食べ物が幼女になっていた
「ただいまーってもう返事は無いんだったな」
帰宅した時に、つい「ただいま」と言ってしまう。
この前までは、幼女たちの返事でやかましいぐらいだった。
勝手に電気が付けられてたりすることもあったな。
今は1人としていないというのに。
いかんいかん、感傷に浸っている場合じゃない。
明日の朝までに作業を進めないと。
というか明日もバイトだし、睡眠時間も確保しないと。
「よし、こんなものでいいかな」
段ボールをギュっと上から押し、ガムテープで留める。
マジックペンを取り出し、洋服と書いておく。
これで荷造りは完了だ。
部屋を見渡す。
俺が1人暮らしをしていたこの部屋ともお別れか。
寂しくもなる。
残してあった布団に潜り込み、横になって無理矢理目をつぶった。
翌日、引っ越しの業者が来た。
隣の奥さんが見送ってくれた。
寂しい気持ちになるな。年始に年賀状でも出すか。
トラックに乗せて貰い、外を眺める。
非常に静かな時間だ。
幼女に囲まれ、色々な物に追われていたあの時とはまるで別の世界のようだ。
携帯をチラリと見る。
バイトまであんまり時間が無い。
こりゃ荷解きは帰ってからだな。
しかし、バイトに行くのもちょっと気が重いな。
流香ちゃんは、あの日を境にバイトをやめちゃったからな。
まぁ、行かないといけないんだが。よし、さっさと行くか。
そう、あの日。流香ちゃんの家にお邪魔したあの日に決めた事。
それによって、生活は再び一変してしまった。
流香ちゃんはバイトを辞め、俺も引っ越す事になった。
そしてバイト先のスーパーの幼女たち……。
「いらっしゃいませー!」
「ませー!」
「まーせーまーせー!」
「うるせー!」
……は別に以前通りだった。
「ん、おはよう」
「あぁ、店長。おはようございます」
「あれ? 言ってなかったっけ? 今日は新人が入るから、お前2時間ぐらい入りが遅いよ?」
「え、マジっすか」
急いでシフト表を確認する。
……ほんとだ。
最近色々あって全然気づかなかった。
うーん、2時間か。
そうだな、飯でも食ってくるか。
とか考えてたら、何かしらの幼女が近づいて来た。
こいつはメロンパンだな。
後ろから走って来るのはドーナツとクロワッサンだろうか。
「おーい、あんちゃん仕事はー」
「俺は2時間休憩。飯でも食ってくる」
「あー、彼女のとこだー!」
「女ったらしー!」
「職場から大事な戦力うばったー!」
「まだ彼女じゃねーよ!」
彼女じゃない。まだ。
「じゃあ、いつか彼女になるのー?」
「……そのうちな」
「きゃー!」
「わー!」
「じゃあえっちな事もしちゃうのー?」
「……まぁ、そのうちな」
きゃー! と言いながら逃げ惑う幼女たち。
このバイト、あいつらがいるから全然飽きないな。
さて、流香ちゃんの元に行くか。
「いらっしゃいませー! あ、せんぱーい!」
「もう先輩じゃないだろ?」
「あ、そうでした!」
流香ちゃん。
彼女はスーパーのバイトを辞め、とある所でアルバイトを始めた。
不味くて食べられたものじゃない、あの定食屋だ。
「じゃあチャーハンで」
「分かりました。チャーハン1つー!」
奥からあいよーという声が聞こえて来る。
夕飯時だからか、流香ちゃんは忙しそうに他の人の注文を取りに行った。
ちょっと目を瞑る。
昨夜は荷造りの影響で、ぐっすりは眠れなかったからな。
あの日、俺たちは特に何もしなかった。
日記は大事に保管し、焼却処分とかはしないように決めた。
幼女たちを消すのは簡単だ。
しかし、もうしばらくこのままでもいいんじゃないだろうか。
そこで、俺たちは相談して決めた。
食事については、何とかしなければならない。
流香ちゃんが、この定食屋でアルバイトをする。
そして、マズい料理の作り方をここで学ぶ。
