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色々あるのよ、家族計画ってのは

 あるいは、王侯貴族と密な連絡を取り合っていたなら切り捨てられたのかもしれない。

 パンドラが公に歓待され、もてはやされるのをカジャは見た事がなかった。今年が病花の実る100年の時であった事すら一般には知らされていない。そもそもパンドラは御伽噺や神話でしかない存在だ。密やかな旅はパンドラとその騎士によって為される。密使はいたとしても、現場の判断は基本的に一行の騎士が行っているのに間違いはない。その場の空気を掌握さえすれば勝算とまではいかなくとも、延命くらいはできる計算だった。

 騎士の指揮をとっているのがハンチェスタだったのもこの手段がとれた要因だ。ヴィラにとってカジャを完全に害悪だと判断しているマルテアンであれば、周りが『先代の騎士の生まれ変わりの苦言』らしきものに惑わされたとしても、譲らなかっただろう。彼はパンドラを神聖視する敬虔な傾向が最も強いとみえる。

 だが、このパンドラのシステムはヴィラのみを核としているのだ。彼にその旅を嫌悪させるような事がないよう心は配られている。ハンチェスタは表立ってはカジャもザグアイナも貶めない。ギリギリ抵触しても決定的な処罰をくださないのだから、多少の無茶は今後もアリだ。

 その目に付く無茶な行動からカジャは、計算のできない女に思われがちだが、他人の思考や可能性まで読んで確信的に動く性質の悪いジャンルの女だ。


 砦の病花に接近させないよう、今後も昇華の儀式中は待機になるが、それ以外では監視の仲介者が1人以上つけばヴィラとは接触できる。病花の毒で倒れている間の世話も。ならば、これ以上は望まず、最後までヴィラの寂しさを癒すに徹すれば問題なく旅は続けられるというのに、やはり、そうはしないわけだ。

「ジャンクフードも知らずに育つなんて、哀れ過ぎるでしょう。貴族の若人どうなってんのよ」

「ルグワイツ様の食事は昔から全て管理されています。全て何を食したかも記録されるぐらいで、どこで手に入れてきたか分からないような物は許可しかねます」

「大体、体に悪いものをあえて好むのは自殺志願じゃないのか。ある種の自己陶酔というか、退廃的という」

「だから堕落させるくらい魅力的な味なわけよ。そりゃ毎日はいらないけど、しばらく食べないと禁断症状だって出るっていうかさあ」

「そんな怪しいもの、余計にルグワイツ様に勧められるか!?貴女に反省とかしばらくでも自重するっていう能力はないのか!!」

 あったとしてもする気がない。当たり障りどころか、平気でギリギリのラインを踏み越えるカジャを妨害する役目は、もはやワイエルンとチェイザリーが完全に押し付けられ拒否権はないらしい。

 他の騎士はといえば、この件に巻き込まれて第3の犠牲にならないよう役目を押し付けあっている。崇めているパンドラの心象は元より良くいたいに決まっている。ヴィラがお気に召している従者に逆らうこと自体が苦痛で、だからといって自由にさせるのは不味い。判断に窮するものには関わりたくない。それが下で働く者の基本的総意でもあり。

「1回口にした位で何かあるわけないでしょうが。お堅いったらないわね。万が一ばっかり気にしてたら新しいもの何にも発見できないわよ」

 ジャンクフードをヴィラに突きつける。必死に間に入る騎士に遠慮してヴィラ自体はやんわり苦笑するだけで手は出さない。


「カジャ、それは凄く美味しいんだろうなっていうのは分かるんだけれど僕は食べられない。何かあるわけじゃなくても、もしこれとは無関係に何かあった場合にカジャが疑われる要素を作ってしまいかねないし」

 冤罪にでもなれば、マルテアン辺りに嬉々として24時間耐久取り調べ大会開催は免れまい。

「はい、私毒見した!」

 目の前で食べて見せるカジャに、ワイエルンとチェイザリーは目を合わせて顔を濁らせる。

 どうにも折れる気配がない。ヴィラにその気がないのなら意味もなかろう。冷めては味が激変するジャンクフード。もったいないのでカジャは口にひとつかみ放り込んでワイエルンに箱を差し向ける。

