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占い師(若葉マーク)

いまみえていること

作者: 伊勢靜



 そろそろ僕は失業するんだろうなぁ、とぼんやり思う。

 現代において、電子と電気の世界では割ともてはやされる存在の「僕ら」だけれども、リアルではそれこそ、セレブリティに属する人との関わりでもない限り、そんなに儲かるはずもなく。

「はぁ……」

 タメ息ついたら幸せが逃げていくよ、なんて、全く誰が言ったのだろう。

 少なくとも場末の路地に店を構える今夜の僕には、嫌味な言葉でしかない。急激に下がった気温のせいで、吐く息が白く煙る。ストーブ持ってくるんだったなぁ。ついでに膝掛けと。

 道行く人々は忙しそうか、ひどく楽しそうかの二種類だ。夜も更けたこの時刻、落ち込んでいる人は家の中にいるのかも。

 ぼうっと、スモッグに覆われた都会の空を見遣る。星の光は全くといっていいほど見えない。明るく輝いているのは、例外的な人工衛星と月だけだ。

 息を吐くと、黒い空に吐き出される白い息がまるで雲みたいに見えた。

「すみません」

 女の人の声が正面から投げ掛けられた。気付いていなかった自分にびっくりしつつ、視線を前に戻す。どんよりとした空気をまとった二十代半ばの女性が、恨めしそうな目でこっちを見ている。

「いらっしゃいませ」

 にっこり笑顔で挨拶。基本ですね。

「見て、もらってもいいですか……?」

「いいですよ~、生年月日と生まれた時刻、生まれた場所をここに記入してください」

 僕は紙とボールペンを女性に渡し、後ろから折りたたみ椅子を持ってくる。女性に椅子を勧め、彼女が座ったのを確認してから、自分も椅子に座った。女性は既に書き終わっており、紙をこちらに戻す。

「失礼します」

 言って、紙の内容を頭に入れる。

 そして僕は、空を見た。

 実を言うと、あんまり見えてはいないけれど、それでもアタリをつけたところに輝く星があり、目の前に座る女性の「しるべ」がどこをどう巡っているのか、頭の中で天球がぐるぐると回転し、段々と分かってくる。

 目を閉じ、ゆっくりと開く。

 こちらを訝しげに見る女性の目を見る。

 瞳の中、感じ取れることはごく僅かだ。残念ながら僕は、相手のことをきちんと読み取るという技術に対して物凄く未熟である。まだまだ若造です。師匠みたいに、相手の目を見た瞬間にその人が抱えている問題に行き着くっていうのは、はっきり言うと妖怪の類だ。

 ……なんてことを考えていたら少しだけ見えてくるものがあった。何、って女性の目の中に。

 彼女が抱えているのは、どうやら少しの後悔と、多少の未来への不安のようだ。

 うーん、漠然としてる。今のところ僕が読み取れるものなんて、まあこれくらいなものなのですけれど。

「それでは、ご相談はなんでしょうか?」

 僕が穏やかに笑いかけながら尋ねると、女性は俯いたまま話し出した。

「……わたしは、子供を産めますか……?」

 背後の街の喧騒に、ともすると掻き消えてしまいそうな声。

 ひどい不安感。

 これが読めてなかったなんて、僕もまだまだだなぁ……。

 頭の中で、彼女の「しるべ」とそれが今後どういう動きをするのか、シミュレート作業を行う。ゆっくりと回転する人の運命は、どこか銀河の渦巻きがゆっくりと廻る様に似ている。

 初めのうち緩やかな円を描いていた星の線が、ここ一年のうちに非常におかしい軌跡を描いているのに気付く。それは急回転や減速を繰り返しながら、ゆっくりと最初のような回転の速度に戻り、そして更に大きい軌跡の中に飲み込まれていく。

 ああ………………………………なるほど?

 はい、これも修行ですね、師匠。

 ――正直、分かるようであんまり分かってませんが。

「ここ一年ほどは、これまでとはずいぶん変わった生活をなさっていたようですね」

 僕の言葉に、顔を上げる女性。驚きに開かれた目は、縋るような色を宿す。

 ハッタリっていうのはあんまり好きじゃない。

 でも言うしかないんだろうなぁ。

「貴方のさだめの星と、しるべの星が出会うのが、今からちょうど五年後です」

「……どういう、ことですか?」

 そこが正直僕にもわかんないんですよねっ!

 ……なーんて言えませんよねぇ、さすがに。

「恐らく、そのときに、貴方は何かしらの変化に晒されるということです」

 うあー、無難すぎて何ともいえない。でもそうとしか言いようがない。

「……それは大きい変化ですか」

 泣きそうな女性を見て、とてつもなく焦る。けれどそれを何とか表情に出すのを抑え込んで、僕は答えた。

「今が非常に大きい変化の只中、と言うことも出来るかもしれません。それが、本来の軌道に戻るのが五年後ぐらい、ということです」

 女性は堪え切れなかったのか、瞳から大きい粒の液体をぼろぼろ零す。僕は急いでハンカチを取り出すと、女性に渡した。彼女は恐る恐る僕からハンカチを受け取ると、遠慮がちに涙を拭う。やがてゆっくりとした呼吸に戻っていく女性を見て、僕は落着きを取り戻す。たまにこういうことがあるけれども、実にしんどい。じろじろじろじろじろじろじろじろと、道行く人の視線がまことにキッツイのだ。よく体が削れないな、と自分で感心する。

「……失礼しました」

「いえいえ、よくあるんです、泣かれるの。お気になさらず、存分に泣いちゃって下さい」

 女性は少しだけ笑うと、涙で濡れた目で僕を見る。

「子供は、産めますか」

「多分産めると思いますよ。貴方の星の軌跡から、また別の軌跡が生まれるみたいですから」

 ま、薄っすら見えたって程度なんですけどね!

 女性は口元に僅かな笑みを浮かべると、声を掛けてきたときよりもずいぶんとすっきりした表情で、手提げのカバンから財布を取り出す。

「お幾らかしら」

「千円です」

 女性は、良心的ね、なんて呟いて、財布から一枚の札を取り出して、僕の手に乗せる。

「ありがとうございました」

 僕は椅子から腰を上げて、去っていく女性の後姿に頭を下げる。

 僕の命をつないで下すって、ありがとうございました。


 たまーにね、いるんですよ。星の導きが見える人。

 縋るも縋らないも、もちろん貴方の自由です。

 でも、とっきどき、それが貴方にとってとてつもなく大事な決断だったりするときは、そういうことをいう人の言葉を、多少なりとも聞いといたらいんじゃね、って思う。

 それは、そういう人じゃなくても全然良いんですよ。

 だって何にも見えない闇の中で、寄る辺ない人をいつも導いてきたのは、ささやかに光るしるべの星達だったんですから。




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