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ファンタジー! 〜最強姉弟の異世界譚〜  作者: sin_crow
第一章 キュレイア・学舎編
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5章 青色の魔石、路地裏の暴力

(納得がいかない!)

とヴェノストは口を尖らせた。

思っていたとおりの残念な朝食を食べた後、今はとりあえず調整師アジャスターのところに向かっているのだが……。

ちらりと後ろを向くと、楽しそうについてくるフェオミア。


一夜で何があったのか知らないが、やたらフェオミアがヴァルヘムに懐いているのだ。

ヴァルヘムも随分とフェオミアを気に入ったようで、何何と伝えてくれ、だとか、何何はどうかと聞いてくれ、だとかそんなことばかり言ってくる。


(私は伝言かかりじゃないってば!)

とヴァルヘムには伝わらないようにしながら、思った。

フェオミアの、昨日とうってかわったニコニコ顏も、なんだか気に入らない。

そして、フェオミアもまたヴァルヘムに話しかけようとするので、それも気に入らない。


そのため、ヴェノストは今、ちょっと苛ついているのだった。


ついにプチンと来てしまったのはその数分後である。

本日何度目になるか分からない、


「あの、ヴァル兄に、」


というフェオミアの声に、


「ああ、もう!」


と言ってある店に入っていった。

その怒気のこもった声に、フェオミアは思わずその場で固まってしまう。

それからしばらくじっとしていたのだが、出てきたヴェノストは、青色の魔石のついた首飾りを二本、手に持って出てきた。


「はい、これ」


その声にはもう怒った色はなかったのだが、なんとなくおずおずと受け取った。


「これは……?」

「心理伝達の魔石だよ。これで、伝えようとすれば魔石を持つ者同士なら、声に出さずに意思疎通が可能なんだ」


つまり。

ヴァルヘムとフェオミアが会話ができるということだよ、あげる、とヴェノストが言うと、フェオミアは目をキラキラ輝かせて、すぐさま首にかけた。


(全く……男ってあれだよね、男同士で話す方がいいんだよねー)

密かにヴェノストは拗ねてみるが、フェオミアが喜んだのは、別にヴァルヘムと話せるからというだけではない。

フェオミアは、殆どもらったことのない他人からの贈り物が、数少ない“自分のもの”が増えたことが、たまらなく嬉しかった。


「あ、ありがとう、ヴェノ姉!」

「う、うん」


いつの間にかヴェノ姉と呼ばれてる。

けれど、昨日は見せなかった無邪気な笑みと、感謝の言葉に悪い気はしない。どころか、愛着が湧いてしまう。

ごほんごほん、と咳払いをした。


調整師アジャスターのところ行った後に、服屋にでも行こうか。冒険者装束、買わないとだし……」

「本当か⁉」


やった! と喜ぶフェオミアを微笑ましく見ていると、その顔に一瞬だけ、寂しそうな色が見えた。

いつもそうだ、とヴェノストは小さくため息を落とした。


(この子は、一体過去に何があったのだろう?)


楽しそうにしていながら、どこか寂しいような、辛いような表情が垣間見えるのだ。

勿論、ヴェノストに詮索する気はないし、でも、話してくれるようになったなら、知りたいとも思う。


(もっとも……)

フェオミア自身は、自分のそんな表情に気づいてないんだろうな。


ヴェノストは、誰知らず、再びため息をつくのだった。




(仕方ないよな、にやけちゃうのは)

フェオミアは自分の顔をペタペタと触りながら思った。


今まで、年上というのは脅威でしかなかった。年齢と、それに比例する身体を武器に、フェオミアに暴力をふるい、いたぶるだけの、粗暴で最低な者たち。


(でも、この二人は違う。

優しくて、強くて、温かい——俺の仮初の家族)

そんな風に、姉ができて、兄ができて、しかも首飾りもくれたのだ。


(嬉しくない、訳がない)

だからにやける。

しょうがない、しょうがない、と心中で呟く。

が、ヴァルヘムに伝わっていたらしい。


『何がだ?』


と聞かれて、ああ、心理伝達ってこんな感じなんだ、と思った。

それから答えようとして、腕がグイッと引っ張られる。


「え?」


身体が止まった時、視界に映ったのは、見慣れた裏路地。

そして、裏路地に住むやつらの中でも、とびきり悪質な集団。

強盗どころか、殺人だってなんだってやる者ども。

何人もの人を殺してきたやつら。


油断していた。確かに浮かれていた。

でも。だからって。

(ここで、死にたくない。やっと、俺だって幸せに……!)

