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第三節~~てんとう虫のサンバ!?~~

 ・・・・・・それから私の記憶が戻ったのはカラオケ店の個室の中である。部屋を見渡せば、藤田が入口付近に居り、私の真横には例の女が寒そうに体を震わせて座っていた。私は何をしていたのか分からないまま、記憶を呼び戻すこともできないまま、さしあたり寒そうにしている女に声を掛けた・・・・・・

 ・・・・・・それから私の記憶が戻ったのはカラオケ店の個室の中である。部屋を見渡せば、藤田が入口付近に居り、私の真横には例の女が寒そうに体を震わせて座っていた。私は何をしていたのか分からないまま、記憶を呼び戻すこともできないまま、さしあたり寒そうにしている女に声を掛けた。

「おい、寒そうだな。大丈夫か」

そう問いかけると女は、

「はい」

とだけ答えた。それも感情の動きがまるでない、塑像のような顔をしてである。とりあえずアルコールや食べ物を胃袋に入れたら温まるだろうと考えた私は、

「おい、なんか飲めよ、おごりだ、なんでもいいぞ」

「はい」

「ビールか?それともチューハイがいいか」

「レモンサワーでもいいですか?」

「おう、いいよ、なんでも。あとは食べ物もいいぞ、何か頼めよ」

「ええ」

「じゃあ適当に頼むからそれ食べていいぞ」

「ありがとうございます」

私は、視線をやや伏せて煙草を吸っている藤田に、

「おい、藤田、酒だ酒!レモンサワー一つに俺はビールな。藤田は何にするんだ?後は適当に頼んでいいぞ。それに食べ物も何でも頼め、おごりだおごり!」

と言った。藤田はわずかに顔をもたげて、

「まじっすか、リョーカイです」

と答えたが、彼はゲームセンターにいた時よりも心なしか険しい表情をしていた。藤田は私に対する埒のない畏敬の念を、この時を以って喪失してしまったというのか?藤田のこうした常にない態度が、私の心の隅に一抹の不安を芽生えさせた。しかし私には、この傍らにいる女に理解を絶する魅力を感じている。さしてよく見たわけでもないこの女は、何らかの力で私を惹きつけて止まないのである。そんな私には、藤田の様子に気を取られて女への手を止める訳は一つもないのだった。

「おい、ところで名前なんて言うんだ」そう言って、私は女の素性を聞きはじめながら、さして委細に見ることのなかった女の容姿を覗おうとした。女の顔は、のっぺりとした起伏のない顔立ちで、目は大きく凡てを飲みこむようだが、黒い瞳に輝きのないくすんだ印象を持つ目だった。

「あれ、名前さっき言いませんでした?わたし喜久子よ」

「ああ、そうだったっけ?わるいわるい、俺けっこう忘れやすいもんで」

私はつい、自分の記憶が飛んでいたことを忘れていたのである。私はそこで不吉な予感を抱いた。私にはしばしば記憶が飛んでしまうことが多々あったが、そのいずれの時も、生得の弄舌家としての本性をむき出しにしてしまっていたからである。後日、共にしていた友人などに聞けば、私は記憶がない中でありもしないことを縷々と話しているらしいのである。私はこの時、この喜久子という女に有らぬことを話していないか心配になっていた。とは言えそんな心配よりも、この女は遠目から見るよりも一層、乳房が豊かなのであった。スウェットは胸の輪郭をおぼろにさせるが、それに負けじと布地を破ってその全容を現しそうな勢いである。のみならずスウェットの白が、うっすらと下着の茶褐色を透かして見せている。

 そこへちょうどカラオケ店の店員が、失礼します、と入ってきて、アルコールと食べ物を運んできた。ビールは私のもとへ、レモンサワーは女のもとへ、ウーロンハイは藤田のもとへ、それぞれ運ばれ、その他に鳥のナンコツ揚げとフライドポテト、そしてスナック盛り合わせがテーブルに置かれた。私たちは乾杯をして飲食いを始めた。女はレモンサワーを一口飲むと、フライドポテトを凄まじい勢いで食べはじめた。よほど腹を空かせていたのだろう。食べ物を口一杯に詰め込んだ女の顔は、徐々に赤みを差しはじめていた。

「おい、今日は何してたんだ。渋谷の街を一人で歩いているなんて変わってんな」

私はそう言って、テーブルの下に潜む女の足元を見た。ビーチサンダルの鼻緒だけでなく、サンダル全体が土埃にまみれていて、さらに足の指もくすんだ色をしていた。私はそれを見て、ようやくこの女が何者であるかが分かった。『この女は汚ギャルなのだ!』しかし私にとって、その事実はさほど問題ではなかった。なぜなら私の眼前には惑わすような女の肉があったからである。

「はい、ちょっと・・・・・・」

「まあ、なんでもいい」

 私は徐々に女に対して性的な欲求を持ち始めていた。この時の私には、女の素性やあまり進まない会話などまるでどうでもよくなっていた。私は女をより感じようと、悟られないようにそのもとへと躙り寄った。

 その時、突如として、私の頭の中で懐かしい音楽が流れ出した。それは紛れもなくチェリッシュの「てんとう虫のサンバ」であった。

♪あなた~とわたしが~夢の国――も~りのちいさな教会で~結婚式を挙げました♪

藤田が歌っているのではない、私の頭の中でのみ流れている歌なのだ。『なぜ今この歌謡曲が私の中で流れる?私の耳朶にこびり付いて離れない、この安らぎの曲がなぜこの女に近づいて初めて・・・』