「じゃあ、ワイエルンさんが食べてよ。一人で食べれる量じゃないし」

「な、こんな粗食を戦時中でもないのに」

「あー、はいはい貴族のぼんぼんが。それじゃあ、チェイザリーさん」

 カジャに箱を突きつけられてチェイザリーは息を詰めて箱を見下ろした。嫌だとも言わないが手も出さない。関わりたくない騎士達は更にそそと距離を離していく。


 おい、護衛。

「ゲテモノ勧めてるわけじゃあるまいし」

 大きく溜息をつくカジャの後ろにハンチェスタが立っていた。気づかないカジャ、慄く2人の騎士、ただ見上げるヴィラ。

 後ろからハンチェスタはカジャの持つジャンクフードに手袋を取ってつかみ、口にする。そこでやっと至近距離に近づかれたのにカジャも気づき頭上を仰ぎ見た。ハンチェスタは無表情に飲み下し、宣告した。

「不味い、自分で処理するように」

 去っていくハンチェスタにカジャは顎に手をやり舌打ちをかます。






 今頃、ヴィラは病花を昇華している頃だろう。カジャは薄暗い日陰の壁にもたれて古びた本のページをめくる。小さな窓から入る光の中で埃が蛍のように飛んでいる。病花を昇華する姿に付き添っていた時に比べれば、この本の内容を盗み写す時間は優雅なものだ。なにせ公式な自由時間だ。以前は騎士達が出発の準備で走り回っている隙をついていたが、今なら部屋で寝てるからと鍵さえかけていれば、お目付け役のワイエルンとチェイザリーは廊下で待機でアリバイまで付いてくる。

 本の最後の文字を指でなぞり、溜息をついてページを閉じる。記録の中でも一番薄い冊子で肩を叩く。古くはあるが、実質はたった10日前後の記録だ。砦の中には新しい紙に模写して保存している所があったくらいには少ない。

 この薄い記録以外の分厚い記録のほとんどは病花についての観察記録ばかりだ。どの砦も大した違いはなく、最近ではパラパラと読み飛ばしている。どれも国家機密には違いないだろうが。

 狭い窓をくぐって壁の狭い出っ張りに足をつける。3階の高さゆえに下から吹き上げる風が足元を冷やす。廊下には見回りの兵士がいるものの、砦の外壁の警備は存外ザルなものだ。厳しく砦に近づく物を見据える余所見もしない兵士達の頭上をソロソロと通っていく。

 途中の広い平面で一端休憩してしゃがみ込み、一息をつく。

「歴史の授業全部寝て過ごすんじゃなかったわよ。一般に出回ってる記録と、どう違うのか比較できなーい。そろそろ会話でボロ出さなきゃいいけど」

 一番薄い冊子はパンドラの記録。詳細にまでのぼる内容は、ヴィラが訪れた時の事やその後の体調、天候に、訪れた騎士が何人で何者であったのか、使用人の有無、前回の砦から訪れた町や宿の名前だ。


 そして、トラブル。

 カジャが砦の記録から集めた1000年ものパンドラ伝説の中、ある時代の記録だけは他の比ではない量が残されていた。それは『聖戦』の終結直後で、ヴィラの前回の旅で、ケイアルティス・ザグアイナが生きた時代だ。

 病花は他国にも存在する。この花は瘴気を己の中に閉じ込めるが、限界がくれば大量の死人を出す。明確な恐怖を知る国は、やはりヴィラを崇め恩恵を願っていた。それは国同士の利害に直結し、政治的思惑を生んだ。

 ヴィラが目覚めるのは1年間。これを期限とみなして旅は終了されている。ならば全ての国に周り、その国の病花を昇華する事は不可能だ。そして浄化を受けられなかった場所では死人を大量に出す。

 病花を浄化するための道程には優先順位がつく。神の国の機嫌を損ねれば、機嫌をとれるだけの国交がなければ、神の恩恵を多く受けねば、その国で起こる惨状の範囲は拡大する。

 恩恵を勝ち取れず、広く病んだ国程思ったのだろう。神が、この国にこそいてくれたならば。ヴィラはいつの年も狙われていた。


 そして聖戦と呼ばれた戦はカジャの生きる時代の200年前に起きた。

 100年近くが聖戦に費やされ、終結は病花という爆弾を抱えた国が次々に神の国へ降伏し、許しを請いパンドラの恩恵を求めたためだ。それでも許されなかった国は、病花が弾け一気に滅んでいった。

