なぜならカーテンにベッド、業務用デスクに腰かけている初老の女性、見覚えは無いが白衣を着ていることから保健室の先生だと思った。いや間違いなかった。
僕が起きたのに気づくとその女性は声をかけて来た。
「気分はどうですか?」 やけに高い声で少し違和感を感じたがすぐ慣れるだろう。
「えっと確か僕……いえ、はい大丈夫です」 頭がまだ完全に回転していない。
「あなた七瀬君でよかった?」
「はい」
「あなた3-2教室の前で倒れてたの。高崎さんが見つけてくれたからよかったけど」
そうだった頭痛がしたと思ったら体制を崩してしまって——今に至る。
そのまま誰からも見つからなければという願望が思い浮かんだが校内でそんなことはあり得ない。だんだん冷静になってきたようだった。
——自殺という単語が頭の中に浮かんでくると自分が滑稽だったと客観視してしまっていた。でも苛立ちという感情は全くなく、今日屋上に行くことは無いだろう。
「ちょっと熱があるみたいだけど大丈夫そうですね。後で高崎さんにお礼言っておいてくださいね」
――時計を確認すると五時を過ぎていた。窓の外を見るとグラウンドが全体的にオレンジがかった色になっていた。とりあえず今日は帰宅しようと思いベッドから起き上がり保健室の先生にお礼と挨拶をし廊下に出た。
廊下も夕焼けの色で染まっていて懐かしいような心地よさを感じた。不満ばかりを感じていたこの世界だったが見え方次第では華やかに見えてくる、そのような考えを僕は抱いてしまった。
それは今日が最後だと決めつけていたからなのか? 自分の心なのに答えがわからない。自分の机と教室以外を認識できるようになってしまったのが原因? あれ、そういえば頭痛がしない。
朝から考えを巡らせる度に起きていた現象だったが今はもう何ともない。そうだ、鞄を取りに行かなきゃと思いだし三階に向かった。
——階段を登りきるといつもの教室が見えてきた。扉は開いた状態で教卓の影がはみ出していた。そして教室に入ろうとしたが人影が伸びているのに気づく。
僕は反射的に教室に入りかけた足を戻し入口の影に隠れ、影の元を辿った。
視線を上方に移すと女生徒がいた。————僕は自然とその生徒に視線を向けた。耳元が隠れるまで伸ばした髪が赤茶色に輝いていた。
夕日に溶け込み窓際に立って景色を眺めながら風でなびくその髪の毛、制服が今まで見たことのない憧憬を僕に与え少しの間ぼーっとしてしまったが、教室にきた目的を思い出して自分の机に一直線に歩く。
僕に気づいた素振りは一切ないが、足音で教室に誰かが入ってきたのには気づいていると思う。なるべく音を立てないように自分の机にかかった鞄を手にかける。
もう一度窓際の方を見るとさっきと変わらず外を眺めているようだった。他人を認識すること自体が久しぶりなので新鮮な気分になっていたからか僕はその人に声をかけようと思った。
「あの――高崎さんですか――――」一番新しい記憶からとっさに出た言葉はこれだった。
——反応がない。自分の言った言葉を頭の中で繰り返してみると言った言葉が可笑しいことに気づいた。意味が伝わらなかったか聞こえなかったかと思いもう一度声をかけようとしたが止めた。
鞄を持ち上げ歩き出そうとしたとき微かに声が聞こえる。
「違うよ」 華奢だったが落ち着きを感じさせる声でただ一言。返事が返ってきて少し安堵した、そして間が悪いと感じたので僕はさようならと一言呟き教室を後にした。