第四節~~ナンコツ揚げ~~
私は女のどす黒い大きなかさぶたのような木苺を貪りつづけ、女は片や私の不徳な施しにもお構いなしでナンコツ揚げなどを食べ続ける・・・・・・そういう奇異な図式は時も忘れて長く続いたと思われる。そうなると好色漢の私には願ってもない時の停滞だが、この喜久子という女の方にはいささかの不都合が出てくるのである。私は木苺から一度口を離して、テーブルを見てみた。すると案の定、食べ物を入れた容器がすべて空になっていたのである。私は女の油まみれの唇を見ながらこう言った・・・・・・
私は女のどす黒い大きなかさぶたのような木苺を貪りつづけ、女は片や私の不徳な施しにもお構いなしでナンコツ揚げなどを食べ続ける・・・・・・そういう奇異な図式は時も忘れて長く続いたと思われる。そうなると好色漢の私には願ってもない時の停滞だが、この喜久子という女の方にはいささかの不都合が出てくるのである。私は木苺から一度口を離して、テーブルを見てみた。すると案の定、食べ物を入れた容器がすべて空になっていたのである。私は女の油まみれの唇を見ながらこう言った。
「おい、キクちゃん、もっと食べるか?俺のおごりだぞ、おごり!」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、いいぞいいぞ、俺のおごりだ!好きなもの勝手に選べ。・・・おい、藤田、キクちゃんがなんか食べたいって言うから聞いてやれ!」
藤田はこの時も私の忠告を守り、一人で歌い続けていたようであるが、私の声は藤田に一発で通った。藤田の表情は依然として何かに脅えている表情だった。女はさすがにはだけた胸を腕で覆いながら、しかし明瞭な声音で、
「えっと、鳥のナンコツ揚げ、五つお願いします」
と言った。藤田は否が応にも見てしまう女のありのままの姿に、恥らいよりも恐怖を感じたようだった。藤田は耳を疑った。
「ナンコツ揚げ五つ?」
「はい、お願いします」
女の食欲にさすがに驚いた私は、しかし冷静に、
「おう、食べるじゃないか、いいぞ」
と女の耳元で囁いた。
この時、私には奸智に長けたある考えが萌芽していた。それというのも、喜久子の眼前に再び栄養価の高い食事が運ばれれば、日頃ろくな食事にすら在り付けていなそうなこの臭気を放つ女は、さながら牛馬の如くナンコツ揚げを食べはじめ、その間私がこの豊満な女に対してまた不徳な施しをしても、目を瞑ってくれるだろうと考えたからである。それも五皿とくればそれなりの見返りも期待できよう。私はついに本望を遂げる時が来たかと思った。頭の中ではチェリッシュの「てんとう虫のサンバ」がよりいっそうその音色を強めて鳴るようだった。
ナンコツ揚げが届くと、そのすべての皿は女の前に置かれた。女はさっそく食べようとしたが、私は逸る女の肩を掴んでこう言った。
「ちょっと待て、上のスウェット着ていいぞ」
どす黒い木苺の女は私の言う通りにしなかった。おそらく女は、私の目論見をちょうど反対側から捉えていて、私から自分の木苺を取ってしまうと、今まさに湯気を上げている揚げたてのナンコツ揚げがお預けになってしまう、と考えたのだろう。女は何も言わなかったが、自ずから木苺を私の方へ近づけてきた。
「おい、いいからもう上のスウェットを着てくれ。」
私はやや冷酷な口調で女にそう言った。すると女は少し寂しそうな表情をして、しぶしぶ上のスウェットを被った。
・・・・・・私はそれから次の一句を口に出すのを躊躇わざるを得なかった。それもそのはず、私はついに長年追い求めてきたもの、それも子供の頃に母を亡くしてから絶えず希求してきたものにありつけようかとしていたからである。今もなお、女の茂みの辺りからは安寧へと私を連れていく臭いが深く立ち籠め湧き上がっている。とはいえ私は、憧憬を抱かざるを得ない臭いが、確実にその密林から湧出しているかどうかを、未だこの目と鼻で直に確かめたわけではないし、もしかすると、望まれて顕現する茂みとその内に秘匿された実をいざ目の前にすると、私がそれに安寧だの憧憬だのノスタルジックだのという母に纏わる感情を抱き得ない可能性も無きにしも非ずだった。それだからこの瞬間の私には、いよいよ募る大きな期待に織り交じって、おどろおどろしい不安があった。しかしいつまでも躊躇ってばかりはいられない。私はこの中空に擲たれたようなしばしの時の停滞に、いくらか堕ちていく快感のようなものも感じたが、気を取り直し我に戻ると、一刀両断にこう言ってのけた。
「おい、下のスウェットを脱げ。上のスウェットの代わりに下のスウェットを脱げ!」
女は一瞬戸惑ったように見え、また快く肯じたようにも見えた。そしてこう答えた。
「はい、わかりました」
女はそう言うと、あたかも糸が解けていくように何の抵抗もなしに下のスウェットを脱いだ。そしてそれを勢いよく部屋の片隅に投げると、丁度そこにあったはち切れんばかりに膨らんだ女の手提げ袋の山に見事に乗っかった。
「そしたらおパンティーもな」
「はい、わかりました」
女の声は実に透き通っていた。というよりは何の感情の纏綿もない、無色の声と言ったほうがより忠実だろうか。そしてまた、戸惑っているようにも、快く諾っているようにも見える。
それにしても、女は私の奇怪な指示に対して何を思っているのだろうか。それはおそらく、下半身を露骨にすることの羞恥や躊躇いだけではないだろう。かといって自らの下半身と引き換えに鳥のナンコツ揚げをたらふく食べられる喜悦、それを鑑みても彼女の思惑は殆ど説明できないようだった。そうなると、考えられることは反対に一つに限られてくる。つまりこの、一人は子供を産んだことのある薄汚い女は、流れる雲水のような女であって、私が要求することに基本的に感情を抱かない、いわば原始的な女の雛型なのだろう。この女は個性の無さ、性格の無さ、芯の無さにおいて著しく、ときに感情的になることはあってもそれは一時の気紛れ、または感情の発声練習のようなものであって、私感もなければ考えもなく、あまり意味を成していない。彼女が何らかの考えを述べる時、それはこれまでに覚え知った何種類かのイデアの一つ一つをその場に合わせて適当に引き出しているだけで、自分で考えることを知らない種の女なのである。そして原始的な女であることに、好意ある男に対してはめっぽう従順なのだ。おそらくこの喜久子という女は、私に少なからず好意を抱いていて、私が指示することを感情や思考のフィルターに通さずにそのまま体現してしまうのだろう。この女の声が何の感情も含まず、戸惑っているようにも快く肯じているようにも見えるのは、女がおそらくそういった型の女であることに起因しているのだ。
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