 風がカジャの前髪を上に巻き上げる。チリチリといつもの痛みが顔に一閃する。

 戦で綻んだ国は荒廃していた。そしてトラブルも執念、悲願、怨念、様々に入り乱れてヴィラの前に姿を現し、刃の元で切り伏せられた。血塗られた車輪が赤い轍を残して走り、パンドラの騎士は各地で死人となっていった。そのたびに騎士は補充され、歴代でもっとも多く騎士を輩し、実力主義となり、豪傑がそろう年となる。

 記録でザグアイナが登場したのは、この砦からだった。鮮血を浴びて砦の前で待っていた騎士は、膝をついてパンドラに頭を下げた。滅ぼされた国、ユテナの残党の亡骸の中心で。

 記録はここで起こった小競合いにまで続く。

 今までの記録を目を瞑って思い出す。そしてこの砦から登場したザグアイナの異様さに、眉をしかめる。途中まで、記録はいつも通り事務的だった。それは経過記録だった。なのに、最後に特筆されていた記録は、まるで華々しい物語りのような、ケイアルティス・ザグアイナの英雄譚だった。


 ジリジリと痛む頬から血が滲むのを感じる。目にまで痛みが広がり、片目を瞑ったまま逆の目を開けた。

「何よ、なんか文句でもありそうじゃない。ザグアイナさん」

 立ち上がって壁の続きに目を向ける。ここで考え事をする方が気持ちは良いが、あまり嘘の時間を作ると突発的なトラブルに対応しがたい。

 過去の相手ばかりしていられない。ヴィラを迎えなくてはならないのだから。






 ファーストフードが駄目ならパンならどうよ。

 宿からすればカジャも上客の1人のため、調理場を借りるのは容易かった。元々カジャは騎士でも付き人でもなくパン屋なのだ。売り子だけではなく造り手でもあった。

 いちから造られるパンは、素材から調味料に至るまで全てカジャが掌握する物だ。毒見さえ済めば怪しく体を傷める物にはなりえない。それに野宿も道中での昼食も珍しくない旅でパンは常に食べられている。宿や店で買うよりも出所は確かで、貴族の好みにもリクエスト次第で対応する専属パン屋は実に、魅力的であったらしい。

 毒見のためじゃねえだろうと言いたくなる騎士の食いつきっぷりに、カジャはほくそ笑む。

 やはり人間の掌握は胃袋からだわ。

 というのをカジャが狙ってやったかはともかくとして、ヴィラが機嫌良くパンに噛り付いているのに満足する。育ち盛りの少年が間食も、軽食も取らないのが気になっていたのだ。痩せた体はカジャより贅肉が少ない。男の骨格とはいえ、周りにマッチョしかいないとはいえ、筋肉労働担当ではないとはいえ、だ。


 少し前までドロドロの物しか受け付けなかったヴィラを思い出す。

 あんな事を繰り返していれば肉がつかないのは当然だろう。喪失した分を取り戻すように食に欲求が出ればいいものを、食事の時間を守って提供する騎士共には呆れ果てる。試行錯誤でヴィラが食べたがりそうな物を研究していれば、カジャは名も知らない騎士がコソコソとリクエストをしていったりする。咳払いしながら去ってく後姿はなんとも言えず可愛らしいのだが。

「カジャ、このミルクパンはまだあるかい」

 馬車に再び戻れるようになったカジャは、ヴィラがパンを齧っているのをチラリと見て、本に目を戻す。

「んー」

 本に目を戻し、パンの入った袋をヴィラの方に差し出すと、手の甲をマルテアンに叩かれる。本から目線を少しあげると、無言の抗議。溜息をついて本を膝に伏せて袋をかき混ぜてミルクパンを探す。

「はいはい、ないわね。それよりヴィラ、クリームパンから片付けてよ。クリームが痛むと食べられないわ」

 やたらクリームパンが好きな騎士が毎回リクエストして、すぐに食べきり、いつも物足りなさそうにするので徐々に数を焼き増ししていたら、やっと許容量をオーバーしたらしく残ったのだ。ただ、クリームパンは他の騎士には好まれない。3つもカジャが処理するのは苦しいのだ。馬車の遠い方の窓から見えるスかした顔をして馬に乗る騎士は、見た目の厳つさに反して甘党だとカジャに記録されている事など夢にも思っていないだろう。ちょっとした取り引きならこの騎士は食べ物で誘惑できそうだなどと。


