答えよ、貴殿らは誰の騎士なのかを
少年時代のアイデンティティできあがり時期に友達というのは必須だ。出会い、会話が物を言う。友達に年齢は選ぶべくもなし、とはいえだ、同じ不安定な思考回路は呼び水や影響をし合って自分らしさを作っていく。既に確立してしまった大人では『迷い』を潰してしまいやすいから。
この不健全な環境は一般市民として断固改善を要求したい。特に7つの頃からこうだと言われては。
「ワイエルンさん、いくつ」
なんだか凄く変な顔をした貴族。様でもつけて欲しかったのか、ワイエルン。
馬の途中休憩のために山の中腹の休憩小屋で停留中、ナチュラルに付き人の仕事をサボって、馬に草をやるワイエルンの元にやってきたカジャは前置きなしに隣に座る。
「仕事をしないか」
「むしろ馬車の中で仕事し続けてるからいいのよ」
騎士の中で低年齢層となれば、やはりワイエルンだろう。それでも20代の後半はいってしまう。下手をすればヴィラと一回り違っているだろう。
「年齢か、もうすぐ27になる」
「下手した」
ちょっきり一回り違っていた。
「まあ、それでも50歳はいってるおっさん共よりマシ。ちょっとヴィラにもうちょっと積極的に馬鹿話の一発もかましてあげてよ。ほら、あるでしょ。猥談の1つでもお兄さんからいっちょ」
「女性が猥談とか言うな!」
別の騎士が近づいてきてカジャに水筒を差し出す。
「失礼、あちらでよく冷えた水を汲んできたのだが飲まれるかな、と」
「ありがとうございます」
ニコリと笑った清潔感のある騎士は、続いてワイエルンに目を向けた。
「ワイエルン、ほどほどにな」
「は?」
返事をしながら、頭にハテナを浮かべるワイエルンに、謎だけ残して彼は去った。何かカジャに分からないよう嗜めた、が、本人にも通じなかったようだ。色々な意味合いがカジャの頭に候補であがったが、どれもがさして気に留めるものでも無いのでカジャはカジャの本題を続けた。
「ヴィラね、あの子は友達の1人もついてない状態で国中回ってるんでしょ?それこそ気を回してあげなくてどうすんのさ。なんかもう手遅れな年齢という気がしなくもないけど、見てたら凄くフワフワしてるっていうか」
「気品の溢れる清浄な雰囲気の持ち主とか、然るべき称え方があるだろうが」
「神様扱いアウト。身近な年上がガキの頃からそんな調子じゃなかったことを祈るばかりだわ」
ハンチェスタが然るべきパンドラの騎士用の教育を施された人間から選別していると言っていたが、宗教学に熱心で洗脳教育されている人間で固められていたとしよう。うむ、どうしよう、言葉が通じないかもしれないという一抹の不安がよぎった。
「気にはかけている。社交を断絶させるのは苦痛である事くらいイメージできる。ルグワイツ様は石造の神ではないのだからな」
多少不安解消。
「しかし、若輩者の俺がお声をかけることは許されず、軽々しく側に控える事は出来ない。周りの方々を差し置いてルグワイツ様と懇意にすれば不和を招くだろう」
「は?」
パンドラの中でも貴族の階級があるのは見ていて分かるが、会話する順番や話しかけ方の手順を気にして接しますというのか。馬鹿馬鹿しい、馬鹿馬鹿馬鹿しいとカジャは心の中で絶叫した。
ベンチで優雅に休憩してるヴィラに顔を向けた。
「ヴィラ、こっちいらっしゃい!」
水を飲んでいた連中が全員口から液体を噴き出した。
素直にやってきたヴィラに、言いたい事を言えずに口をパクパク動かす事しか出来ないワイエルン、近くにいた同じく顔を真っ青にした騎士達を交え、ただ会話を無茶振りしていく。そんな様子をうんざりというか、顔面蒼白になりながら遠巻きに不参加の騎士が眺めつつ休憩タイムは過ぎていく。
