【続】17歳にして自称・義理の息子四人。どいつもこいつも年上です~末っ子がやってきた~
【17歳にして自称・義理の息子四人。どいつもこいつも年上です】の続編になります。
良く晴れた小春日和。クレヨンの空色を全部使って塗ったような空は雲一つない。
いつもなら明け方は放射冷却現象の寒さで震えて起きる私も、今年の冬は一味違うのです。
四方山話中、私の布団の薄さに感づいたジョナサンが、小さく折りたためる銀色の保温シートを用意してくれたのだ。
伯母は居候の私の持ち物には厳しい。必要以上に買い与えてくれないし、誰かから物を貰うと「乞食みたいで恥ずかしい」と取り上げて怒るのだ。
でも保温シートは畳めば持ち運びができるサイズ。布団や毛布と違って、これなら伯母に見つからず寒さを凌げるスグレモノなのです。
最初はタダで貰うのは申し訳なくさて固辞したんだけど、ジョナサンとテディがにっこり笑ってタブレットで値段を見せてくれたら、保温シートは数百円。
月々の小遣いが1000円の私には決して安い物じゃないけど、いつも作ってくれるお昼ご飯のお礼と言われれば断れなかった。
それにジョナサンは言ってくれたんだ。
不相応な贈り物を強請ったり、必要以上に物を欲しがったりするアミじゃないって知っているよ。アミは良い子だからね。……でも、ちょっとした贈り物を喜ぶのは、良い子の秘訣だよ。贈った相手が喜ぶ姿を見てハッピーになれるからね。ボクはアミが良い子なら嬉しいな。
ジョナサンはずるい。そんなふうに言われちゃうと断れないもん。
だから有り難く頂いた。
ジンは「エマージェンシーシートより、サバイバルシートタープの方が……」とか言っていたけど。そちらは数千円。当然、お高いので却下です! それに布じゃなくむしろ寝袋に近いよ、それ! 伯母さんに見つかるから!
……シートにしてもタープにしても、女子力的に喜ぶ部分が残念だとは思ったけど。
もっとも味気ないように見えて、テディがこれはシート留めるクリップの代用品だからって、小さなビーズが付いた可愛ヘアゴムでシート巻いてくれたけど。
残念無念なアニメプリントシャツなのに、意外と女あしらいがうまいような気がするのは……気のせい?
でもお陰で風邪もひかないし、よく眠れて体調もいい。こうやって元気にジョナサンに逢いに来ることもできる。
だからあの銀色の贈り物は、確かに私にもジョナサンにもハッピーを運んでくれた。
今日みたいに御機嫌でアパートのベンチに座って甘酒を飲みながら、のんびりジョナサンと話す一時は私にとって掛け替えのないもの。うん、意地を張って風邪をひいて会えなくなったら勿体ない!
「子供のころね、甘酒って本当のお酒だって思っていて、これを飲んだら大人の仲間入りだ―って、ドキドキしたんだよ」
お酒が大好きなエミリーが、行きつけの酒屋さんで質の良い酒粕を貰ってきたけど、調理法が分からず困っていたんだって。私が甘酒にするといいんじゃないかなって言ったら、ジョナサンもジンも光速の勢いで食いつき、控えめにテディが音速の勢いで食いついてきたから、お鍋でみんなの分の甘酒を作ったんだよね。
ちなみにエミリーは「アルコールの入ってないサケなんて認めないわ!」と、リアルorzの形になっていたけども。
セクシー褐色肌美女がそんな男心を擽る格好なのに、ジンもテディも見事なスルーっぷりで甘酒を飲んでいるのは男としてどうなの? ――ジョナサンもスルーした事に、実はちょっと安心したのはナイショ。
お日様の下で自分のマグカップを持って、みんなと飲む甘酒はとても美味しい。……伯母の家だと、私の食器は割れないよう長く使えるプラスチック製だから、温かい飲み物はあまり美味しく感じないんだ。
私とジョナサンは色違いで、ジョナサンは白で私は黄色のシンプルなマグカップ。ジンは登山のリュックにぶら下がっているような金属製、テディはアニメキャラプリントされたマグカップと好みはそれぞれ。
……実は、色違いのシンプルマグカップはあと二つある。
一つはジョナサンの仕事で付き合いがあった人の物で黒のマグカップ。一度見かけたけど、黒髪で眼鏡をかけたクールな人だった。
このアパートの顔面偏差値高し。
いやベンチに仰向けで寝転がったら、さっそく猫が顔に乗っちゃったジンも、立ち木に背中を預けて優雅にアニメマグカップで甘酒を楽しむテディも顔面偏差値は高いんだけど――残念すぎるし。