 パンを受け取ったヴィラは素直に渡されたパンを口にする。

「それにしても、あんたは本当に肉つかないわねえ。カロリー高いパンの摂取量増えてるっていうのに」

「最近ちょっと体が元気だから、夜に軽く運動してるんだ。カジャいわく僕は貧弱だからね」

「体が元気て、あんた……想像以上に燃料不足だったのね」

 再び呆れつつ本に目を戻す。

 ブックカバーでは女が好みそうな単なる娯楽物だが、中身は表の歴史だ。

 敗戦国の行方は戦勝国にとってあまり意識になかったものだった。終戦協定により許された各国が盟約で結べた条件、これでは恐らく戦での被害を上回る利益とはなりえなかっただろう。パンドラが出向いて昇華する病花は、各国の首都を守護する花ただ1輪を認める。

 滅びた国、弱体化した国、降伏した国、全て花如きに踊らされている。そして国の強みとして神を使っているわけだ。たった100年前にはそれをネタに大量の人が死んだ。

 ヴィラは聞いただろうか?恨み言を。

 見たのだろうか?慟哭を。

 戦争など遠い歴史の彼方にあるカジャには確かな像が結ばない。かけ離れた平和なこの国は、パンドラによって作られている。尊い奇跡の花の祝福と共に。

 そして同時に、この大陸から遥か遠い国ではただの災いの元として病花は『駆除』されているという情報も本から得ている。神の化身とも名高い病花、祝福の花とすら呼ばれる物をだ。傑作である。あるいは、魔物が住まう地の果てには花が咲きすらしない魔の大陸があるのだと。

 神に愛されし国、ヴィラという神を持つ国。

 それが、たった1人の少年に全て丸投げする事を決めた無慈悲で傲慢な我が故国だという事か。






 記録の中にザグアイナが登場し始めてから、砦の記録で彼中心の英雄譚は続いた。他の騎士も活躍しての物語りは盛り上がりすら見せている。パンドラの騎士として理想を描いたように清廉で誠実、剛毅で冷静、忠実にして知恵者のザグアイナ。砦で記録をなぞれば筆跡も記録者も違うのに『貴様等はザグアイナのファンか!?』と言いたくなる詩人魂には、もう、何処へツッコミをいれればいいものか分からない。

 チェイザリーの屋敷で見た男の顔は、とてもつまらない仕事一辺倒を想像させる絵だった。なるほど、仕事では大いに活躍したのかもしれない。ともすれば使い捨てのように変わっていった騎士の中で、旅の最後まで残った男。確かに市井にあれば主人公にでも仕立てたくもなるだろうが、公式記録でこれはOKなのか?


 砦から馬車に揺られ大きな町に到着し、カジャは己の考えに震撼した。思い当たってしまえば確かめずにはおれぬ。まさかな、まさかな、ま・さ・か・な、と思いながらカジャは本屋で確認してみた。

「悪いなぁ、ザグアイナ様のは古本でしか流通してねえんだわ。市場に出回ってもすぐに消えよる幻の名作だからなあ。100年前の本だっつうのに、やっぱり本物のパンドラの騎士様なんか題材にすると鉄板にもなっちまうわな、女に。俺が手に入れられたら借金してでも増刷するんだがなあ」


 ザ・グ・ア・イ・ナ!


 咳き込んでカジャは本棚に手をつき、唇を噛み締める。笑えばいいのか、爆笑すればいいのか、恥じればいいのか分からない。いや、これは他人の話だ。やはり、ここは素直に笑っておけば良かった。

 本屋のオヤジはニヤニヤと天井を見上げる。

「だがしかーし、そろそろまたパンドラ様が光臨される御年だろ?次のパンドラ騎士の本はうちで大量に仕入れとくから、そん時はぜひともよろしく頼むわ」

 やたら物語りめいていると思っていたら、やはり売り出した奴がいたのか。ザグアイナの本とやらにはなんと書かれているか知らないが、おおよそのストーリーはカジャが読んだあの記録に沿っているのだろう。逆に、その本の愛読者があの記録に書き写したとかいうオチもありきか。

 パンドラの旅に支障を出さないためか、パンドラの目覚めも旅も公にはされていない。そのために本屋の親父はただいま近所にパンドラが生息してるとも知らずにいるわけだ。カジャもワイエルンからじゅうじゅう触れ回らぬよう言いつけられている。カジャはいわば特別に知らされたと言ってもいい。ヴィラの要請あればこそだ。

 客の1人がカウンターに本を置きながら口を挟んだ。

「だけど、おっさん。今回の騎士が英雄譚に使えるかは分からないし、第一、カッコいい騎士がいるかどうかなんて決まってないだろうがよ。それにフィクションが大量にあるんだし、今更別にノンフィクションが売れるとは限らねえんじゃねえの?」

