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恋愛もの

バンドマンとギャルがリア充する話

作者: 腹黒ツバメ


 ステージに上がる直前、ドラム担当が冷やかすように俺の肩を叩いてくる。

「なあ、今日も来てるんだろ?」

「……ああ」

 その言葉に、担いだギターがいきなり重量を増した気がした。

 くそ、せっかく意識しないようにしてたのに、完全に緊張を思い出しちまったじゃねえか。

 目に見えない重圧がさらに双肩に迫る。

 そして開かれる暗幕。

 瞬間、百人超の大歓声が全身に浴びせられた。

 俺が所属するロックバンドの単独ライブ、その開催の合図だ。

 地方の小さなライブハウスなので、壇上からはほぼ全員の観客の顔が見渡せる。まだ始まったばかりだというのに、みな一様に汗だくだ。

 その観衆の先頭に、目を瞠るような美少女がいた。左右の女友達といっしょに、黄色い歓声を俺たちに投げてくれる。


 ――リコ。


 俺は息を呑んだ。やっぱり来てるんだ。

 なら、余計に失敗は許されない。

「いよっしゃあああぁぁぁぁ――」

 緊張も弱腰もまとめて振り払う気合をマイクに乗せ、俺は一音入魂、ギターを掻き鳴らした。



〈バンドマンとギャルがリア充する話〉



「昨日のライブ、格好よかったね」

 手を繋いで隣を歩くリコがそう笑いかけてきた。

「……やめてくれよ、恥ずかしいな」

 黒い前髪をいじりながら、俺はぷいと視線を逸らす。彼女が本心から言ってくれているのはわかるが、だからこそ気恥ずかしい。

 明後日の方を向く俺の襟首を掴み強引に引き寄せると、リコは頬を膨らませ強気な口調で窘める。

「えー、どうしてよ? ショウはもっと自信持ってもいいと思うわよ」

 鼻先が触れそうな距離にまで彼女の顔が迫り、意図せず動悸が高まってしまう。

 今日はリコの発案で地方都市のウィンドウショッピングだ。

 街の小洒落た雰囲気もあって、すれ違うのはカップルばかり。かく言う俺たちもその一組だ。

 顔面が束縛から解き放たれると、俺はばっとリコから身を引いた。まだ冷静に返らず激しい鼓動を刻む心臓を叱咤したくなる。

「いや、そういうことじゃなくてさ……」

「――あたしが惚れちゃうくらいなんだから、ショウは本当に格好いいの」

 ね? と同意を求めるように小首を傾げるリコ。セミウェーブの金髪が揺れる。

 ちくしょう、卑怯な奴だ。そんなかわいい仕草をされたら、もうなにも言い返せないじゃないか。

「……はいはい、わかりました」

「よろしい!」

 とりあえず納得したふり。ああ、男とはなんと脆弱な生き物か。――ん?

