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対話

 私がミラーハウスに戻されてからしばらく――といっても、暇潰しに意味もないストレッチを一通りこなし終えるくらいの時間が経ってから――やっと帝釈紫苑が顔を出した。

 遅い。遅過ぎる。と文句をつけようとして、その疲弊しきった様子に口を噤んだ。


「……ずいぶん静かだね」

「あんたみたいに減らず口ってわけじゃないのよ」

「ああそう」


 汚れるのにも関わらず、帝釈紫苑は力無く床に座り込んだ。腹から吐き出される深い息に、私はちょっと心配になった。


「ねえ、あんた大丈夫なの?」

「単に死ぬほど疲れただけだから大丈夫」


 思いのほか元気そうな声に、私はほっと胸を撫で下ろした。

……もちろん、別にこいつが死んで悲しいとかではない。そもそも身体を奪ってやろうとまで考えていた相手だ。この一日足らずで、そこまで都合よく思考がひっくり返るわけがない。

 単に、今死なれたら私が困る。それだけだ。


「ま、好きなだけ休んでったら? どうせ誰も来ないし、何も無いわよ。私と鏡以外はね」


 帝釈紫苑は何も言わず、肘をついて頭を支えている。頭痛でもするのだろうか。

 死ぬなら、柊舞夜をこのミラーハウスに連れて来てからにしてほしい。そうして私の役に立ってくれた後なら、どうなったって構わない。いや寧ろ消えてもらいたいくらいだ。


 だってこの少年は、私を殺す・消す手段を知っていてもおかしくない。


「谷田アツシだっけ? 君の友達の」


 と言いながら、一人蹲っていた帝釈紫苑が顔を上げたのがあまりにも唐突で。

 その瞬間、私は自分がどんな表情で彼を見下ろしていたのか非常に気になったが、向こうは特になんの反応もしなかったので、多分そこまで敵意を表してはいなかったのだろう。


「……彼氏よ、彼氏。元って言った方が正しいのかもしれないけど」

「どっちでもいいけど。その人、ずいぶんいい人だったみたいだね」

「いい人だったら、こんな所に彼女を独りで放っとくわけないでしょ。馬鹿じゃないの?」

「だけど何かある度に、その名前が出てきてる――って、言われなくても自覚あるだろ?」

「……まあね」


 不服げに頷く私の姿は、傍から見たらどのように見えているのだろう。恥ずかしがりで彼氏への愛をうまく表現できない彼女? 馬鹿みたいだ。


「……別にたいした男じゃない。優しくてへらへらしてて、ヘタレ。思ってることを口に出す勇気が無いの。どんな些細なことでもね。告白までヘタクソだったの。ありえない」


 好きとか付き合ってとか、そんな言葉一つうまく言えないくらい顔を真っ赤にして口籠っていた谷田くん。彼に好意を持たれてることくらい分かっていたから、辛抱強く待ってあげたけど。

 結局あんまり焦れったくて、こっちから怒鳴りつけてやっとまともに告白したくらいだった。それでも大学生かよ。


「なのに結構モテてたのよ!! 私のなのにさぁ!?」

「『たいした男じゃない』ならほっといたら?」

「あいつら! 優しいとこがいいって、意味分かんない!  他人のものに手ぇ出そうとしてんじゃないっつーの!! 佐藤に八咫、それから鈴木に加賀美……!」


 ぎり、と奥歯を噛みしめる。


「そうよあいつら、あいつ……」

「どうしたの急に。浮気でもされた?」

「……、はぁ? されるわけないでしょ、この私が」


 ふんと胸を張る私の姿が、対になった鏡に映る。

 ゆるく内巻きにパーマをかけた、肩につかない程度のセミロングヘアー。黒に近いダークブラウンの髪色も、清楚というより寧ろ地味な印象のフレアスカートも、全て谷田くんの好みに合わせたものだ。