 と同時に、私はこのスウェットの女の下から、あたかも湯気のように立ちのぼってくる強烈な臭気を目一杯吸い込んでしまっていたのだった。とすると、私はこの強烈な、人をなじるような強烈な臭気を嗅いだおかげで、頭の中でチェリッシュの「てんとう虫のサンバ」が流れたのだろう。

 女の臭気と「てんとう虫のサンバ」・・・・・・はいたって連関がないように思われるが、それが私にとってすればあるいは当然だったとも言える。それも、少々奇怪な幼少期の記憶に遡ってみれば明快である。と言うのも、「てんとう虫のサンバ」は、今は亡き母のお気に入りの曲の一つでありいつも家で流れていて、幼い私は母の薔薇を嗅ぎながらこの曲を耳にしていたからで、仮に女の強烈な臭気が母の薔薇の臭いと近しいものがあったのなら、女の臭気によって「てんとう虫のサンバ」を想起してもおかしくはなかったからである。

 実際、私は女の臭気を目一杯吸い込んで恍惚となっていた。母への憧憬がたちどころに生まれていた。私はまるで幼いころの夢のような生活へと戻ったかの錯覚さえ引き起こしていた。

 女の臭気はおそらく森の茂みから生じているのだろう。それにしても母の薔薇の臭いとよく似ていた。蓋し母の薔薇よりも私を魅するものなのかもしれない・・・・・・

 私は組んでいた腕を組みなおしてこう言った。

「おい、藤田、なんか歌えよ。あれ、エグザイルでいいから、な!」

振り向きざまに私は藤田にこう言ったが、よく見ると、藤田はさらに険しい顔附きをしていた。それは険しいというよりも、むしろ何かに脅かされているような恐懼の表情だった。一度、藤田はその恐れ慄いた目で、私に何らかの目くばせをした。しかしそれも一瞬で、藤田は俯いて近くにあった歌本を眺めはじめた。


カラオケボックスの中は藤田の歌声で鳴り響いていただろうが、私にはほとんど聞こえなかった。なぜなら私の中ではチェリッシュの「てんとう虫のサンバ」が依然として鳴り響いていたし、女の体の生々しい夢想が脳裏にちらついて離れなかったからである。

 私はついに堪えられなくて女にこう言ってしまった。

「頼む、チチ舐めさせてくれ」

そう言うと、女は何の抵抗もせずに上のスウェットを脱ごうとした。すかさず私は、

「喜久子、全部脱ぐな!首のところで止めておけ、そうじゃないとエロくない!」

と喜久子を戒めた。従順な喜久子は私の言うことを聞いてくれた。私は安心して下着の留め金をやさしく外した。すると、開顕されたのは、実り豊かな双つの房と、その絶頂にお御座しまする双つのどす黒い木苺であった。

 私は、木苺の色合いや大きなかさぶたのような形状から、この女は子供を少なからず一人は生んでいる、と確信した。色好みの私にとっても、こういう類の女は初めてである。私はいよいよ募る好奇心と欲望から、半ば反射的に木苺に向かっていた。

 私は木苺を口に含んだ。眇めに女を見上げてみた。私が我を忘れて木苺を食べているというのに、女は白い砂のような顔をして黙々とナンコツ揚げを食べている。私は木苺を口の中で転がした。思っていたよりもその実は硬く、しかし滑らかに口腔を漂った。また、女の森の茂みは、ノスタルジックな臭いを立ちのぼらせていて、私は舌先でどす黒い木苺を愉しみ、且つ感じやすい鼻でその臭いを隈なく追っていた。女はときに、咀嚼するナンコツ揚げの肉汁を私の頭や顔に滴らせた。

 女の臭気に郷愁を感じて此の方、私の本望は、森の茂みに隠された花びらとその奥に秘匿された実を嗅ぐということであるのは言うまでもなく、木苺を嗜むことはほんのささやかな儀式に他ならなかった筈だったが、今の私といったらどうしたことだろう?私は無我夢中で木苺を愉しんでいたのであった。そうして飽き足らず口元の感触に耽溺していると、ふと私は、このどす黒い、大きなかさぶたのような木苺が、幼少のころよく口にしていた物体ととても似ていることに気づいた。それは発見であった。私は偉大な発見をしたのだ。私はその感動を誰かに伝えたくてままならない発作を覚えた。私は木苺をいったん口から離して、振り向きざまにこう叫んだ。

「おい、藤田、この乳首ビー玉みたいでうまいぞ。ビー玉だ、ビー玉!」

藤田は入口に近い隅っこでマイクを片手に歌っていて、私の感動の叫びなどつゆほども聴こえないようだった。歌いながらも依然として恐灈の表情である。

「おい、藤田、この乳首ビー玉だ。ビー玉みたいでうまいぞ。ビー玉だ、ビー玉!」

藤田は私の声が聞えたようで、マイクは口元においたままこちらを一瞥した。しかし私の顔を見たとたんさらに恐れの色を深めて、逃げるように視線をカラオケの画面の方へそらすのだった。

『ちぇ、あいつはなんであんなにビビってるんだ。どうしようもねえな。とにかくこれはビ―玉みたいでうまいんだ、ビ―玉だ、ビ―玉、へへっ。』






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