もう一つの緑色のマグカップは息子さんのだって。それも末っ子のアンソニーさんの分。
他の3人の分は? って聞いたら、上の子たちは20歳を超えているからね、だからいいんだよって。アンソニーさんは私より一つ年上らしい。
飛び級で大学に進学して研究三昧なんだって。本当は一緒に日本に来たかったらしいけど、ジョナサンが学業を優先するように言い含めたとか。
でも空っぽのマグカップを見ながら遠い家族へ向ける、慈愛に満ちたジョナサンの言葉を忘れられない。
「あの子は一番下だから、ボクもあの子も可哀想だね。――だって、一番年下ってことは、一緒に居る時間が一番短いんだから」
その時は、海を隔てて暮らしているからかな? とか、兄弟でも確かに早く生まれた子ほど両親と長く過ごせるなって、それくらいしか思わなかった。
ジョナサンの言葉の本当の意味を知ったのは、彼が祖国に帰ってしばらくしてから。
ジョナサンの訃報を聞いてからやっと私は理解できた。
ジョナサンは知っていたんだ。
自分には時間がもうないって。息子たちとの、さよならの時間が近いって――。
「いや、もうさ。トニーも子供じゃないんだし。わざわざ空港まで迎えに行かなくてもよくね?」
なんだか高そうな左ハンドルの車を運転しながら、面倒くさそうにぼやく三男のブライアンことジン。サングラス着用で不良指数も3割増しでアップです。
もっともサングラスは威圧でもファッションでもなく、色素の薄い白人系に多い光に弱い瞳だから着けているんだとか。
「そりゃハイヤーで来ればいいとは思うけど、トニーだってママに早く会いたいだろうし。あの子は甘えん坊だからね」
……うん。ママじゃないと何回言えば、この貴公子然とした次男のテディは覚えてくれるんだろう? はい、どうぞって、ストロー挿したアイスティーくれても騙されないし。
「トニーが来る時間を待つより、こちらからも向かって合流した方が合理的だ。――ママ、ジンの運転が荒かったらいつでも言ってくれ」
銀縁の眼鏡がクールな、ちょっと近寄りがたい秀麗さを持つのは長男のベン――ベンジャミン。
いや。安全運転だしブレーキも滑らかで、ストレスフリーだし。
あのね? なーんにも問題ないよ?
君たちが私を“ママ”と呼ぶこと以外は!
ある冬の日、私は恋をした。
50歳以上も年齢が離れた人――ジョナサン。
人はおかしいって言うかもしれない。従妹みたいに気持ち悪いと嗤うかも。
だから何? 好きの形は一つじゃないはずだ。
ジョナサンが私に触れるのは、頭を撫でてくれた時だけ。
彼は肩さえも触れなかった。老いや年齢差に引け目を感じたんじゃない。
彼は自分から申し込んで、相手が承諾したときに初めて肩を抱いてもいいと考える心の持ち主だった。
彼は本当の紳士だったのだ。
でも、どんなに好きでもお別れの日が来る。ジョナサンは病気だったんだ。
病状が悪化してジョナサンは祖国に帰る事になった。
お別れの日も、甘酒を飲んだ日みたいによく晴れていたことを覚えている。
車椅子から立ち上がって膝をつき、指輪に金鎖を通したペンダントを差し出して痩せた顔でジョナサンは微笑でくれた。
「アミを幸せにするよ。ボクはもう年だから息子たちにアミを任せちゃうけど……アミは進学でも就職でも好きにしたらいいよ。僕はアミの未来を守りたい」
そうして、最初で最後のキスを、そっと額にくれて。
幸せになる未来に自分が含まれないことを、ジョナサンは分かっていたんだと思う。未来に進むには、もう自分は歩けなくなっていることを。
だから同じ時間を歩ける息子たちに、私の未来を見守って欲しいと告げてくれた。
優しい、優しい、ジョナサン。
あなたという存在は、一つの言葉では表せなかった。「友人」「家族」「恋人」。それらが混じり合って一つになっていたよね。
でも。
これは、恋だ。
誰がなんと言おうとも。
触れ合うことがなくても、指輪を交わせなくても、恋だ。
直ぐで、幼く、稚く、それでも確かに恋だった。
ぎゅっと首から下げたペンダントトップを握り締めたら、まるでジョナサンのように長男のベンが小さな声で「大丈夫。ママは幸せになるさ」と呟いてくれて、私は泣き笑いを浮かべてしまった。
ありがとう。――でも、ママは余計な単語だよ。私、17才だからね?
