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犬と私の1年間  作者: くまくるの
本編  犬と私の1年間
8/49

犬の考え。

 凪はあれ以来、一緒に住もう発言を全くしない。

 どこまで本気だったのか、どういうつもりだったのか、それすら理解出来ずに、季節はゆっくりと進み、梅雨が明けて、夏の日差しがギラギラと差し込む季節になった。




「柚月さんは試験いくつあるの?」

「……12」

「あっ! 僕は10だよ~。やったね! 勝ったね」

「負けてるよね」

 凪とバカ話をしながら、凪の部屋でコツコツと勉強をしていると、ノックの音が聞こえた。

 凪が出ると、そこには久しぶりに見る大家さんの姿があった。

「…………犬、まだいるよね」

 大家さんのオーラが怖い。これは相当怒っていらっしゃるに違いない。

「……約束憶えてるわね?」

「はい。夏までに……」

「梅雨明けしたし、もうそろそろ、どうするかお返事を聞かせていただけるかしら? こちらにも都合があるしね」

 大家さんの視線が凪と私と犬達を交互に刺して、痛いほどの圧迫感を感じる。

「……とりあえず、すぐに住む所を探しますので、8月末まで待って貰うって訳にはいきませんか?」

 私はびっくりして顔を上げた。凪は私に相談もなく、出て行くことを決めていたのだ。

「8月末までは無理ね。今月中」

「試験もあるんです! 終わったら直に探しますから!」

「無理ね」

「そこを何とかお願いします」

 凪が大家さんに頭を下げるたびに、胸がズキズキと痛む。

 これはもう……凪1人だけの問題じゃない。


 私は意を決して、顔を上げた。





「いいの? 柚月さんまで出て行くって言ちゃって……」

「もういい。吹っ切れた。凪だけ出て行って、今さらここに1人で住もうとか思わない」

「でも、柚月さんの声援のおかげで、なんとかここにいられる期限が延びたし……」

「……2週間だけどね」

 お盆過ぎまで。これが大家さんが譲歩してくれた最大の日程だった。まあ、8月分の家賃は貰うって言ってたから、こちらとしても痛み分けの結果なのだけど……。

「はあ……。どうしようかなあ」

 新しく引っ越すと言っても、そう簡単ではない。

 ペット可能なマンションぐらいはあるだろうけど、引越し資金に敷金に礼金。何十万単位でお金が飛んでいく。それに、引っ越す事を親になんて説明すればいいのか、わからない。

「まずは、試験だよ。それから家を探して、なんとか引越しして、お金は……」

 お金は……で黙ってしまう凪。私にしろ凪にしろ、親に仕送りをしてもらってる身。そんなに裕福な訳ではない。

「取りあえず、目の前の試験を片付けよう。そうしないと引越しも資金集めのバイトも出来ないよ。凪」

「……だね」

 そこから私達は無言で、友達に借りたノートを写し始めた。





 大家来襲から初めての前期試験なるものの試練を受け、脳がボロボロに疲れた。

「おわっ……たっ……」

 バッグを投げ捨て、ベッドに倒れこむ。

 倒れこんだ私の上に茶トラが乗り、心配そうにワンワンと鳴く。

「大丈夫。茶トラ。ちょっと疲れただけ。心配しないでもいいよ」

「クゥーン……」

 私の鼻先をくすぐる様に舐める茶トラをギュッと抱きしめた。

「次は新しいお家探しだね。今度は隠れなくても堂々とお散歩に行けるお家にしようね」

「ワンッ!」

「そっか。茶トラも嬉しいかー。どんなお家がいいかな?」

 脳裏に古い民家で庭付きの絵が浮かぶ。その民家の庭先で駆け回る茶トラと灰色狼。そして、その2匹を嬉しそうに見つめる私と凪が……。

「っ!! 何考えてるの私?」

 もう、同棲って言うよりも本当にパパ、ママっぽいじゃん!

 結婚して落ち着いた夫婦みたいな妄想じゃん!

「……バカバカしい。ない! そんな絵は存在しない!」

 せいぜいペット可の古いマンションに引っ越すのが関の山だ、と考えを改めた。

 現実的に実行可能な行動を起すべく、私は下のコンビニに行って、住宅情報誌とアルバイト情報誌を購入した。





「短期で日給がいいのは……やっぱり夜かあ」

 お水系のバイト。それはもちろん日給は破格にいい。これなら数日間で引越し代ぐらいは捻出出来そうだ。

「……私に……出来るかな?」

 お酒が飲めないのはもちろん、知らない男の人に愛想を振りまいたり、甲斐甲斐しくお世話などをする自分を想像して「無理だな」と結論づける。

 自慢じゃないが、そんなに愛想は良くない。しかも、気分屋だから、嫌だと思ったら、絶対にもう働けない。

 チラリと必死に犬用ガムを噛んでいる茶トラを見つめる。

「……この子の為には……やっぱりやるしか……」

 一応体験バイト的なヤツで働いてみようと、携帯に手を伸ばしたら、ドンドンと扉を叩く音が聞こえた。


「……何? 凪?」

「これ! これ見て! 時給が凄くいい! 僕ここで短期バイトする!」

 私と同じアルバイト情報誌を片手に凪が立っていた。その指が指し示すバイト先が「ホスト募集」

「凄くない! 僕、頑張るよ!」

「…………」

 凪と同じ思考なのか、とちょっと凹む。

「……取りあえず、凪には無理だよ」

「何で? 僕だって頑張ったらきっと大丈夫だよ」

 ため息が漏れる。

「ちょっと、上がって」

 マンションの廊下でする話でもなかろうと、凪を室内に導いて、コンコンとお説教を開始した。

「あのね、ホストって大変なんだよ。女の人に貢いでもらって、それが普通に感じるぐらいの神経がないと無理なんだよ。女の人は本気で凪が好きになって貢いでくれるんだよ? あんたそれを鼻で笑ってあしらえるの?」

 黙り込む凪の視線の先には、先程私が開いていたバイト先が載っていた。

「……じゃあ、柚月さんは平気なの? 知らないおっさんにベタベタ触られながら、笑って相手に出来るの? それこそ僕、嫌だよ。柚月さんにそんな無理させたくないし、して欲しくない」

「私だって、凪には今の優しいままでいて欲しいよ。女を騙して貢がせる様な凪は嫌だよ。見たくないよ」

「僕がやるから、柚月さんは引越しの準備と、犬達の世話を頼むよ。絶対に引越し代ぐらい稼いでくるから!」

「ダメ! 凪にばっかり負担を……」

 そこまで言って気づいた。

 何か、会話がおかしいのではないか? と。

「ねえ、凪? 私達別々の場所に引越しするんだよね。2人分の引越し代を稼いでくるって事?」

「え? 一緒の場所でしょ? だからトラックは1台で」

「…………え?」

「だって、僕達はもう犬達のパパとママだよ! 一緒に暮らさないと! あれ? 僕、大家さんに柚月さんが一緒に出て行くって言った時に、一緒に住むものだと思って……。あれ? 違うの? 何で?」



 あれ? 違うの? 何で?

 って、こっちが聞きたい!



 物凄く不思議そうに、こちらを見つめる凪の考えが、まったくわからなかった。







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