やっぱりランチセットも幼女になっていた
出かける用意を済ませる。
えーっと、何か忘れ物無いか。
あ、そうだ。
冷蔵庫を開ける。うわぁ、幼女が詰まってる。
「おいお前ら、賞味期限が今日か明日までの奴いるか?」
「はーい、あたしあたしー!」
「おう、お前ちょっと来い」
……ちょっと臭うな。
そうか、こいつ納豆か。
そういや今日辺り賞味期限だったような。
納豆を連れて隣の家のインターホンを押す。
少し遅れて、バタバタと奥さんが出て来る。
「はーい」
「すいません、突然」
「あら、何でしょう」
「実は、今日までの賞味期限の納豆があるんですけど、買ったはいいけど食べられなくて。すいませんが食べてくれませんか?」
「あらあら、良いんですか?」
この奥さんは、俺が1人暮らしを始めた頃に世話になった人だ。
時々カレーとか持って来てくれた。
納豆幼女を引き渡す。
「じゃあ、俺これから大学なので」
「あらー、頑張ってね」
さて、とっとと去ろう。
なんかちょっと気まずいというか。
「……行っちゃうの?」
「うっ……」
気になる事を納豆幼女に言われてしまった。
しかし、俺お前を食えないんだよ。
「……行っちゃうんだ」
「聞こえない聞こえない……」
なんか粘っこい声で言われた。
納豆め、こういう所で個性出しやがって。
ええい、俺は大学へ行くんだ!
電車の中で、ふと思い返す。
賞味期限が切れた食べ物は、幼女のままなのか。それを検証するチャンスだったかもしれない。
もし賞味期限が切れたら幼女じゃ無くなるとしたら、かなりの進展だ。
だが、なんかこう気が進まない。
仮に賞味期限が切れたとして、その瞬間を見てるのか?
幼女が徐々に元気を無くして、食べ物に戻って。
俺はそれを見て「わーい。幼女じゃ無くなったぞー。食うかー」なんて出来るか?
食べ物幼女の白い目を浴びながら?
だとしたら、お隣さんに食べて貰った方がいい。
幸い、俺は賞味期限の早い食材をあんまり買わない。
多分、あと数日ぐらいなら切れる物は無い……と思う。
大学の講義が終わった。
飯を食いたい。
しかし、案の定学食は酷い有様だった。
「あちしがこの学校のリーダーだー!」
「なにおーう! 私だー! このばかー!」
「なんだとー! ばかって言う方がバカなんだこのおたんこナスー!」
「いーもん! ナスの漬け物入ってるからおたんこナスでいいもん!」
そんな感じで、幼女2人が騒いでいる。
だが、この2人が学食の2トップなのは大体想像できる。
彼女らは恐らく、AランチセットとBランチセットだ。
ナスの入っているというAランチセットは焼き魚や煮魚を中心とした和食的な定食。
一方Bランチは、ハンバーグやエビフライ等を中心とした洋食的な定食だ。
一応どちらも日替わりでメニューが変わるが、税込み320円というリーズナブルな値段設定でかなりの人気がある。
他にもメニューはかなりあるが、学食を使っている生徒の6割近くは、このAランチセットかBランチセットだと言う噂もある。
「やっちまってくださいアネさーん!」
「いけー!」
「ファイトだー!」
「魚貝類風情に負けるなー!」
「うるせー! Bランチだって昨日はエビフライだったじゃないかー!」
取り巻きの他の定食やパスタたちが騒いでいる。
あーもう、こんなんじゃ落ち着いて食べる気にはならない。
これからバイトだから、何か胃に入れておかなきゃいけないんだけどな。
だとしたら、あの手しかないな。
「ふぅ……食った食った」
バイトの前に、あのマズい店に行った。
相変わらずマズかった。
砂糖と塩を間違えてるんじゃないだろうか。
ミリンと酢なら間違えてそうな気がする。
バイト先に到着したら、やはり幼女たちが駆け回っていた。
しかし1日経つと見慣れるものだな。
「しょうぶだー!」
「望むところだー!」
あぁ、きのことたけのこは相変わらず喧嘩してるんだな。
