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9.茶色の小瓶

「あ~笑った、笑った。ほんっと、遠野っておもしれえよ。」


五葉は笑いすぎてこぼれた涙を手でぬぐいながら言った。



宇宙人説を完膚なきまでに否定された遠野は、まだ赤い顔をしたままうつむいていた。



「あ!宇宙人で思い出した!そういえばおれ用があって帰ってきたんだった!!」


五葉は突然なにかを思い出したらしく、迷彩の軍パンのポケットをごそごそ探りながら話を続けた。


「宇宙人みたいなやつにあったんだよ。って言っても本当の宇宙人じゃなくてさ、ほら、なんてったっけ、目の離れたやつで、こうやたらでこが広くて、魚みたいな顔の。あ~名前が出てこねぇ!みっちゃん(三葉)の追っかけをしてる、あいつだよあいつ!」


「サラン君か!」 教授はハッとして言った。


「そう!それだ!サランだ!さすが十三!思い出したぜ。おれそいつに会ったんだよ。」


「サラン言うたら、ドイツのヨハンとこの研究員やんか。あんた、どこで会うたんや。」


「ソマリアの難民キャンプだよ。なんでも十三に渡してほしい物を博士から預かって来たからって、わざわざおれ達のキャンプを訪ねて来たんだよ。直接たごさくに来ればいいのにさ。あいつぜってぇ、みっちゃんに会いに来たんだぜ。おかげでみっちゃんとよっちゃん(四葉)を残して、おれがこれを届ける羽目になったんだよ。」


五葉はそう言うと、軍パンのポケットから一つの茶色い小瓶を取り出した。



茶色の小瓶は蝋で封されており、なにやら複雑な紋章の印が押されていた。そして中には紙らしきものが入っていた。



五葉は取り出した小瓶をそっと遠野と教授の前に置いた。


「これはヨハン・フロンコンスティン博士からの手紙じゃよ。博士は我輩と同じくドイツでヒストリアの手がかりを探しておる人物じゃ。博士はやたらと用心深い男での、マジョリティの通信網を一切信じておらんのじゃ。大事な用件は電話やメールなどは使わずに、必ず茶色の小瓶に手紙を入れて届けさせるんじゃよ。ちなみに押してある紋章はフロンコンスティン家のもので、複雑に見える模様は『叡智』をあらわしていると言われておる。彼もまた、真希少種族の一人じゃ。」


教授はそう遠野に説明すると、茶色の小瓶を取り上げて、手馴れた手つきで蝋をはぎはじめた。



しばらくして小瓶から一通の手紙が取り出された。



教授は手紙を手にとってじっと内容を確認した後、おもむろに顔を上げて楓を見た。


「楓、里帰りじゃ。」


教授がそう言うと、楓は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに意味を理解したらしくにっこり笑って、


「はい!」 と元気のいい声で答えた。



「なんて書いたあったんや。」


二葉がいぶかしげに聞いた。


「博士らしく簡潔な内容じゃよ、姉ちゃん。メインの内容は『アルマスの長老に会ってくれ。現地でエルザが合流する』だけじゃ。」


「そ、それだけですか?」 思わず遠野が聞き返した。


「うむ。それだけじゃ。詳細は現地でエルザに聞けということじゃ。博士はヒストリアの手がかりを何かつかんだのかも知れんのう。あやつの手紙は大事なときほど短いんじゃ。まったくもって、やたらともったいつけたがる男でのう。」



「エルザちゃんが、来るのね。」 懐かしそうな顔で一葉が言った。



「うむ。そのようじゃのう。あと・・追伸が書いてある。」


教授はそう言うと続いて追伸を読み始めた。



*追伸 必ず読むように!(一葉さんのいる所で)


『皆さんお元気でお過ごしですか。


特に一葉さん、元気にしてらっしゃいますか? 二葉さんはどうでもいいですけど・・。


一葉さんにお会いできない今日この頃、僕の心には木枯らしが吹いています。


早く自分のメンテナンスを終わらせて、あなたに笑顔を届けにいきたいです。


昨日庭にに白いバラが咲いたんですよ。あなたに見せたかったなぁ~。


一葉さんにとてもよく似合うと思います。今度あなたにプレゼントしますね。


楽しみに待っていてください。!^0^!


