食べ物が幼女になった理由
目の前に食べ物がある。
ピザと卵焼きだ。
思わず目を疑った。
カメラを目から離す。
そこには2人の幼女がいた。
間違いない、ピザ幼女と卵焼き幼女だ。
「ねーまだー」
「はーやーくー」
「お、おう……」
再びレンズを向けて、デジカメを通して幼女を見る。
完全に食べ物だ。
試しに両方の目で食べ物を見ても、右目は食べ物。左目は幼女を見ている。
目の錯覚を起こしてるかのようだ。
とりあえず1枚パシャリと写真を撮る。
データに残ったのは、紛れも無くピザと卵焼きだ。
「みーせーてー」
「みたーい!」
幼女たちが駆け寄って来て、自分の姿を見る。
本人たちは「わー撮れてるーとかって言っている」
そしてまた先ほどの机に戻る。
もう一度カメラを向ける。
今度は左目を完全に閉じ、カメラの中だけを見る。
すると、さっきまで喧しかった幼女たちの声がピタリと止まった。
恐る恐る、そのまま卵焼きに手を伸ばす。
箸で卵焼きを半分に割り、そのまま口に入れる。
しょっぱかった。
結構しょっぱかった。
流香ちゃんの言っていた事は本当だ。
でも、それでも最終的には整った味な印象を受けた。
ピザに手を伸ばす。
1切れ手に取る。
口に入れたピザは、少し冷めていた。
しかし、良いチーズを使っているんだろう。チーズだけ乗っかったピザにしては美味しかった。
当然のように食事をする。
カメラを手にするという手間はあるものの、特に気にせずに食事が出来る。
ここ数日、一切できなかった行為だ。
俺はピザと卵焼きを貪るように半分食べた。
若干泣きそうになっていた。
半分を食べた所で、ふと我に返った。
これ、カメラをどかすとどうなっているのだろう。
まさか、下半身を食べられた状態の幼女になってるって訳じゃないだろうな。
こ、怖い。
……仕方ない、腹を決めた。
「食べられちゃったー」
「えっちー」
そこには、相変わらずの幼女たちがいた。
しかし、サイズがちょっと小さくなっていた。
すこしホッとした。
それと同時に、食べ終わるといなくなってしまうんだなというのも実感した。
幼女であろうと、この子たちは所詮食べ物なのだと。
……と感傷に浸っている場合ではない。
この事を知らせないと。
「流香ちゃん、ちょっと来て! 来て!」
「どうしましたか?」
「食べられた、食べられたよ!」
俺はデジカメを流香ちゃんに渡し、これまでの説明をした。
流香ちゃんも、ハッとした顔で説明を聞いている。
幼女たちが何か言ってる気がしたが、とりあえず聞き流す。
「なるほど、これは凄いですね。私も食べてみます」
「おう」
とはいえ、ちょっと怖い事がある。
俺と流香ちゃんは、一つだけあえて見なかった物がある。
食事シーンだ。
幼女が食べられる時に、どうなっているのか。怖くて見るのを避けていた。
いくら幼女が物理を無視した存在だとしても、もしかしたらグロい事になっているのかもしれない。
もしくは、魂を吸われるが如く吸収されるか。
どの道、完食した場合は存在そのものが消えるのは確かだ。
流香ちゃんがピザ幼女に手を伸ばす。
手にはしっかりとデジカメが握られている。
さて、どうなるのか。
流香ちゃんの手がピザ幼女の頭を掴んだ。
それでその手が流香ちゃんの方へ……。
え。
ちょっと。
ちょっと待った。
え? そのまま?