しばらくは流香ちゃんの料理でしばらく生活をする。
俺の家の食材になるものは、全て他の人に譲った。
夜中にお腹が空いた時が非常に不便なのがたまに傷だ。
今後の生活に関してはほとんどが流香ちゃんの提案のものだ。
いつの間にかトントンと話を勧められ、気づいた時には2人で同居すると言う話までまとまってたが。
流香ちゃんのお母さんに話を付けに行く時が死ぬほど緊張した。
「お待たせしましたー!」
「お、早いな」
「えへへ、私もちょっとお手伝いしたんですよ」
目の前に出てきたのは、ちゃんとしたチャーハンだった。
見た目は良い。
見た目は。
「じゃあ、頂きます」
「どうぞー」
一口パクリと食べる。
……美味しくは無い。
決して美味しくはない。
だが、これでいい。いいんだ。
「良い感じにマズくなってるな」
「ふふ、ありがとうございます」
「褒め言葉なのか」
「その為に努力してますからね、褒め言葉ですよ」
しかし、食べられなくもない程度のマズさなのが絶妙だな。
うん、とっとと食べてしまおう。
「よし、ご馳走さま」
「おぉ、早いですね」
「邪魔しちゃ悪いからな」
「いえいえ。こっちのバイトが終わったら、あの子たちに会うために一回そっち行きますね」
「おう、あいつらも寂しがってるからな」
流香ちゃんが忙しそうなので、俺もとっととスーパーに向かう。
新人というのも顔を見ておきたいし、食べ物幼女の陳列に関してちょっと研究しておきたい気もする。
あ、そうだ。そもそも大学の課題まだ終わってねーじゃん。
やっておかないとなぁ。
「いらっしゃいませー!」
「あー、女ったらしだー!」
「女の敵ー!」
「うるせぇ!」
「きゃー!」
「おこったー!」
スーパーの中は、いつもの通り幼女たちでやかましかった。
俺と流香ちゃんは、いつまでこの幼女たちの相手をするのか。
それは今の所分からない。
しかし、出来る限りの事はしてみるつもりだ。
課題はまだまだ残ってるけどな。
ってそうだ。感傷に浸ってる場合じゃない。
俺も大学の課題やらないと。
スタッフルームに入り、ノートを取り出す。
幼女が何人か近寄ってきた。
予想はしてた。邪魔はさせんぞ。
「よっと」
「何やってるのー?」
「んー? 課題だよ課題」
「かだいー?」
「しゅくだいー?」
「そう、そんなもん」
えーっとこの幼女はポップコーンだな。
あとこっちはスコーンか。
「かだい好きなのー?」
「えらーい」
「いや、好きって訳じゃないけどやらない訳にはいかないしな……」
「じゃあ私たちから課題あげるー!」
「あげるよー!」
「いやいいって、今手一杯だし」
ぶーぶー言う幼女ども。
今は忙しいんだ。
「えーやってやってー!」
「課題やってよー!」
「うっさいなー分かった分かった何やりゃいいんだ?」
「わーい!」
「簡単な事だよー!」
この快諾をした事。
俺は深く後悔する事になる。
「飲み物も女の子になったらどうするー?」
「どーするー?」
「どうするって……そりゃ困るな」
「こまれー!」
「こまろー!」
……嫌な予感がする。
そっとスタッフルームのドアから店内を見る。
「……ウソだろ」
俺の目には、ドリンクコーナーで新たに現れた大量の幼女が映っていた。
「かだいー!」
「頑張ってねー!」
「おい、ちょっと待て!」
食べ物が幼女になった。
これはまだ、これから起きる波乱の極々一部だった事を、この時の俺はまだ知らない。
目が覚めたら、食べ物が幼女になっていた いかがだったでしょうか
ネタが中々浮かばず、執筆が止まってしまい申し訳ございませんでした
この中編小説はこれが最終回となります
もしかしたら後日談という形で追加のエピソードが来るかもしれません。何か思いついたらという事で
宜しければ、私の他の短編や連載なんかも読んで頂けると幸いです