マルテアンが拳を握り締めて、パンドラのなんたるかを怒鳴り込んできた後には、もう旅でよく見るようになってしまった口論の勃発だ。それすら高笑いでカジャが混乱に導くため、ヴィラはこっそりと噴出させられて困るやら、尊敬するやらだ。
周りの騎士は苦いばかりだろうが。
そして旅は順調よく進路を刻み、病花はどんどんと昇華されていった。
といけば良いのだろうが、カジャは神聖らしきイベントをぶち壊している最中にあった。
「もう病花が限界に達して病魔が染み出してるんだ。素敵なアロマ効果は視的にも有るようには見えないだろう?大人しくみんなのところまで帰って、ほら」
「確かにねぇ……だが、断る!」
カジャは病花を目の前に見下ろす。毒々しい植物だ。こんなものを口に入れてみようと思った最初の人間は誰だという感じだ。歴史で習ったかもしれないが。
遠くでマルテアンの警告が聞こえる。
病花に近づく資格のないカジャは、今回見張りの兵をすり抜けてここまで駆けてきた。それを冷や汗を浮かべて追いかけたヴィラだけが隣にいる。遠巻きの騎士達から隠せるようにヴィラは立ち、いつにはなく緊張の表情を浮かべていた。
弓を射掛ける姿勢の兵士や前より病花に近い位置にまで距離を縮めた騎士の抜刀する姿が視界に入っている。体格としてはヴィラの方が上であるものの武力排除にかかられて庇いきる腕はない。
一番距離を詰めているワイエルンは剣の柄に手をやり、表情や口パクで必死に『戻れ!』と訴えていた。が、やはりシカトだ。
「何がしたいの、カジャは」
小さな声で「殺されるよ」とヴィラが呟いた。カジャは「聞こえない」と言い返した。
「前のから考えてたのよ。この実をヴィラが始末した後に、引っこ抜いて除草すれば病花一箇所に変なエネルギーが溜まらなくなるんじゃないかって」
「危険思想だね。バレたら処刑項目だよ、絶対に口にしないで。病が収束されないという事は、世の中に常に散るという事だ。分かるでしょう。とにかく僕の動きに合わせて、弓の軌道に入らないように」
「人の役に立つの、楽し?」
ヴィラは眉を上げて彼女を横目で見た。それから、少し言葉を探してフッと笑う。
「不幸ではないよ」
病花の前に跪き、ヴィラはカジャから病花を瞳に映した。迎えあわせでカジャも体を屈めた。ただし、騎士が病花を危ぶんで踏み込んでこないよう、少し後ろにさがって。
「あまり無茶しないでくれ、カジャ。僕は望むものを自由に与えてはもらえない。君を取り上げられるのは寂しいんだ」
果実を飲み込むヴィラを見下ろす。不幸ではないらしいヴィラ。この毒草を必要とする国。寂しいという感情を持つ一人の人間に、永遠の独りを背負わせながら。
それが納得できないという独りよがりのエゴに包まれる。救いを彼は必要としていないのならば行動して満足するのはカジャ一人だ。そして迷惑だけが残る。ならば間違いを起こす前にカジャは去るべきなのかもしれない。
いや、救いが必要ないのならば、何故ザグアイナは生まれ変わってまで『守る』約束などしたのか。ただ身を守るだけならば騎士がヴィラには必ずついている。カジャは昔の人間に問う。
ザグアイナ、私は何からこのガキを守ったら良いのか、と。
馬車から追い出された。
病花によって脱力しきったヴィラが、ぴっとり母に甘える幼児が如くカジャに腕を絡ませ、「まあいいじゃないか、別に」と茶化してみても、ハンチェスタによる罰は厳かにくだされる。
身内のようなものだからという理由で、カジャとタンデムさせられているチェイザリーは無言。話しかけられても困るし、という気配なためカジャは特に喋るでもなく、とにかくケツが痛い。
馬が走れば体は浮いて、重力に引かれりゃ落ちては跳ねる。これを繰り返せば傍から見ていても痛いのは想像つくのだろう。もしくは経験による気遣いか。チェイザリーの操る馬は今や最後尾で、ヴィラの乗る馬車が遠い。
