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噂4『ミラーハウスでの入れ替わり』

夏のホラー2017参加作品です

 早速ですが、鏡に閉じ込められて数年が経ちました。


 怪談によくありますよね。鏡の中の自分と自分が入れ替わってしまい、立場を奪われて――ってやつ。

 それです。被害者です。というより、そんな哀れな被害者のその後、でしょうか。

 『裏野ドリームランド』という遊園地内のミラーハウスで、その怪談に引っかかり、今もずーっとそのまんま。

 ちなみに戻れる気配はゼロです。

 なんたってこの裏野ドリームランド。すでに閉園されてるんですから。


――正直、ふざけるなと言いたい。


 そんな私の名前は、手野ての 響子きょうこ

 鏡に閉じ込められたままなす術もない、とっても哀れな被害者だ。




 私が彼氏と訪れた、裏野ドリームランドには、いくつか怪しい怪しい噂話があった。

 そのうちの一つが、『ミラーハウスでの入れ替わり』。


――ミラーハウスから出てきたあと「別人みたいに人が変わった」って人が何人かいるらしいよ。なんというか、まるで中身だけが違うみたいだって……。


 雑談を盛り上げるためだけにあるような、くだらない噂。まさかそんな話、この私が信じたわけじゃなかったけれど。


 気付けば私は鏡の中。


 私が最後に見た記憶は、私であった『私』と歩く去っていく彼氏の背中だった。そしてそれを呆然と鏡越しに見送ったきり。


「……馬鹿みたい」


 彼――谷田くんと、偽物の私が、現在どうしているのかは全く不明だ。彼が私をこのミラーハウスに捜しに来てくれたことなんてないので、今も『私』が入れ替わったことに気付かぬまま、二人幸せにやってるんじゃないだろうか。

 まあ案外、別れちゃってるかもしれないけれど。

 そんなの、私の知ったことじゃない。


 だって私は鏡の中。寂れてうらぶれた、誰も来ないこのミラーハウスで、独り寂しく朽ちていくしかないのだ。






……なんて。


 そんなの我慢できるか!!!!!



 そもそもなんで私がこんな目に合わないといけないのか。普通に彼氏と遊園地デートしに来ただけだ。運か。運が悪いのか。チケット代をケチって裏野ドリームランドを選んでしまった自分が悪いのか? ちゃんと谷田くんの意見を聞いて、別のテーマパークにしていれば。いやでも彼もすぐ賛成してくれたし……。


 と。普段ならここでぐだぐだ自省やら後悔の念やらで、頭を抱えるところだが。

 私はさっさと切り替える。この馬鹿みたいな悪循環から逃げる作業にも慣れたものだ。

 これも、初めはただの現実逃避だった。しかし、今の私にはちょっと違う。


「いち。私はミラーハウスで、入れ替わられてしまった」

「に。私は鏡の中に閉じ込められてしまった」

「さん。その代わりに、鏡の中の誰かは『私』の体に入り込んで、外に出ていってしまった――」


 そこで私は思いついたのだ。


――じゃあ私も、誰かの体を奪っちゃえばいいんじゃないですかね、と。


 まあ「その発想は良くない」なんて善人ぶったツッコミが聞こえてきそうだが、そんなもん私が知るもんか。数年間ボッチで鏡に閉じ込められた経験のある者だけが私に石を投げなさい。こちとら花の青春時代、大学生活丸ごと奪われてるんだよ。


 なんて野望を抱いたはいいが。それが叶うのは夢のまた夢。


 今や裏野ドリームランドに来るのは、肝試し目的の冷やかしくらい。おまけに誰も彼も、ミラーハウスにだけはなかなか近付こうとしない。

 理由は単純。入口付近が崩れ、鏡の破片が散らばっており、幽霊云々よりも物理的な危険がいっぱいだからだ。

 裏野ドリームランドには他に目立つ心霊スポットが沢山あるし、わざわざ怪我なんて負いたくないと、ここまで来る人間なんて滅多にいない。


 そのため私は、この野望をくすぶらせながら、日々鏡のなかで、何をするでもなくただぼーっとして過ごすばかりだった。


 そんな平穏かつ退屈な毎日の終わりを運んできたのは、詰襟の学生服を着た高校生くらいの少年だった。整った顔立ちだけど、どこか冷めた目付きをしている。退屈そうに周囲を見渡し、何かを捜しているみたいだった。

 何をしに来たかは知らないが、どうせこいつも中までは訪れないだろう。

 ミラーハウスの鏡のなか、私は拗ねた気持ちでそんなことを考えていた。


 彼がまるで目的を持ったかのようにこのミラーハウスの入口に立ち。中に、足を踏み入れてくるまでは。


「よ、」


 念願の人間だ。うっかり入り込んできた虫でも動物でもない隙間風でもない、人間だ。ヒト!! 人類!!


「よっしゃああああああ!!!」


 この際、男だろうがなんだろうが良かった。私は今すぐにでもそいつと入れ替わるつもりでいた。その後どうなるかだとか、それ以外のことは一切考えられなかった。

 生身の体だったら涙が出てるんじゃないかってくらい興奮していた。だから、気付かなかった。


「……なんか用?」

「え?」


 その少年と、ばっちり目が合ってしまっていることに。

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