表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犬と私の1年間  作者: くまくるの
本編  犬と私の1年間
7/49

犬との別れ。

 凪のバイト先でぶっ倒れた数日後、店長さんは約束を守ってくれた。



「柚月さん! 1人飼ってもいいって人が見つかったって!」

 部屋で茶トラとまったり遊んでいた私の元に、凪が飛び込んできた。

「ほんと?」

「本当! 本当! 店長の姪っこさんで幼稚園の子が欲しがってるんだって犬!」

「やったねー。よかったね茶トラ」

 茶トラを抱き上げて頬ずりする。

 最近は随分と大きくなってきて、温かさと共に重量感がズシリと増した。

「……何? その手?」

 凪が手をこちらに大きく広げて待っていた。

「え? ここはハグかなあって」

「バカじゃないの? ね? 茶トラ?」

 ハグするなら茶トラで十分とばかりに、ギュッと抱きしめた。

「クゥーン」

「……茶トラ! 勝ったって思うなよ! 勝負はまだついてないぞ」

「バカじゃないの?」

 現在、圧倒的に茶トラ優勢。勝てる日なんて……来ないよ思うよ。

 私はその日、茶トラと思う存分に遊んだ。




 その週末。

 幼稚園ぐらいの女の子が、お母さんに手を引かれて、凪の部屋にやって来た。

「可愛い!!」

 緊張気味だった女の子の顔がパッと明るくなる。

「お兄ちゃん。どの子でもいいの? 好きな子でいいの?」

「いいよ。どの子が可愛い?」

 茶トラ、白ウサギ、灰色狼を交互に見つめる女の子を、私は何故だか泣きたい気持ちで見つめていた。

「お名前あるの?」

「一応ね。その茶色のが茶トラで、白いのが白ウサギで、黒っぽいのが灰色狼だよ」

「トラさんとウサギさんとオオカミさん? へんなの!」

 園児にまでバカにされるネーミングセンスだったようだ。

 それに慣れてしまった私、慣れって恐ろしい。


 女の子は代わる代わる3匹と遊び、満足した表情で1匹を抱き上げた。




 去っていく女の子をマンションの階下まで出て見送っていた時に、凪が「よかったね、柚月さん」と言った。

「何が?」

「茶トラじゃなくて……」

 女の子が連れ帰ったのは白ウサギだった。1番真っ白で綺麗なのだそうだ。

「……そんな事ないよ。残念だよ」

「ウソばっかり。ずっと泣きそうな顔で女の子を見つめてたよ。それこそ茶トラを取らないで~って感じで」

「……ウソだよ。そんな事ないよ」

 そんな事はあった。茶トラと今日でお別れかも知れないと思ったら、胸が締め付けられるほど切なくて悲しくなった。茶トラの幸せを願っていた筈なのに、私は我侭で自分勝手に、茶トラと離れたくないって、ずっと願っていたのだ。

 それを凪に指摘されたみたいで、凄く恥ずかしかった。

「もう、あれだね。柚月さん茶トラと離れないほうがいいのかもね」

「……でも、無理だもん」

 茶トラとずっと一緒にいようと思ったら、ここを引越ししなければいけない。もし、引越ししたとしても、今までみたいに気軽にフォローしてくれる隣人がいない。

 私はまだ、決断が下せずに、グズグズしていた。


「もう……初夏だね」

 凪が空気を変えるかのように違う話題を口にした。

 確かに、吹いている風が生暖かくて、日の光が随分と眩しくなってきていた。

 決断を下さなければならない夏まで、後少し……。

「そうだね。もう夏だね……」


 私と凪は、見えなくなった白ウサギを、いつまでも見送り続けた。



 凪の部屋に戻ると、2匹がじゃれあって、転がりまわっていた。そして、時々何かを探すようにキョロキョロとする。

「茶トラ、灰色狼。もう白ウサギはいなくなっちゃったよ。きっと幸せに飼ってもらえるよ」

「店長の姪御さんだもん! 絶対に大丈夫。店長って熊みたいな外見とは裏腹に凄く優しい人だから。だから大丈夫だよ。柚月さん」

「え?」

 フワッと凪に優しく抱きしめられた。

「だから泣かないでもいいよ。柚月さん」

 そう言われてやっと、自分が涙を我慢していた事に気づいた。凪の部屋に入った途端に気が抜けて、涙が勝手に零れていた様だった。

「幸せになるよね? 白ウサギ」

「もちろんだよ」

「これでよかったんだよね」

「うん。絶対に」

 私は凪の胸でワーワーと泣いた。




「落ち着いた?」

「……うん」

 泣いて、泣いて、多分顔が腫れてる。それに何だか今さら恥ずかしくなってきて、私は急いで凪の腕から抜け出そうとした。

「……凪?」

 凪が離してくれない。優しくて弱そうな外見なのに、力が強くて、今さらながら凪は男の子だと思いあたって少し怖くなる。

「柚月さん……」

「な……何?」

 もしかしてこのまま押し倒されるとか、最悪キスぐらいはされるんじゃないか……と身構えていた私だったけど、凪が放った言葉は、そんな想像をはるかに超える言葉だった。




「一緒に住もうか? 僕達?」

「…………は?」

「一緒に住もうか?」

 どうやら聞き間違いではない。

「何言ってるの?」

「だって、そうしたら2人でこの2匹を育てていけるよ! パパとママみたいに協力して!」

「人が聞いたら誤解する様な発言は止めようね」

 そう言って、凪を突き放すようにして、茶トラを抱えて部屋に逃げ帰った。




「何……考えてるのアイツ?」

 一緒に住む?

 男女で? 恋人とかでもなくて?

 犬の為に??



 そんなのあり得ないでしょ!?










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