休憩に止まっている一団に追いついても、カジャが警戒されてヴィラとは距離を離される。
マルテアンからワイエルンが何かを指示され、カジャに目が向けられた。間違いなく何か雑用を申し付けられている。ため息をつきそうな顔で、それでも漏らさずにカジャに近寄ってきた。真面目なものだ。カジャの近くに立つチェイザリーへ軽く礼をしつつ、ワイエルンは難しい顔でカジャを見下ろす。
「疲れただろう。とりあえずは休んでくれ。遠乗りの趣味を持たない女性には辛いだろうが馬車には乗せられない」
「乗せてもらっといて何だけど、残念なお知らせだわ」
「貴女は何をしたか分かっているのか」
真剣に声を硬くしたワイエルンに、喉の奥に言葉を留める悩ましげなチェイザリーは目を閉じた。しかし、肝心のカジャに浮かんだ表情は反省ではなく、反感だった。
「じゃあ、私が何をしたのかあんたらは分かってるって?」
短く息を吸って吐き出そうとしたワイエルンよりも先に、カジャが言葉を続けた。
「これだから男っていうのは!パンドラに女の取り巻きを作らない結果がこれよ。雑で支配的で大穴だらけ!正論を言おうとしてる仕事人間は、見落としている物を軽んじて殺す」
噛み付くように下から先手を打って、ワイエルンの言葉を飲み込ませた。そのまま彼らに背を向ける。
「勝手に見張りなさいな」
切り捨てるカジャに尚も喋ろうとするワイエルンを、チェイザリーが首を振って止めた。カジャが喋らねえぞというオーラを出してしまえば、会話は終了するしかなく空中に浮かぶ。
急場しのぎで、馬車の後ろへ外付け座席が設置された。早々に馬上の人から開放され、カジャは尻を撫で下ろす。なんせ馬は長時間乗るには辛いのだ。太ももから尻にかけて皮膚が破れたなんて恥ずかしくて言えない、わけがないカジャは、今にも脱いで証拠を見せんばかりに騎士達へ迫り、この小奇麗な馬車を改造させたわけだ。
もうこの付き人、本当に嫌。
と、騎士達が言ったかどうかは定かではないが、その座席が自分用なのを良いことに好きなようカスタマイズし出すカジャに誰もツッコミをいれなくなった。
座席の板壁を挟み、背中越しにヴィラがいる。後ろ向きに馬車に揺られながら、来た道のワダチを眺めた。
前の町で手に入れた本を持ち上げる。
カバーを娯楽用の物とすげ替えてあるが、中身はパンドラ関連だ。歴史の授業など寝て過ごしたに等しいカジャの言葉では力を持たないのも事実だろう。ヴィラに対しての情報が少なくては、あの騎士達に対抗する術が描けない。
「町の本屋じゃ、ただの世間一般用の情報しか無いんだろうけどね」
本の白紙部分にはカジャの追記があった。カジャしか読めないような暗号レベルの癖字なので、おのずと漏洩することはなかろう。だからこれからも、一般人であるカジャが知っていてはおかしな情報が追記されているのを知る者はおそらくいない。
表ばかりに目は向いて裏を侮った。
夜中、トイレの窓に座っているカジャに、ヴィラは戦慄して固まった。軽く手を上げるカジャに途中で尿意が止まってしまったほどだが、静かに扉を閉めて外の護衛に聞こえないように歩み寄った。
「君はまたそういう事をする。見つかったら斬られかねないんだけれど」
「心配ないわよ。ここだけはヴィラについた目が無いから」
「お年頃の男にやるものじゃないでしょ、お姉さん。むしろ年頃の女性のやるアクティブでもないでしょ」
男がやる行動でもないがな。
「粗雑な扱いされているみたいだけれど、さすがのカジャも辛くなってきている?」
「大した事ないでしょ。お姉さん、貴族さんとは違って神経3本くらいが絡み合って補強されてんの。策は練ってる最中、もうちょっと待ってなさい」