 さっきの会話の一部に、妙な違和感を覚えて俺は口を開く。

「ていうか、告白したのは俺からだろ」

「あれ? そうだっけ?」

「忘れてんのか……」

 がっくりと肩が落ちる。地味にショックだ……

「ほら初めてのライブのとき」

 そう、あれはちょうど二か月前のことだ――



 友人と結成したアマチュアのバンドが出場する初イベント、熱気の籠もる客席の中に、彼女はいた。

 声を張り、腕を振り、笑顔が弾ける金髪の派手目な美少女。その垢抜けた容姿に、つい視線が吸い込まれてしまう。

 無名の学生バンドの現場を見に来るなんて、相当のロック好きなんだろうなぁ――、人々の中心に立ち沸騰しそうな脳味噌で、ぼんやりと推測した。

 彼女の甲高い声援が鼓膜に届くと、なぜか身体の奥底から力が湧いてきた。脈拍が曲のBPMより速いビートを刻む。


 そして、気づけば俺は彼女と会っていた。


 ライブ終了直後に出入口へ回り込み、彼女の姿を探した。そして昂る胸の鼓動に衝き動かされるがままに告白。驚くことに、ふたつ返事で了承をもらえた。

 後に、あれが一目惚れだったんだと、俺は漠然と理解する――



 そうして晴れて俺とリコは恋人同士となり、現在に至る、というわけだ。

「ああ、思い出した!」

 ぽんと両手を打ち合わせるリコ。俺もひとまず落胆を胸にしまう。

「じゃ、次はあっち行こ!」

 この時期に吹く春風の風向きみたいに、リコの話題はころころ変わる。

 俺の右手を掴んでリコは足早に歩き出した。



 今の俺たちは、間違いなく幸福だった。

 ――だけど。

 あの日と寸分違わぬ笑顔のリコを横目に眺めながら、俺は彼女との関係に、一抹の不安を覚えていた。



 太陽が沈み、代わりに夜空へ克明に浮かび上がるは、青い三日月。

 この時間帯になれば人影も少しは減るかと思ったが、むしろ一帯の人口密度は増していた。

 しかし男女の二人組が大半なので、さすがに喧騒とは無縁だ。みな物静かにロマンチックな夜景の一部となり、それぞれの蜜月を堪能している。

 そんな数々のカップルを遠目に、俺たちは駅近くのベンチに並んで腰かけていた。

「…………」

「…………」

 会話はない。

 数分ほど前からリコはずっと顔を伏せ、黙って自らの膝小僧を見つめている。懊悩するような様相を纏っている彼女に、不思議と声をかけるのに躊躇ってしまう。

「……あのさ、ショウ」

 突如、沈黙に止まった時計の針をリコが押し動かした。

 彼女はおもむろに腰を上げた。俺もそれに倣って立ち上がる。

 ふたりの視線が交錯する。彼女の瞳が心なしか僅かに潤んでいるように感じられた。

 夜の街で身体を寄せて向かい合う。言葉にするとなんて甘酸っぱいシチュエーションなんだ。

 けれど、追随したリコの台詞は、その耽美を粉々にぶち壊すには充分すぎる威力を持っていた。


「ショウはさ……あたしと、別れたい?」


「え――」

 あまりにも唐突すぎる別離の提案。

 俯き気味で睫毛を伏せるリコの顔を見据え、けれど俺の胸中に驚嘆は一切なかった。

 正直に言って、その言葉を俺は以前から予期していた。

 リコは優しいから敢えて回りくどい表現をしたんだろうが、本音では、以前から俺との関係に嫌気が差していたに違いない。

 そもそも俺はずっと不安だったんだ。こんなギターしか能のない青二才が、本当にリコのような素敵な子に相応しいのか。リコが心根から俺を好いてくれているのか。

 だってもう容姿からして不釣り合い極まりないじゃないか。俺は特別イケメンでもなければ、服装が垢抜けているわけでもない。ライブ中くらいは格好つけてパンクファッションに挑戦もしたが、普段の俺は進学校に通っている事情もあり、なかなかどうして野暮ったい。染髪をすることすらライブ当日程度のものだ。

 対してリコは常日頃からお洒落や化粧に気を遣っており、彼女の高校でもかなり派手な女子グループに属しているらしい。俗的に“ギャル”と分類される女の子。

“音楽の嗜好”という針の穴みたいな接点を除けば、まさに正反対の存在だ。住む世界が違う――決して交わらない人生のレールを、俺たちは歩いているはずだった。

 ――そして罅割れた万華鏡のように歪んだ現状が、これだ。

 リコに告白したのはライブのショウ。

 リコが惚れたのはステージで自由奔放にギターを弾くショウ。


 現実の俺とはまるで別人のショウ。


 だからきっと、リコは俺との交際を後悔しているんじゃないか、そんな懸念が常に頭の片隅に蔓延っていたんだ。

 そして今、推測は確信に変わった。

「……俺は――」

 動揺なんてしていない。けれど声の端は掠れ、

震えていた。

 至極当然か、覚悟していようと別れは辛い。まして俺は愛想を尽かされる立場なんだ。

 胸の奥から途方もない悲哀が、まるで雪崩のように押し寄せる。止まらない、止められない。

 それでも。

 俺はリコが好きだから。

 リコが幸せでいてくれれば、それで満足だから。

 たとえそれが詭弁だと知っていようと。

「――リコが別れたいのなら、俺はなにも言わないよ」

 ふっと微笑んだ。

 月光が雲間に隠れ、けれど町明かりが変わらずこの悲劇の舞台上を照らしていた。

 意地でも涙は見せない。リコの慈悲に甘えることになるからだ。

 自然と哀切に歪もうとする顔中の筋肉を無理やり動かし、偽りの笑顔を作る。

 きっと上手に笑えてはいないだろう俺としばし視線を絡ませ、そしてリコは不意に――


「は?」


 頓狂な声を上げた。

「え、いや、ちょ、なに言ってんの? あたしがショウと別れたいわけないじゃん!」

「はぁ?」

 予想外の返答による焦りからか盛大にどもるリコに、今度は俺が疑問符を返す番だ。どうにも会話が噛み合ってない。神妙な空気感は既に霧散してしまっていた。

「だって、俺のライブと普段とのギャップが酷すぎるから嫌いになったんじゃ……」

「いやいやいや、そんなことひと言も言ってないし! あたしどんなショウでも好きだもん!」

 うおっ! どさくさ紛れにメチャクチャ嬉しいことを言われた! でも照れてる場合でもない!

