第二節~~拐かし~~
私と藤田はもうくたくただった。あれから私も、みずから必死な勢いで女を探したのだったが、叶う女がなかなかいなかった。私たちはそうこうするうちに、いつの間にか日没を迎えようとしていた・・・・・・
私と藤田はもうくたくただった。あれから私も、みずから必死な勢いで女を探したのだったが、叶う女がなかなかいなかった。私たちはそうこうするうちに、いつの間にか日没を迎えようとしていた。
雪はしめやかに、なおも降り続いていた。気温が零下になっていないからか、地面に着地するとまもなく融けてばかりだった。それでも寒いことには変わりない。日暮れに近づいて、より一層寒くなったようである。
「おい、藤田、今日はぜんぜんだめだな、いいのがいない」
「そうですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私たちは後に次ぐ言葉も出ないほど、疲れと、それに精神的な蹉跌により、挫かれていた。しかしこのままでは藤田に示しがつかない。私は残る力を振り絞ってセンター街を再度歩いてみようと考えた。
「おい、藤田、これが最後だ。やるぞ」
私はこう言って、戦意を喪失している藤田を鼓舞した。日がかなり傾いて、雪が降りつづける厚い雲の合間から焼けた日光が射していた。私たちはちょうど沈みゆく日光に追いすがるように歩いて、相応しい女を探した。
そしてまもなく私はとある女に目を奪われた。と言うよりも私の内なる何かが、殆ど見えていない私をその女に惹きつけたかのようである。というのも、私の先にいる女は私から見ると逆光であり、目に見える女は赤黒くくすんでいたからである。
女はゲームセンターへと入って行った。私は藤田の袖を掴んで、なかば強いるように引き連れて見に行った。女はゲームセンターの入口付近のUFOキャッチャーのところに居て、ガラス張りの中に見える景品を食い入るように見ていた。それもガラス張りの円周を辿って行ったり来たりしているので、その態はさながら捕えられた檻の中で右往左往する猛獣のようであった。
私は入口から五、六間ほど離れた所から遠巻きに女を調べた。その女は果たして私の理想に叶う、今まで追い求めていた型の女だったのである。
女は上下に白のスウェットを着ていた。その上にコートやダウンを着るわけでもなしに、パジャマのような安価なスウェット丸出しだった。そして真冬にもかかわらずビーチサンダルを履いていた。それほど近くから眺めているのではないが、ビーチサンダルの白い鼻緒が泥土にまみれたように薄黒く汚れているのが明らかだった。さらに一番奇異に思えるのが、両手にぶら下げた幾つもの紙袋やビニール袋である。おおよそ六つは携えているであろうか?各々の袋は今にもはち切れんばかりの丸みを帯びていた。
『この女は一体何ものであろうか?』こんな問いが私の胸中に飛び込んできた。しかしそれより一歩も二歩も進んだ問いやら、はたまた類推というものが、この時の私に働かなかったのは、異常なことだと言うべきか?私は単純にこの女に惹かれただけだった。そして今すぐ行動に移すべきであると考えたのである。
「おい、藤田、あいつだあいつ。かわいいだろ。ちょっと見てこいよ」
「えっ、どれですか?」
「そこのUFOキャッチャーのところに突っ立ってるやつ!」
「あっ、あいつですか?」
藤田は指を指して私に確認を求めた。私は幾分仰け反った態勢のまま、自信に充ち溢れた様子で女を的確に指し示した。
「そうだ、あいつだよ。俺のタイプだ。おい、藤田、ちょっと近くに行って見に行って来てくれよ、偵察偵察!」
「あっ、はい、わかりました」
藤田は複雑な表情を湛えながら、ニッカポッカに手を突っ込んで例の女の所へと向かって行った。藤田の表情を看て取った私は、藤田が弥増さる葛藤に苛まれているのがすぐ分かった。彼の葛藤とはおそらく、ついに私が狙うべき獲物を見つけ出したことによって、私の雄姿をもう間もなく目にすることができるという喜びと、反面、予想を遥かに上まわる女のゲテ物ぶりを見て、自分の目利きに対して生まれた仮借ない失望との、間髪容れないせめぎ合いだろうと思われる。彼は、私の好みがこれほどまでのものだとは予想だにしていなかっただろう。何しろこの女は、今まで藤田とナンパを繰り返してきた時には全く現れなかったような稀有な型で、直截に言えばこのUFOキャッチャーの前で猛獣のように右往左往している女は、私の飛びきりのタイプなのであった。とは言え、私には藤田のそんな葛藤の様を見て、特にいきり立つといったようなことはない。なぜならば私にとってこの女は、何の説明も理由もいらずに飛びきりのタイプであり、藤田が葛藤しているとするのも私のともすれば過剰な推測に過ぎないといえば過ぎなかったからである。
女に悟られないように近くで偵察していた藤田が戻ってきたが、その顔は失望を通り越して、ある種の空白感しかないようだった。私は藤田の様子など気にせず、だしぬけにこう言った。
「おい、藤田、どうだった?かわいかっただろ?」
すると藤田は、眉間に幾重もの皺を刻ませて、
「すごいですね」
とだけ言った。
「どうすごいんだ?」
「ええ、まあここからでもわかるじゃないですか・・・・・・胸は結構ありましたよ・・・・・」
「おう、そうか、巨乳か、いいじゃないか」
「どうするんですか、行きますか?」
「当り前じゃないか!巨乳も好きだが、ああいう感じはけっこうタイプなんだよ」
藤田はどうやら言葉に詰まったようだった。そしてさらに眉間に皺を寄せるのだった。私は私で、藤田に関わっている余裕すらなくなるほど、すでに女をかどわかそうとする考えに夢中になっていた。私は色好みの男に特有の、あのいかなる躊躇も赦されない峻厳たる意志で以って、女のもとに駆け寄って行った。
そして私は瞬きの間に、女にこう言った。
「よう、ねえちゃん、カラオケ行くぞ」
そう言うと同時に、がさつな私は既にして、女の手首を掴んでいた。そして私は近くのカラオケ店へと向かった、否、向っただろうと思われる。と言うのも、私にはそこから先の記憶が途切れているからである。もしかしたらカラオケ店へ行く前にコンビニやらファストフード店やらに行ったかも知れなかった。いくつか想像できるものはあるが、しかしそれも推測の範疇を超えない。しかし確かに記憶に残っているものがある。それは女の手首の感触である。女の白くはない手首は、手首という脂肪の付きにくい部位でありながら柔らかく、そしてなぜだかぬめるような感触を持っていたのである。・・・・・・
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