口元に拳を当てて声を殺してヴィラは笑う。それでもって「目を瞑ってて、トイレするから」と言って本当にヴィラはやり始めた。そして目を瞑り遅れるカジャは呻いて上を見上げる。
夜鳥の鳴き声と水音が聞こえる中、カジャは息を吹く。
「東に、病花が咲いてない国があるって本で読んだのよ。学者が言うにはそこでは動物や魔物が大量にいて、生育に適さないんだってさ。片っ端から病花を食べられているようでね。でも、その国ではまったく気にする事もないらしいわ」
「魔物が活発な国の中には、そういう事もあるらしいね」
「病花が封じている『病』に触れた人間は無差別に『病魔』というものに取り付かれ、時には心を壊し、体の自由を奪い、命を消す。でも大抵は怪我みたいに治すもんなんだってさ。自然に、もしくは医者とかいう術者が」
「それは怖いね」
「何が?密度さえ高くなければ病魔のレベルが下がるって話なんだけど」
考えは一致するものでもないらしい。
空回ってると感じる方がカジャには辛い。騎士のどうでもいい空気など屁ですらなくとも。情が移りきった後では取り返しがつかない。だから、早めに決めたいのだ。
「途中で」
動くに足る決め手がないのだ。
「追い出される可能性もあるから、知りたいのよ」
「それは、嫌な可能性だね。何を?」
「私は100年前の男ではないわ。あんたは2度とザグアイナさんに会うことはできないし、彼もそれを叶えることはできない。この旅が終わって、もしも本当に氷付けにされるっていうんなら、次は私だって同じ。そういうの繰り返してでも人を助ける満足感は勝っていて、パンドラの使命とやらは続けたい?」
音が止み、カジャはヴィラに視線を戻した。
目を瞑って思考を巡らせる少年に。
「君にとって重要だというのなら、少し悩んでみるよ。答えは少し待っていてくれる?それとも急ぐなら今、答えるけれど」
その答えは模範どおりの神様の答えであり、ヴィラの答えではないだろう。それではカジャの知りたい本心には到底届いていない。ヴィラを無闇に悩ませる機会を残すのだとしても、幼い頃からやっているからという理由では……。
頬で今は静まっている『ザグアイナ』にカジャは手を当てる。
この1年を思い出しながら後悔と共に生き、生まれ変わって再びヴィラに会いたいと願いながら世を去る。死んでなお悩むなど、ザグアイナ、そんな命の終わりはごめんこうむる。命はたかが1つ。歩む月日もたった1度だ。
たった1度きりのその答えは病花か?
それは己にしか出せない答えだ。他人が決め付けて導くものではない。だから「待つ」。問うに留まり、1年の月日だけくれてやろう。
本を読みながら馬車の上、景色は随分と変わったものだ。少し視界をはずれた場所にはまだ先程まで滞在していた砦が見える。病花の咲く秘密の花園を守る砦。その中庭を目にすることなくカジャは去る。
砦の中であいた時間は有効活用した。カジャの見張りのせいで留守番になるのは、おおかた予想に反せずワイエルンかチェイザリーである。馬車の掃除に、クッション類の日干し、繕い物に、お茶休憩、読書。家に帰れば貴族様であろう騎士も顎使い、思うように働いて休む。その頃にはヴィラがまた病花の前でひざまずき、吐き気に耐えていただろう。
本来の仕事から遠のいたのか、正しく仕事だけに専念していると表すべきか?いや、やはり本質的にカジャへ望まれていたのはヴィラのお守りであったはずだ。本気で使用人の出来を望まれての採用ではなかった。
「酒場でゲロだ、賭けは負けて、罰でいっき、そんで卒倒」
本を読みながら歌うカジャに、周辺の騎士が軒並み顔を歪める。が、カジャは見ていない。