ちょ……あっ……。
………………。
…………。
……。
声を出すのだけは避けた。
流香ちゃんが美味しく食事をするのを邪魔しない為だ。
だが、俺はその間じっくりと見てしまった。
予想は出来ていた。
しかし実際に見るのはやはり衝撃が強かった。
しばらく流香ちゃんが呼びかけているのにすら気づかない有様だった。
結果は、まぁ考えうる限り最悪な方向だった。
細かい描写は弾く。
あの方法を取れば俺も幼女を食べ物としたまま食事が出来るのだろうという予測も出来た。
部屋にはもう卵焼き幼女も、ピザ幼女もいない。
すやすやと眠っている板チョコ幼女がいるだけだ。
流香ちゃんは、俺のこの様子で何があったのか悟ったのだろう。
表情がスッと暗くなり、無言の時が流れた。
「グスッ……」
数分後、流香ちゃんの声で我に返った。
流香ちゃんは泣いていた。
女の子が泣いた現場に居合わせたのは何年ぶりだろうか。
こんなにも男を動揺させるのか。女性の涙は。
「ごめんなさい……」
流香ちゃんは泣きながら、何度も謝罪の言葉を口にした。
正直何に対しての謝罪なのか、俺にはさっぱりだった。
「そんな、別に流香ちゃんが悪い事なんてないじゃん」
「ごめんなさい……うぅ……」
それでもなお、流香ちゃんは謝っていた。
板チョコ幼女がそのただならぬ空気に目を覚ましたが、関わらない方がいいと判断したのか見なかったフリをしていたのは放っておく。
俺はどうしたらいいのか分からないまま、流香ちゃんの頭をそっと撫でていた。
それからしばらくして、流香ちゃんが落ち着いた。
そしてそっと立ち上がった。
「ん、どうした?」
「ちょっと見せたい物があります……」
消え入りそうな声で、流香ちゃんはフラッと自分の部屋に戻った。
そして1冊の本を持ってきた。
「……これが全ての原因なんです」
「これは……日記?」
「はい……」
日記。明らかに流香ちゃんが書いたものであろう日記だ。
本人に了承を得て、日記を読ませてもらう。
中は、まぁ普通の日記だった。
たまに俺に関しての事とか書いてあってちょっと恥ずかしかったが。
気になる点があるとすれば、これか。
夢で食べ物が幼女になるというのを見た。
凄い楽しい夢だったと書いてある。
そして気になる点がもう1個。
日記の最後のページに、何か模様が書いてある。
薔薇のような、動物のような。
「何だこれ」
「おまじないです。これを日記の最後のページに描いておくと、日記に書いてある願いが叶うって……」
そう言い終わると、流香ちゃんが本格的に泣き始めてしまった。
正直俺にはどうしたらいいか分からない。
やっぱりとりあえず頭をポンポンと撫でる。
状況を整理する。
食べ物が幼女に見える元凶は、この日記に間違いない。
そして、この日記には俺についての事も書いてあった。
だから俺も食べ物が幼女に見える症状が出てしまったんだろう。
原理は分からないが、そういう事らしい。
つまり……どういう事だ。
「この日記をどうにかすれば、食べ物が普通に見えるようになります」
「おぉ、そうか」
なるほど。分かりやすい。
この本を焼くなりお祓いするなりして処分すれば、食べ物が幼女に見えなくなるのか。
そうと決まれば早速……。
「ふあぁ……」
「おぉ、おはよう」
「んん……おひゃよう。今なんじー?」
「深夜の12時半。もうそんなに経ってたのか」
板チョコ幼女が起きて来た。
眠そうに目を擦っている。
大きなアクビをして、再びソファーに眠りに行った。
そう、この日記をどうにかすれば良い。
そうすれば元の生活に戻れる。そんな事は、一番流香ちゃんが分かっている。
だがそれが出来なかった。
理由は? 考えるまでもないだろう。
あの板チョコ幼女も、ただの板チョコに戻ってしまう。
それが正常だと分かっていても。
「先輩、この日記をどうするかは、先輩にお任せします」
「……分かった」
「ごめんなさい、先輩にこんなにも迷惑をかけちゃって」
「謝る事じゃないさ」
流香ちゃんは俺に決めて良いと言っている。
そして責任を感じている。
だからこそ本来見られたくない日記を俺に見せてくれたんだろう。
この日記を、俺はどうするのが一番良いんだろう。
俺は……。