「ダディが愛した女性はママ」って、大人の意見じゃないよ……。
そして、今。
私は空港のロビーで注目を浴びて居た堪れないです。
「ちょ……なにあれ、マジで格好いいんだけど!」
「モデル? 俳優かな? イケメンだよね」
「目に保養過ぎる……写真撮りたい―!」
「……でさ、一緒に居る子……なに?」
ええ、ええ、そうでしょうとも。
黒髪にアンバーな瞳のクールビューティー。金髪碧眼の貴公子。赤毛と青灰色の瞳な不良系。
……顔面偏差値への挑戦じゃないです。イケメン見本市の会場でもないです。ですから「なんであんなチンチクリン」的な目を向けないでください。視線で体が穴ぼこだらけになりそうです。私は穴の開いたスイスチーズじゃないんです。
しかも今から、ここにもう一人加わるんだよね……。
淡い栗毛にグリーンアイの天使系が……。
「ママ! と、その他大勢のみんな! 会いたかったよ!」
そうそう、こんな感じで透き通るような声で。テレビ電話で話した声にそっくり。
頬を桜色に紅潮させて、走ってくる制服姿の美少年。
緑色のネクタイと明るいグレーのズボン。……うん、私の通っている高校の夏の制服によく似ているなあ……。
おかしいな。胸ポケットの校章までそっくり――というか、あれ、うちの学校の制服だ!
小型犬がしたたたたって走ってくるみたいに、制服姿の天使が駆け寄ってきて。
え?
ええ?
ええええ?
両手を広げるのは大陸の人お得意のハグの体勢では? ち、ちょっと、こっちは島国で鎖国もしていて、え、ま、待っ……!?
その時、するりと横からジンが動き、駆け寄ってきた美少年の首に自分の腕をフック状に引っ掛けて突進を阻んでくれた。
美少年というか、トニー、ちょっとした首吊り状態になっているけど大丈夫なの?
片腕でトニーを止めたジン、細身だけど膂力はあるんだよね……。
「……ママは虐待のPTSD(心的外傷後ストレス障害)でスキンシップが苦手だ。気を付けろ」
「……ごめん、嬉しくてつい……。これからは気を付けるよ」
なにか二人でぼそぼそ話しているけど、大事なことなのかな?
「ジン、酷いよ! もうちょっとで天国の階段を、三段跳びで駆け上がるところだったじゃないか!」
「トニーなら天辺まで三段跳びで駆け上がって、ちゃっかりエスカレーターで降りてくるって信じているから大丈夫。末っ子って要領いいものだし」
「そういう信頼関係は求めてないから。ベンも黙って僕の荷物を取りに行かないで二人を怒ってよ! 一番のおじさんでしょ! ねえ、ママ、テディとジンが僕をいじめるよ! ママも叱ってくれるよね?」
「黙れ。尻についた卵の殻を捨ててから意見しろ、ひよっこが」
……うん。アレだ。大事なことじゃなかったみたい。
大事なのはこの場の空気です。ねえ、気づこうか? 周囲の視線も痛いし、イケメンコントも辛いし、なによりも。
やっぱり“ママ”なんだー……。
帰りの席順は、トニーの「僕が一番ママと話してないから、僕がママの隣だね」との宣言により、私の隣は天使のトニーです。にこにこ嬉しそうだけど、美形は多すぎると心理的負担が半端ないです。
それにしても近くで見ると、やっぱりトニーが来ている服は私が通う高校の制服だった。
「ねえ、トニー。それってうちの高校の制服?」
「そうだよ。秋学期……で合っているのかな? 日本は違う言い方? ともかく夏が終わったらママと同じ学校に留学するからね。早めに取り寄せてみたけど、似合う?」
美形は何を着ても似合うけど、わざわざ取り寄せるほどのことだろうか。夏休み中にこちらで買えばいいだけのような?
そんな私の表情に気づいたのか、トニーはネクタイを指に絡めながら笑った。ジョナサンによく似た、優しい笑い方で私は少し泣きたくなる。
「今まではベンたちがママと一緒だったけど、乗り遅れた分は同じ学校に通う時間で取り戻すよ。……末っ子の悲しさでダディとは一番短い時間しか過ごせなかったけど、ママとは末っ子だからこそ一番長く居られるかもね」
トニーの言葉に珍しく誰も口を挟まなかった。
たぶん、彼がジョナサンと一番過ごした時間が短いことに思うところがあったのだろう。
だってジョナサンも甘酒を飲みながら、使われたことのない空っぽのマグカップを見て同じような話をしていたもの。
帰ったら、あの日と同じマグカップで乾杯しようかな。冬と夏では空の高さは違うけど、今日も青空が広がっている。
黒のマグカップはベン、アニメプリントはテディ、金属はジン、緑はトニー、黄色は私で。
もう使われなくなったジョナサンの白いマグカップにもお茶を注いで乾杯しよう。
新しい家族に。
二学期。
一つ年上のはずが、日本文化を学ぶためにとか理由を付けて、トニーが私のクラスに留学生としてドヤ顔した瞬間、マグカップで殴ってやりたかったです。