「あーさ帰り、脱衣パンツ一張羅帰り、かかあパンチ目覚め朝日おがーむと仕事だ。さあさ、ガキとかかあのため」
「おい」
「今日もやったんさー、いぇあー」
「カジャ殿」
呼ばれて顔を上げれば馬に乗ってる騎士の1人が馬車の窓際から離れてスピードを落とし、カジャの隣で並走する。多分、マルテアン辺りから何か指令がくだったな。
「声を下げて人に聞こえない程度にしていただきたい。選曲もパンドラの一員である事を考えれば下品なものは困る」
「何ですか、昼間っから楚々として道は長いんですから合いの手ぐらい入れて、盛り上げたらどうなんです?なんだったら誰か歌ってくださいよ、貴族の歌でいいから渋いテノールかバスで」
騎士は苛立った表情を微かに浮かべて、浅い笑みになる。
「雑用如きがあまり調子に」
「マイズ殿」
反対の窓に並走していた騎士が、カジャと話している騎士に、カジャを挟んで割って入った。窓から青白い腕がにゅるりと伸びるのが視界に入る。窓へよりかかっているらしき前髪が軽く風になびいて見えた。
「いいじゃないか。喋れないんだから歌ぐらい。退屈させないでよ」
あのカジャの暴走から、会話すらできないよう距離を離されたまま過ごしている。もはや付き人として用を成していない。身の回りの家事に手を出すくらいにしか。
カジャは次の選曲を考えて歌を再開した。
「まっちの町長が旅人のぉ、巨乳の女に恋をしたあ」
今度は騎士の顔を見渡しながら歌いだした。血の気を引かせるやら血を上らせるやら、げっそりしたのがよく見てとれた。楽しそうに笑っているのはヴィラだけだろう。見なくても、なんとなく表情が分かる。背中合わせの壁の向こうのヴィラの空気が。
「アタック、レシーブ、トス、トス、ダウーン。谷間の夢見たエロオヤジ、まっちの野郎も苦笑い」
選曲考えろ?
カジャはちゃんと選んでいた。
おもしろ可笑しい日常を感じられる、しょうもない歌をわざわざ知ってる限り歌い続けているのだから。聞いたことしかないような酔っ払いの歌から、俗世にまみれた恋歌まで。あまり聞き惚れるとはいえない歌声で笑いを誘う。
ヴィラはまたベッドの中で数日苦しむのだろう。多少気を紛らわせてやるくらいが、なんだというのか。
病に苦しむヴィラと、一部の護衛のみを不在にした呼び出しは遂に執行された。
「はっきりさせておこう。その神をも恐れぬ暴虐武人で非礼な態度を改めよ」
平民だからとかいうレベルじゃねえよ、お前。とばかりに騎士連中は座って深く頷く。マルテアンは続ける。
「前世では我らの先人であり、敬う事も忘却するわけではないが、目に余る行動が多々あり過ぎる。パンドラの一員として訓練された者ではない平民であるという事も貴殿には考慮し、初めから忠告と管理、指示にも注意を払ってきたつもりだ。しかしそれらを無視した以下の行動には厳しい処置を付す必要がある。特に病花の前での行動は牢に入れられても過ぎたるものではなかった」
黙ったまま見返すカジャに、ハンチェスタが口を挟む。
「ルグワイツ様への悪意からではないのは承知している。カジャはまだ若く、ルグワイツ様をパンドラとしてとらえ難いところもあるのだろう」
「ただ気安い状態は好ましくない!悪意が無くとも害があれば結果を我らは警戒する義務がある。己と同じ姿をしていようとも、かの御方は神であるのを心得よ。今はまだ旅に加えられているが、態度を悔い改められるのであればという前提だ。不遜な行動と神の一行であるわきまえた振る舞いが出来ないのであれば、もしくは賛同できかねるのならば、こちらには町へ帰す準備がある」
マルテアンの歯軋りでもしかねない空気に当てられた一部の騎士が、目を向けられている当人でないにも関わらず気圧され目線を落した。だが、カジャは表情1つ変えずにマルテアンを真っ直ぐ見返していた。
