ポテトチップスが幼女になっていた
目が覚めたら、食べ物が幼女になっていた。
それはもう世界中のありとあらゆる食べ物が幼女になっていた。
あの朝、俺は何者かに起こされていた。
1人暮らしで大学にも知り合いのほとんどいない俺を起こす人間なんてまずいない。
実家のカーチャンぐらいだろうか。いや、こんなタイミングでわざわざ家を訪れる訳はない。
確か今日は水曜日。ママさんコーラスの練習のある日だ。
俺なんかより、そっちを優先するだろう。あのカーチャンだし。
「起きて、ねーえー、おーきーてぇー!」
そもそもこんなロリっぽい声を出す訳がない。
……甲高い声だな。
もうちょっと寝かせてくれよ。昨日は遅くまで孵化作業を……。
「……そうだ!」
あっぶねぇ、今日はバイトの日じゃねぇか。
誰か分からないが助かった。
起こしてくれなかったら、すっかり遅刻する所だった。
時間は……なんとか大丈夫だ。
「ありがとう! 危ない所だった!」
「どーいたしましてー」
……ん?
俺の机の上で、知らない幼女が座っている。
足をバタバタさせている。
少し体を伸ばして玄関扉をチェックする。
鍵もチェーンもかかっている。
他の窓も開いていない。
こいつ、どうやって入って来たんだ?
着ているTシャツに何か書いてある。
えーっと、何々。さいこーけーえーせきにんしゃー?
なんだそれ。
「おい君、どうして俺の部屋に?」
「あーそーぼー!」
「聞いちゃいねぇ……」
この段階になって、俺はある異変に気付いた。
冷蔵庫が騒がしい。
「涼しいよー」
「体の芯まで冷えるぜー」
「ふえぇ……賞味期限が伸びちゃうよぉ」
「あ、あたしむしろ切れかけてる」
そんな声が聞こえてくる。
ごくりと息を飲みながら扉をバカッと開ける。
「きゃー! 中の温度が上がっちゃうー!」
「覗きよー!」
「えっち、へんたーい!」
冷蔵庫から手や足が出て来た。
サイズとしては、普通の幼女のものだ。
しかし、冷蔵庫の中から聞こえる声は最低でも6人はいる。
中の様子を確かめる勇気は俺にはなかった。
冷蔵庫をそっと閉める。
「ふー、行った行った」
「でもあちし、えっちなのキライじゃないよ」
「きゃー! 大胆発言ー!」
「おっとなー!」
非常に性質の悪いホラーを見ている気分だ。
しかし、これではっきりした。
食べ物が幼女になっている。
他は分からないが、とりあえず自宅の食べ物は皆幼女になっている。
となると、俺を起こした幼女は……。
「ねーねー私とあそぼーよー」
胸の所に書いてある『さいこーけーえーせきにんしゃー』と薄っすら書いてある文字。
たしかあの机の下には、俺が腹減った時用のポテトチップスがあったような。
あぁ、薄CEOとかそういう……。
ってそんな事やってる場合じゃねぇ。
バイトだバイト。
今日は流香ちゃんが母親の見舞いに行くからってんで、俺が代わりのシフトを受けてたんだった。
もう何かを食べてる暇はない。
急いで家を出ないと。
幸い、バッグに半分飲んだ麦茶が残っていた。
ぬるくなっていたが、飲み物は幼女になっていないだけマシか。
一気に飲んで空腹を紛らわす。
……あ、昨日は夕飯食べそびれたんだった。
いつもは出かける前に軽食取ってからなんだが、まさか食べ物が幼女になってるとは。
お腹空いたなぁ……。
定期を取り出し、改札を駆け抜け、時間通りの電車に飛び乗る。
窓から駅を振り返る。
……うわ、売店に幼女がいる。
なんかサバサバしてるのが数人いる。
多分カ〇リーメイトとかそんなのなんじゃないかな。
乾燥してるし。
電車の中は落ち着く。
そう思っていた時期が俺にもあった。
ラッシュ時ではない為、席に座れた。そこは助かる。
しかし、なんか向かいの席の様子がおかしい。
OLのバッグから何かが飛び出している。
あれは……ツインテールの片方だろうか。
中に幼女が入ってるのだろうか……食べ物だけど。
おにぎりか、サンドイッチかのどっちかって感じかな。
ホラー極まりない。
次の駅で乗って来た真面目そうなサラリーマン。
鞄からロリロリしい声がいくつも聞こえてくる。
「わーい電車だー」
「ゆらゆらーたのしー」
「皆仲良しー」
決してこういう着信音を、このサラリーマンが愛用してる訳ではない。
このリーマンの鞄の中にも、何かしらご飯が入っているのだろう。
仲良しって言ってるから弁当かな。
愛妻弁当だったりしてな。
羨ましい限りだ。
食えればの話だが。
バイト先の駅に着いた。
降りる人はさほど多くない。
住宅街ぐらいしかないとこだしな。
近くに神社があるから、正月は混むけど。
道ですれ違った親子がいた。
母親らしき人が、後から追いかけてくる子を心配そうに見ている。
「まぁまー、まっでぇー」
「はいはい」
母親はもう1人赤ちゃんを抱いているので、女の子も一緒に抱っこは出来ない様子。
泣きながら女の子が母親の後を追いかけている。
きっと歩き疲れてしまってるのだろう。
「ひゃっふー!」
……のはいいんだが近くでまた別の女の子が、さっきの女の子を煽るように走り回っている。
何だ、この空気読めてない幼女は。
お前アレだろ、そこの回転寿司屋のお寿司幼女だろ。
なんかくるくる回ってるし。
うわ、店内に色んな幼女がいる。
アメリカかぶれしてる奴とか、カリフォルニアロールだろうか。
……あぁ、そうか。寿司は生魚とか使ってるから、腐るの早いんだな。
意外と足が早い料理ってか。やかましいわ。
職場に到着した。
外からでも幼女たちの声がする。
嫌な予感はしていたが、ここもやっぱり幼女だらけなんだろうなぁ……。
意を決して中に入る。
「いらっしゃいませー」
「ませー!」
「らっしゃいらっしゃい!」
俺のバイト先はスーパーだ。
スーパーには、大量の食べ物がある。
予想はしていた。
していたが、幼女だらけだった。
幼女たちが、好き勝手に店内で騒いでいる。
客はそれを綺麗に避けながら、上手に買い物をしている。
長い、長い一日が始まりそうだ。
俺はぐーと鳴るお腹を押さえながら、スタッフルームへと足を進める。
勤怠を切る為に。
幼稚園のようになってしまった、この場所で働く為に。
食べ物が幼女になっていた。
それはもう世界中の食べ物が幼女になっていた。
何を言っているか分からないと思うが、俺も未だによく分かっていない。
俺が望むのはただ一つ。
いつも通りに、休憩時間に空腹を満たしたい。それだけだ。