「ばっかやろう。爆発的に女にパンドラの騎士系が売れ出したのは、そのノンフィクションのザグアイナ様人気だぞ。まだこうやって探しにくる女が定期的にいるくらいだからな!彼女なんて普段から顔にザグアイナとおそろいのメイクまでして」

「すいません、別にマネとかじゃなくて自前です。誰がそんな痛い少女趣味してるか、ハゲ」

 仮装イベント時ならともかく、日常的にやってたら気につまされるわ。


 なんにせよ、この旅が終われば新しい主人公もなんらかの形で生まれそうだ。チェイザリーならザグアイナの遠い親戚とはいえ、同系の顔をしているから続編の主人公としては使用に耐えるのではなかろうか?ワイエルンも面構えは悪くないが、何せカジャのせいでツッコミの人と化している。主人公になってしまうとコメディの?となってしまいそうだ。ハンチェスタ?なんの騎士教本になるかわかったもんじゃない。マルテアンなど問題外だ。

 それにしても、公ではない旅の中でどうやってストーリーを聞き取るのだろう。旅をしているのはヴィラと騎士だ。余分にいるのはカジャ位のもので、ともすれば作者はカジャだろうか?それとも砦の兵士がせっせと執筆してたりか。

 もしもカジャが書くのであれば、主人公はおそらくパンドラの騎士とはならないだろう。

 ヴィラが主人公でも女子供は納得するかもしれない。だが、国はおそらく承認すまい。ノンフィクションでカジャが表示するなら国家機密を露呈する。この国の神話に嫌悪感を持つカジャが描く物語りは、国にとって好ましくはならない。

 いや、やはりカジャが物語りを書くのであれば、主人公はカジャ自身だ。ヴィラだけではなく他人を勝手に語る程にカジャは己を殺しきれぬ。






 一目見るだけならば、貴族が付き人を大量につけたお忍びの旅だ。見るからに任務中と言う威圧的な集団。その中の主人であるヴィラに、一般人が話しかけることができる隙は無い。ヴィラが興味を持った場合以外には。

 騎士連中に「俺を雇ってくれ」と突撃した少年がすげなく追い返されるのは当然の成り行きで、その少年を拾って身の上話を聞いたりする辺りカジャは面倒見が良い。ヴィラの泊まる宿から追い出され、パンを齧りながら泣きべそをかく少年の髪をかき回しながら、カジャも同じようにパンを豪快に噛み千切る。

「まあそれで具体的に職探しをする辺りは立派というか、家出に全力をかけていて尊敬するところだけど、そこはズバッと切り捨ててやりなさんなよ。少しは親の言い分を引き出してから判断するのが賢いとか優しさってもんでしょうが」

「俺にいらない子だって言ったんだぜ!兄ちゃんは役に立つし、妹は可愛いけど、俺は暴れるしか能が無いからチンピラになるに違いないってな!そんな連中は成り上がって見返してやるんだ!」

 親に腹を立てたからと、カジャの胸にも満たない背の年で自立して見返してやろうと考える行動力は十分に長所ではある。

「私は好きよ、あんたみたいな鉄砲玉。でもまあ親って無神経なもんなのよ。私も思い出しては腹いせに墓に熱湯かけてやんの。蹴りいれると墓が倒れちゃうからさ」

「え……」

 憤慨いしている家出少年(仮)はカジャの言葉のどこかで言葉を詰まらせた。

 そこにヴィラが現れて広場の石台に座って少年の前に座る。もう朝食を終えて出発の時間になったらしい。ということは少年と話すのもタイムリミットがきたということだ。

「カジャの両親は亡くなられて久しいのかい?」

 騎士が馬車を用意している間、会話に参加するつもりなのか。周りに護衛の騎士もそろって、少年の目的は若干交渉の余地に入った形だ。指の先程度だが。

「成人した頃までは生きてたわ。事故で2人共ポーンと一気に逝ったわね。ちょうど私喧嘩中でさ。死んだって聞いて、またなんの冗談だろうって思ったわよ」

 少年はカジャを見上げて目を動揺させる。

「そ、それで、どうしたの?」

 肩をすくめたカジャは少し「んー」と考えて口にする。

「死んじゃったからどうにも出来ないでしょ?私にはもう家族って呼べる人は誰もいないんだなあって思ったかな。仕事して帰って、たまに遊んで、時々墓に行って喋って。でも返事もしないし、もう顔も思い出せない。でも別に親戚が困った時には助けてくれるし、いなくても困りはしないか」