チェイザリーはソッと胃を抑える。『身内のようなもの』と言われ、カジャとは無関係ながら八つ当たり的に批判の視線を受け続ける被害をいつも黙って耐えている事など、カジャはおろかヴィラも知らないだろう。
「今まで話を先延ばしにしていたのはヴィラの希望だったんでしょう」
「情けによるものだという自覚ぐらいはあったようだな」
「この世の不始末をヴィラに押し付けておいて、ガキ1人の希望も叶えられないなんて情けないんじゃない?って言ったつもりだったんだけど」
「話にならんようだなっ!」
マルテアンが両手でテーブルを叩きつけて身を乗り出す。それに対抗してカジャは片手をテーブルについて顔を付き合わせた。
「手のかからない子供だからって心を置いて道具にする。これのどこがカルト集団と違う。祭り上げて洗脳しているようにしか見えないわね。あんた達に子供はいないのか!!」
「産んだ事もない女が何を言う!!」
いつものマルテアンの憎まれ口であった。そんなものでカジャが引かぬことぐらい騎士の誰もが予想をしていたわけで、カジャが歯を食いしばり顔を伏せて言葉を詰まらせた事に違和感が流れた。
マルテアンすら不信なものを探るように口を閉じた。
静かに黙り込んだカジャは、うつむいたまま鼻に爪を立てて強く引く。
「今回のパンドラの騎士達には」
皮膚が傷ついて簡単に血がにじみ、顎の辺りまで引っ張っていけば顎にまで傷が出来る。その指先を汚した血を振り払いざまに腕を横に凪いで顔を上げた。
「ルグワイツ様も失望を隠せまいな。わざわざ古の騎士を所望された事、現騎士として反省も恥もなしか。歴代のパンドラの騎士に申し訳のない話だ」
周囲が一気に緊迫した。
低い声、重い口調で言い放ち、カジャはパンドラの騎士達を見回して目を瞑る。
「あの方に仕えるという事がいかなるものであるか。求めるものあらば心安らかにおられるよう全てを捧げ、誰あろう側に呼ぶのであれば危険人物であろうとそろえる」
凍りついたパンドラ達は息をのんだ。
「それら全てに応えながら、安全を補うことこそ騎士に求められる勤め。それができぬのであれば、パンドラのためと修学した者ではなくとも、ただ優秀な兵士であればよい。王に尽くす騎士であるか、パンドラの騎士であるか、今一度答えよ。貴殿らは誰の騎士なのかを」
ハンチェスタの顎近くに人差し指を向け、いつもの挑戦的な顔で斜めに仰ぎ見る。
「なぁんちゃって、byケイアルティス・ザグアイナ」
岩の如く椅子に座っているハンチェスタは、カジャの指を片手で軽く横にはねた。だが、彼が何かを言うより早く、パン、パン、パン、という手を打ち鳴らす音が介入した。
扉によりかかり、血の気を引かせたヴィラがワイエルンに付き添われて立っていた。
「いかにもザグアイナが言いそうな生真面目な使命論だ。本当は君、記憶、持ってるんじゃないのかい?」
笑ってそう言うヴィラに、今は鼻で笑うだけのカジャ。騎士の間には微かな動揺から目を泳がせる者、数名といったところか。カジャはヴィラの方に歩いて行くが、止めようかと迷う者がいるだけで誰も実際にはカジャを阻まなかった。
フラフラとカジャの肩に頭を置いて荒い息を繰り返すヴィラを、後ろからワイエルンが慌てて支える。一緒に潰れそうな2人だが、カジャは力任せに足を踏ん張って支える。
マルテアンが紡ぎかけた言葉をハンチェスタがかぶせた。
「妥協点を用意しよう。だが使命を果たすために行動を管理するのも必要には違いない。だがこちらもパンドラの遊覧ではない。ルール違反が目に余れば、罰する。それも道理だろう、ザグアイナ殿」
指を鳴らしてカジャは首を傾けた。
「承知しよう、ハンチェスタ殿」
流れは変わった。