アレはアレで仲の良いんだろうが。
「お前たち、今日も元気だな」
「元気げんきー!」
「きのこより元気ー!」
「こっちの方が元気だもーん!」
そう言うと、幼女2人は向かい合った。
これからじゃんけんをするらしい。
「で、何の勝負するんだ?」
「やきゅうけんー!」
「しんけんしょうぶー!」
……あー。
「えっと、ちなみに下着までなのか?」
「全部ぬぐまでー!」
「プライドを賭けた戦いなのー!」
「ちょっとお前たち正座しろ」
この後滅茶苦茶説教した。
何かが足りないと思ったら、店頭に例の板チョコが居なかった。
裏に回って、倉庫をチェックする。
確かまだ在庫があったはずだ。
「お、早いな」
「あぁ店長。おはようございます」
今日は大学から直行したので、いつもより20分ちょっと早く職場についた。
どんな不測の事態が起きるか分からないからな。
ちなみに、俺は普段は夕方から閉店までの担当だ。
昨日は昼からいたが、アレは流香ちゃんの代打だっただけだ。
流香ちゃんは普段は昼から夕方までの担当であり、大体俺と入れ替わりで帰っていく。
だから、いつも1時間ちょっとぐらいしか一緒に仕事は出来ない。
「あ、そうだ。今日マサコさんお休みだから」
「えっ!?」
「子供の保護者会があって、今日は無理なんだってさ」
マサコさんはこの店の開店当時からのベテランだ。
1人で10人ぐらい並んだ行列を8分で処理したという伝説があるらしい。
当然戦力としてはかなり大きい。あの人がいないとかなりの痛手だ。
「大丈夫なんですか? 今日」
「あぁ大丈夫大丈夫。助っ人呼んだから」
「助っ人?」
その時、扉から元気な声の流香ちゃんが入って来た。
今日は予想外に良い日になりそうだ。
「せんぱーい、今日は一日よろしくお願いします」
「あぁ。頼もしい助っ人が来てくれて良かったよ」
今日はレジの主力が休みなので、流香ちゃんはレジにずっと貼りつく事になる。
もちろんレジ担当でも、レジ以外に仕事はいっぱいあるが。
「でも、大丈夫なの? この時間に来て」
「昨日休んじゃいましたからね。しっかり稼がないと」
お母さんも大分安定したらしく、今日は働きに来たらしい。
頑張るなぁ。
「それに、今日は先輩がいるって聞いて!」
ニカッと笑う流香ちゃん。
嬉しい事言ってくれるじゃないの。
お兄さん盛大に勘違いしちゃうよ。
「だって、あの売り場での過ごし方を知ってるのは先輩だけですし」
「あー……」
そうか、俺が先に人柱になってこの惨状に対処してるからな。
対処法を聞いておくというのは、良い判断だ。
とりあえず、レジの注意点を言っておくか。
「……と、忘れてた。商品取りに来たんだった」
「何か無いんですか?」
「あぁ、板チョコがちょこっとね」
「面白いですね。メモしましょうか?」
「やめてください」
そんな冗談を言いながら、倉庫へと向かう。
倉庫は狭いので、俺1人で入る。
倉庫の幼女たちは、比較的おとなしいな。
いや、違う。半分ぐらい寝てるんだこいつら。
えーっと、板チョコは……いたいた。
大人しく読書してる。
何の本見てんだろう。
「おい、ちょっといいか?」
「はい?」
「表の在庫切れちゃったから、来てくれないか?」
「あぁ。分かりました」
てこてこと俺の後ろを歩く板チョコ幼女。
倉庫から出てくると、流香ちゃんが待っていた。
「お待たせ」
「えっと、その子は?」
「板チョコです。よろしくお願いします」
板チョコ幼女は、流香ちゃんに向かってぺこりと頭を下げた。
その直後、流香ちゃんはガバッと板チョコに抱き着いた。
「ちょ、ちょっと!?」
「可愛い……可愛い……」
「おい、落ちつけ。どうしたんだ」
「先輩、この子可愛いです。可愛いんですよ」
「分かった、分かったから。でもそれ商品だから」
流香ちゃんが小さな女の子に目が無いのが判明したのは、このすぐ後の事であった。