 なんて、まあ結局は私に似合うからやってるんだけど。清楚系な外見に騙される奴らは見ていて結構おもしろい。


「この明らかに私の趣味じゃ無さそうな服とか化粧とか、見て分かるでしょ? 結構一途なのよ」

「全然分からん」


 ああそう。私は溜息を吐いて、彼に背を向けた。

 こんな男と一緒にいて、柊舞夜は何が楽しいのだろう。性格も態度も口も悪い。命令しても、言う事一つ聞いてくれないに違いない。そんな奴と一緒にいて、何になるというのだろう。


『そんなことで選んだわけじゃない』


 ぴりりと電撃が走ったかのように、脳裏にそれだけの言葉がひらめいた。


「……」


 なぜだかとても気持ち悪くて吐きそうだと感じたが、よく考えたら肉体もないのだからそんは筈がなかった。

 帝釈紫苑から背を向けたせいで、私の前には鏡の世界だけが広がっている。ほのかに銀色の滲んだ、薄暗いだけの空間が果てしなく続く。私の世界。

 だけど私は、あの奥に足を踏み入れたことがない。


「急に黙って、どうかした?」

「なんでもない……なんでも……」


 鏡の中で座り込むと、確かに床の感触がある気がする。こうしていると、彼の背中を見送った時を思い出す。声も出せず、手も動かせず、ただ彼とあの女の背中を見送った時のことを。


「別に…私だってこんな、取られたらムカつくとは思ってたけど、こんな……。ここまで好きじゃないのに。何をこんなに気にしてるの?」




 座り込み、ぶつぶつ呟く響子の背中を眺めながらも、紫苑は声をかけなかった。頭痛が酷かったのもあるが、なにより彼女を観察していたかった。

――幾分挙動不審なくらい気分の上下差が激しい。対象への強い執着心があり、言動には客観性が欠け視野狭窄。自分の異常性をはっきりと自覚できていない……。

 紫苑はしばらく、虚ろな彼女の後姿・・を確認しながら、いくつかの要素について黙考した。

 それは主に、自分の世界に篭り、外から目を逸らし続けている彼女についてだった。

 それから次に、吐き出すべき言葉を吟味した。


「……佐藤、八咫、鈴木、加賀美、だっけ。この中で一番印象に残っている人間は?」

「かがみ……私の世界……。わたしの……」

「手野響子さん」


 持ち上がった顔にかかる髪の隙間から、昏い瞳が覗く。絶望と逃避の色に染まった瞳が。


「……明日、あの写真の子を連れてきてあげるよ。僕の友達の」

「ほんと?」


 縋るような視線に、紫苑は複雑な顔をして黙った。憐れみにしては相手から距離を取ったような表情をしていた。

 今の状態の響子でもそれには気付いたが、彼女はただそれを見つめて待つしかなかった。一筋のわずかな希望だけが響子を照らしていた。


「嘘じゃないよ。写真そのままだ。……明日はあのお城にでも行こうか。比較的丈夫な建物なのか、どこよりも綺麗に形が残ってるし。噂は確か、」

「地下の拷問部屋。どーせガセよ、ガセ。ホントだとしても、女の子をそんな所に連れてくなんてありえない」

「……ああそう。じゃあ止めとこうか。他には……ここには地下室とか、隠し部屋とかあんの?」

「無いけど。そんなもの探してどうなんの? ドッキリ? 友達を驚かせたいだけなら、かなり悪趣味ね」


 響子は顔を顰めている。まるでつい先ほどの自分のことさえ忘れたかのように、いつも通りに振る舞っている。


「いや。そんな所があったらさ、この遊園地の秘密とか隠されてそうだよねー。隠された財宝とか、外に出せない書類とか」

「テレビの見過ぎじゃない? 廃園にそんなもん残ってるはずないでしょ。まあ、私みたいなのが言うことじゃないけどね」


 言って、響子は肩を竦めた。

 紫苑が語った夢物語と大差無い存在、それが彼女だ。この裏野ドリームランドにある7つの噂の1つ、『ミラーハウスの入れ替わり』。まさかその噂が真実で、実際に鏡に閉じ込められた人間がいるなんて、一体誰が信じるだろうか。

 紫苑は何も言わなかった。

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