なれるはず、なのに。


そんな声にならない思いが、集団のボス、暴力ベロスと呼ばれる男の一声で押しつぶされる。


「おい、盗人セロアのチビよぉ」


盗人セロア。フェオミアは、その呼び名が、もう自分のものでないように感じた。


「お前さぁ、お貴族様に拾ってもらって、調子乗ってんじゃねえか?」


ヴェノストは貴族じゃないし、俺だって調子に乗ってない……と言おうとしたが、暴力ベロスの眼光で口を開けなくなってしまった。

怯えるフェオミアを、彼らは嘲笑う。


「別に俺らは、お前を殺そうなんて思っちゃないぜ? 路地裏者のよしみだ、ただ……」


それ、くれよ。


暴力ベロスの指は、まっすぐに青い魔石に伸びていた。

分かっている。フェオミアだって、この状況なら、渡すのが得策だと。

しかし。


「い、やだ!」


条件反射のように、声が出た。

ああ? とあからさまに苛立った声で、威圧される。

それだけで、フェオミアの身体は、もう完全に動けなくなった。

震えすらない。

けれど、彼の口だけは、切り離されたようによく動いた。


「絶対に嫌だ! これをお前らなんかに渡すか‼ 死んでも渡さねぇ!」


空気が凍てつくようになって、それから急激に燃え立つ。

意思とは関係なしに、ぶわっと汗が吹き出した。

それでも。


(これを渡したら、俺は盗人セロアに戻っちまう! ヴェノ姉やヴァル兄との絆が、絶えちまう!)

そんな強迫観念のような思いが、フェオミアを奮い立たせる。


「へえ」


暴力ベロスの声には、もはや怒気でなく、殺気がこもっている。

しかし、表面上はまるで穏やかに、むしろ笑みすら浮かべているのだ。


(怖い)

あまりにもちぐはぐなそれは、フェオミアの恐怖を煽る。

フェオミアはその声から逃げたく思ったが、逃げることなどできやしない。

聞き漏らすこともできず、ただそこにいた。


「くれねぇなら、もうしょうがねぇよな」


暴力ベロスは言う。


「お前を殺して——あいつらも殺そう」


あいつら。

それが誰を指すか気づいた時、フェオミアの身体は勝手に動いて、暴力ベロスが路地裏から出るのを阻止するように立ちふさがっていた。


「そんなことは、させない!」


冷静に考えるなら、魔術も使えないだろう暴力ベロスたちが、ヴァルヘムに敵うはずもないのだが……そんなことは、頭からすっぽり抜けていた。

フェオミアは、できたばかりの、仮初の家族を守るために、動いていた。


そんなフェオミアに青筋をたてて、暴力ベロスが今にも、その膂力を以って襲ってこようとした、まさにその時。


コツ。

と、路地裏の入口で靴音がした。

暴力ベロスたちの視線につられて、フェオミアは後ろを振り向く。

一人の少女、いや少年が、牙をむき出して、そこに立っていた。


「ヴァル兄……」

「おう」


応じる声には、隠しようもない殺気。

それにいささか怯んだ暴力ベロスだが、周りに仲間もいることだし、優位を確信しているのだろう、馬鹿にしたような調子で挑発する。


「おいおい、死に急ぐなよガキ。こいつを殺した後で、お前も殺してやるからよぉ」

「は?」


その声から、分からないのだろうか。

ヴァルヘムから漏れ出す強さが。

フェオミアは、敵前でありながら、そんなことを思った。


(いや、分からないんだろうな。自分よりも年下で、しかも小柄。おまけに暴力ベロスは、世間知らず貴族化なんかだと思ってる)


その偏見が、目を曇らせた。そして、それは、命取り。


「おいおい、恨むなら俺じゃなくてこいつを恨めよ? 俺がその首飾りくれっつったが、こいつは死んでも渡さねえって言った。なら殺すしかねぇだろ?」


その言葉に、ヴァルヘムは、じっとフェオミアを見つめる。

それから——くるりと入れ替わった。


「えっ⁉」


思わず出た声に、暴力ベロスたちの視線は一斉にフェオミアに集中した。

けれど、当の本人はそれどころじゃない。

(どうして、ヴァル兄じゃなくてヴェノ姉が⁉ 何かあったのか、問題とか。ならまずい、こいつらとヴェノ姉が戦うなんて……!)


そして、それらの視線は今度は一気にヴェノストに向く。


「いや、最初はさ、ヴァルヘムにやらせようと思ったの。その方が早いし、楽だしね。でもさ」


ゆらゆらと、ヴェノストの身体から漂う覇気は、見間違いではない。

暴力ベロスはまだ耐えているが、その仲間はもう完全に萎縮していた。


「私の、可愛い弟がさぁ、私があげたものを守ってくれてるっているのに、姉が弟たち(﹅﹅)に任せて隠れてるわけにいかないでしょう?」


そのまま、ゆらり、ゆらりとヴェノストは暴力ベロスに近寄っていった。

横を過ぎようとした時、フェオミアはヴェノストを止めようとした。

しかし、止めようもなさそうな雰囲気に呑まれ、止めることができない。


気づけばヴェノストは、暴力ベロスの前に立っていた。

危ない、と言うより先に、暴力ベロスは拳を振り上げた。

目をつぶる暇もなく、フェオミアはそれを見ていた。


勝敗は、一瞬でついた。


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