 少年は黙り込んだ。

「ちょっと寂しくて顔を見ようと思っても、存在しないだけ」

 背中を丸めてますます少年は小さくなった。カジャはそんな少年の髪を撫でる。

「どうせ見返すなら、見返した時の顔を見れる場所で探しなさいな。旅に付いて来て貴族に奉公するなら家族とは簡単に会えなくなるよ。会おうとしたら、いつの間にか死んでたなんてよくある話だから、最後になるのを覚悟しなきゃいけないね」

「そうだね」

 応えたのはヴィラだった。

「いつだって、目が覚めればみんな死んでいる。もう1度会いたいと願っても」

 少年はパンを食べ終わると去っていった。再び奉公したいとは言わなかった。ヴィラは静かな微笑みを浮かべるだけで、表情を変えずに颯爽と馬車に乗り込む。

 ヴィラには成人するずっと前から誰もいない。これからもパンドラを続けるというのなら、カジャだとて。






 次の町ではあっさり幻の本を見つけてしまった。砦を挟んでの滞在タイムなので、いつも通り真っ青なヴィラが豪華なベッドに沈んでいる。その横で表紙も隠さず堂々とカジャは本を読む。

 砦にあった記録で知っているストーリーを踏襲しているらしいが、あれと違う部分は会話がおおいに取り入れられているところだろう。聞き取りをしたわけじゃあるまいし、完全に妄想臭いが。

 柔らかそうなクッションに顔を沈ませながら、ヴィラは薄っすらと目を開いて読書をするカジャを眺める。

「読み終わったら僕にも貸してくれない?物凄く興味があるんだけれど」

「パンドラの騎士が旅についてきちゃったお姫様に言い寄られて両思いになったはいいものの旅から帰ったら引き裂かれて、オチは身を引く話よ」

 とってもガッカリしたような顔でヴィラが口を開き、片手を持ち上げて顔面を手の平で覆う。

「ネタバレするとは、なんという外道な」

「嘘よ。だいたいあんたも一緒に旅したんでしょうが。姫なんかついてきてないの知ってるでしょ。ストーリーはほぼ真実に沿って練り上げてるみたいだし」

 ヴィラは「もー」と声を上げる。

「本は真実を凝縮して面白おかしく弄っているものなんだろう?僕が知っているザグアイナなんて旅をする間だけの話だ。個人史なんて残されていないし、もしかしたら、僕が眠った後にそういう事があったのかなって思ったりするの。君は子供も残さず転生しちゃったりするし、チェイザリーはよく知らないみたいだし。それにしても本にされたパンドラの騎士なんて至上初なんじゃないのかい?」

 自分で言って軽く噴出しかけているヴィラに、カジャは「私の話みたいな言い方は止めなさいよ」とページをめくる。

 今回は病花による苦痛はあまり酷くないらしい。たまにゆっくりするくらい構わないだろうと、カジャの提案で半分仮病を装わせている。ゴロゴロする日も与えられないなんて、冗談じゃない。

「立ち回りが得意だったのね」

 それはまあエリート騎士なのだから当然といえば当然なのだろうが、負ける要素のない安定した戦闘シーンは圧倒的だ。

「パンドラに全てを捧げて使命に生きた男って感じがよく伝わってくるわ」

 鼻で笑う。カジャとは全てが真逆の別人だ。カジャは アクティブではあるが運動神経には少々難があって、無駄口、寛容、パンドラの仕組みに疑問と反感を持つ女だ。

「全て捧げるには1年は短いだろうに、何があったか分からないけれど、まさか生涯独身で家を断絶する朴念仁だったなんて思わなかったなあ」

「仕方ないでしょうがー。色々あるのよ、家族計画ってのは」

「僕にとっては子孫に会うのだけが楽しみなんだよー?カジャは是非ともよろしく頼むからね?」

 本が閉じられる。

 カジャは立ち上がってヴィラの側に本を置いて彼を見下ろした。

「無理よ。私もあんたの娯楽にはなれない」

「カジャ?」

 取って返し、カジャはソファに座った。テーブルに自分で用意した茶をゆっくりと飲み、頭を背もたれに乗せて天井を仰ぎ見た。

 そう、共に生きるのに1年は短過ぎる。

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