「じゃあなんで突然『別れたい?』なんて――?」

「それは……」

 両手をぶんぶんと振り回し懸命に否定の意を示すリコに、混乱する頭で当面最大の謎をぶつける。

 彼女は一瞬言葉に詰まり、けれど目尻に涙を浮かべながらもきっと俺を見据え、やがて訥々と語り始めた。

「――……ショウのライブって、あたしの他にも女の子がいっぱい見に来てるでしょ? 服装も見た目も、――きっと性格だってあたしと似たような子が、たくさん……。すごい人気でモテてるんだろうし、ショウからすれば、あたしを選んでくれた理由なんて、ただの気まぐれなのかなって……。すぐに別の女の子を好きになっちゃうんじゃないかなって……」

 リコの純粋な想いが沁みるように伝わってくる台詞。捨てられる直前の子犬のように、胸の奥底に潜むなにか熱い感情を揺さぶる潤んだ瞳。

 途端、心臓が鷲掴みにされたような衝撃が俺を襲った。苛烈な情念が胸で激しく渦を巻く。

 その首をもたげる不可思議な激情に身を任せ、俺は大音声で叫んだ。

「そんなことない!」

 夜風に冷えた大気を切り裂く慟哭に、リコは瞠目する。

 幸い、視界の奥に見える有象無象のカップルどもは自分たちの世界に没頭しているのか、こちらの修羅場には気づいていないようだ。

 突然の俺の奇行に当惑して目を白黒させているリコの肩を掴むとびくりと震え、彼女の瞳は再び焦点を結ぶ。

 キスするときの体勢みたいだ――。頭のどこか冷静な部分でそんなことを考えながら、俺は一度息を呑み、ありったけの想いを訴えるようにまっすぐリコを見つめた。

「俺は……リコが――いつでも俺を優しい笑顔で励ましてくれるリコが、私服がセンス抜群のリコが、めちゃくちゃ綺麗な髪をしたリコが、俺に対してだけ男勝りなくらいやたら強気なリコが、なんでか一度もスッピンを見せてくれないリコが――とにかくリコの全部が好きなんだよ! 世界中のどこを探したって、リコよりかわいい女がいるもんか!」

 そうさ、リコは世界美少女ランキング単独首位なんだ。

 学校で噂のマドンナも、バンド友達から内密に借りている雑誌(察してほしい)のグラビアアイドルも、それどころか世界三大美女だって、リコと比べれば不細工も同然だ。

 ぽかんと口を開けて俺を凝視するリコ。俺は彼女を安心させようと、力強く頷いてみせた。

 ――どうやら俺たちはふたり揃って、とんだ勘違いをしていたらしい。

 相手への愛情が膨らむあまり、逆に自分への自信を失っていた。自分は本気で慕われてはいないのでは、などと邪推していた。失礼な話だ、互いに相手の気持ちを侮っていたんだから。

 リコみたいな美少女にこれほど強く想われていただなんて恐縮だけど、今はそれ以上に己が誇らしい。俺もリコのことが、以前より数百倍も愛おしく感じられた。

「よかった……。ねえ、あたしもショウが……ショウの全部が、大好きだよ……」

 心から安堵したように溜息を吐くリコを、たまらなく抱きしめたい衝動に駆られる。

 ええい、絶叫レベルで告白しておきながら、なにを今さら躊躇うことがある。据え膳食わぬは武士の恥なり!

 扇情的に濡れる双眸を真っ向から受け止め、俺はゆっくりと両腕をリコの背中に回した。

 すると、リコが体重を俺に預けてくれる。

 ああ、ちっとも重くない。生涯この身体を支え続けるくらい、容易なことだ。

「愛してる、リコ……」

「うん、あたしも……」

 耳元に囁くと、湿った甘い吐息で返される。

 官能的で色香漂う――下世話な表現をすると、すごく“そそる”声音だった。

 蠱惑的な声に思わず唾を飲み下す音が、やけに大きく響く。

 ――ああ、バンドを始めてよかった。

 お陰でこんな素敵な伴侶と出会うことができたんだ。恋愛目的なんて不純だ、と思われたって構わない。今全身を支配する熱烈な快楽が俺のすべてだ。

 淡い外灯の明かりが、俺たちの影を薄く長く伸ばしていた。

 その柔い光は、まさに祝福のライトアップ。

 リコの体温を全身に感じながら、俺はいつ彼女の唇を奪ってやろうかと密かに画策していた。







 読んで頂きありがとうございます!


〈腹黒ツバメがリア充しない話〉

 拙作の執筆を終えると、俺はパソコンから身体を離してうんと伸びをした。

 ――さてと、あとがき、何を書こうかな……

 なんの気なしに部屋の中を見回してみる。物語の内容に絡めた話題でも落ちていないかな?

 最初に目についたのは、机上に常備されたティッシュボックスだった。

 すぐ隣には満杯のゴミ箱。無造作に脱ぎ散らかしたダサい服。高校卒業時に撮った、男だらけの記念写真。

 そして、孤独な室内。


「oh…jesus…」


 キーボードに滴が零れた。



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