パンの耳は幼女にはならなかった
閉店時間が近づいて来た。
時間は夜9時。30分後の閉店に向けて準備を進める。
パートのおばちゃんも、数人は既に帰っている。
7時辺りに来るピークまでの契約の人とかが多いからな。
閉店まで残っているメンバーは、接客以外の重要な役割がある。
「今日のリストはこれか……」
明日以降の為に来る大量の商品。
それの納品は、閉店後と開店前に基本的に一気にやる。
たとえばおにぎり、弁当、サンドイッチの類は開店の直前。
そして今俺たちが行う納品は、調味料やお菓子類、お米やアイス等。
要するにさほど賞味期限を気にしない商品達だ。
そして今日の俺の担当はアイスとお菓子類。
嫌な予感しかしない。
俺は時間通りに帰れるんだろうか。
何にせよ、とりあえずは受け入れの準備を整えつつ、閉店の準備をしなくては。
「ありがとうございましたー」
最後のお客さんが出て行くのを、作り笑顔で見送る。
シャッターを半分閉めて閉店アピールしつつ、外のゴミ箱の中身を取り出して縛り上げる。
うえぇ、ちょっと制服のエプロンが汚れてしまった。
こりゃ洗わないとなぁ。
いいや、納品作業中は外しちゃえ。
「せんぱーい!」
「ん?」
お、流香ちゃんだ。
「どうしたの? もうちょい仕事続くけど」
「何か早めに来ちゃって」
おいおい可愛い事言うじゃないの。
どうしても俺に会いたかったみたいな言い方じゃない。
まぁ真実は腹が減ってるって事なんだろうけど。
ゴミを持って、裏のゴミ捨て場へと持って行く。
その間、流香ちゃんは店内を覗いていた。
「これ、凄いですね」
「さながら幼稚園だよ」
「というか、先輩も女の子に見えてたんですね」
「今日起きたら、な」
窓からチラッと見た店内では、ポテトチップスとポップコーンたちが何故かビンゴ大会をしていた。
楽しそうだな。どっからその紙持ってきたか分からないけど。
「きゃあ!」
「どうした!?」
裏口から中に入った流香ちゃんが悲鳴を上げた。
調理場の方を見て腰を抜かしてる。
一体何が起きたんだってうわぁ!
「せ……せせせせんぱいあれって」
「何じゃありゃ……」
調理場に大量の髪の毛が投棄されていた。
ここは美容室か何かだったか?
いや、あれはまさか。
「おい、そこの明日のホットドックに使う用のウインナー」
「んー? 呼んだ?」
「呼んだ呼んだ。アレってもしかして、パンの耳か?」
「そうだよー」
「ありがとう。褒めてあげる」
「わーい」
やっぱりか……。
耳のあるパンがツインテール。パンの耳が切られたサンドイッチがピッグテール。
つまりパンの耳は髪の毛だけになるのか。
「うーん、パンの耳がアレかー……」
「え、パンの耳ですか?」
ケーキとか揚げ物とかの端っこを貰えばいいんじゃないか作戦が崩れてしまった。
思ったより甘くはないらしい。
「とりあえず、さっさと仕事を終わらせて来るからちょっと待ってて」
「何か手伝いましょうか?」
「いや、いいよ」
流香ちゃんをスタッフルームに置いて、店内に入る。
既に大半の翌日以降の商品が入って来ていた。
とりあえず、ポテトチップスから行くか……。
と思ったが、なんと菓子類は思った以上にすんなり行った。
段ボールに入っているお菓子は、まだ幼女化しないようだ。
検品が簡単なのは助かる。
デザート類は段ボールとかでは届かないからな。
箱を開けて、商品を取り出す。
中から幼女が飛び出して来る。
だが、今日は菓子類は全く新商品が無い曜日だ。
仲間の所に行くよう指示をする。
「お前、ポテトチップスのコンソメ味だろ?」
「ちがうよ! タバスコ味だよ!」
「嘘つけ、そんなの仕入れて無いわ」
「ちぃ、おとなのおんなってヤツになりたかったのに」
こうやって、騙してくる奴もいるから油断ならん。
たまに微妙にほんとっぽい嘘をついてくる事もあるから困る。
「とにかく、そこがお前の持ち場だから移動しろ」
「はーい」
「あ、お前は後ろに回れよ? 先輩の方が手前になるようにな」
しかし、幼女になった事で勝手に陳列されて行くのはそれはそれで便利だ。
手がかからなくていい。
「わーい私もー」
「あ、お前はもう棚に入らないから裏に行くぞ」
「えーやーだーやーだー」
……前言撤回、凄い面倒臭い。
結局、いつもより時間がかかってしまった。
「さて、そろそろいいかな」
アイスの陳列は、思ったより早かった。
彼女たちは、基本的に涼しい所が好きだ。
そして、動くのが嫌いだ。ぐーたらと寝たいらしい。
なので面倒なやりとりもないし、陳列も早かった。
菓子の連中も見習ってほしい。
結局きのことたけのこはまた喧嘩してたし。
しかし、これで本当に今日の仕事は終わりだ。
スタッフルームに戻ると、流香ちゃんは机で寝ていた。
看病とかで疲れていたのだろう。
とりあえず制服を脱ぎ、店内から持ち出したレジ袋に入れて鞄に入れる。
ほんとは勝手にレジ袋を使うのはダメなんだけど、知った事ではない。
勤怠を切ると、流香ちゃんがむくりと体を起こした。
「……あれ?」
「お待たせ、終わったよ」
「あ、はい」
店内からは、新しい仲間が増えた事で幼女たちがまた騒がしくしている声が聞こえて来た。
どうも、元からここにいる幼女は先輩らしい。
幼女たちの人間関係を垣間見てしまった気がする。
「ほんとに女の子になってるんですね」
「そうだなー」
「なんか、夢だったような気がしたんですけど。ほんとの事なんですね」
「俺としては、まだここが夢の中な気がしてならないよ」
しかし、現実問題として食べ物が幼女になっている。
どうにかしなければならない。
その話をするために、流香ちゃんはここに来たのだろう。
あと、店内を一応確認する為に。
「おーい。っと、お前来てたのか」
「あ、店長。今日は急ですみませんでした」
「いやいや。こっちはシフトに誰か入ってさえくれればいいんだけどさ」
「で、店長俺に何か用事だったんじゃないですか?」
「そうそう。廃棄どうする?」
一瞬俺と流香ちゃんの反応が止まった。
廃棄。考えていた事だ。
賞味期限が切れた商品は、店員が求めれば持ち帰って良い。
それが閉店まで手伝った人のご褒美だった。
そして余った廃棄は捨てられる。
なるべく考えないようにしていた事だ。
「俺は、今日はちょっといいです」
「そうか。お前は?」
「あ、私も良いです」
「何だ2人して珍しいな」
廃棄は幼女のままなのか。
確認した方がいい事なのだろうが、ちょっと今日はその勇気が出なかった。
「じゃあ、明日大学なので失礼します」
「おう、お疲れー」
俺は、流香ちゃんとそそくさと店内を後にした。