今回はエルザが僕の代わりに参ります。あの娘もずいぶんと美しく成長したんですよ。


とは言っても、一葉さんの美しさには遠く遠く及びませんが。


どうか僕が会いに行くまでの間、お体をご自愛くださいね。


あなたの笑顔が守られていることをいつも心よりお祈りしています。



ちなみに、二葉さんは、どうでもいいです。   


                         

                         あなたの ヨハン・フロンコンスティン より』



「追伸・・・めちゃくちゃ長いですね。」 


「そういう男じゃ。」


「内容、ほとんどラブレターじゃないですか。しかも手書きで顔文字まで・・。かなり痛いですね。」


「うむ。そういう奴なんじゃ。あやつは昔たごさくにしばらく住んでおった次期があっての。その頃からずっと一葉姉ちゃんを女神のように崇拝しておるんじゃよ。それと、エルザというのはあやつの娘じゃ。エルザはあやつと違ってとても素直ないい子じゃぞ。」


教授がそう言い終わった時、二人は教授の隣から立ち昇る不穏なオーラを感じた。



「あ、あのボケ~・・!何が、どおでもええや!!ふざけよってからに~!!ここにおった時、あんなけ可愛がったったのに、恩を仇で返しよって~!!うちはどおでもええやって!!一体なんなんや!!!」


怒髪天を突くとはまさにこの事であった。髪を逆立てた二葉が真っ赤な怒りを爆発させた。



「姉ちゃん、あれは可愛がってたって言わねぇよ。おちょくってたって言うんだよ。」


五葉がなだめるような口調で言ったが、逆に怒りに油を注いだようであった。



「なんやて!!」


二葉は五葉を鋭くにらみつけた。



「可愛がってたという表現は、別の意味なら正しいですね。滝つぼに突き落としたり、暖炉に手を突っ込ませたり、後ろから特大ハンマーでおもいっきり殴ってみたり、あと寝てる間に女装させたというのもありましたね。」


十が冷静にフォローしたが、全くフォローにはなっていなかった。



「なんやなんや、あんたら!まるでうちが悪いみたいやんか!!」



怒れる二葉から隠れるようにして遠野は小声で教授に聞いた。


「そ、そんな事されてたんですか。」


「うむ。じゃがほんの一部の話じゃ。あやつは姉ちゃんのお気に入りでの、可哀そうにかっこうのオモチャだったんじゃよ。本当によう泣かされとったわ。そんなあやつにいつも優しく接してくれたのが一葉姉ちゃんだったと言う訳じゃ。」


「なるほど。そういう事だったんですね。博士のお気持ちなんとなくお察しできます。」



「こらっ!そこ、なにこそこそ話してんにゃ!」


二葉の怒りが遠野達に照準を定めようとしたとき、一葉がやんわりと止めに入った。



「まぁ、まぁ、ふーちゃんも皆も落ち着いて。」


一葉の声でピリピリした場の空気が少し和らいだ。



「ふーちゃんはね、ほんとに可愛がってたのよ、ヨハンのこと。だからいっぱい遊んであげてたの。」


一葉はにっこり笑って言った。


(一葉さん、あれを遊んでたって言い切っちゃうんですか!) 遠野は心の中で叫んでいた。



「そうや!うちは遊んだってたんや。」 


二葉はフンと鼻を鳴らして答えた。


(二葉さん、お願いですから私とだけは絶対に遊ばないでください・・・) 遠野は心から願っていた。



「ふーちゃん、ヨハンの手紙に二葉って名前、二回もでてきてるでしょ。あの子やっぱり、ふーちゃんの事が懐かしいのよ。恥ずかしがってあんな書き方してるけど、きっとふーちゃんの事、今でも忘れられないんだわ。」


(ナイスフォローです、一葉さん。でも、あなたの名前は5回も出てきてます・・。二葉さんの事が忘れられないのは、全く違った意味で忘れられないんだと思います・・) 遠野は心の中で泣いていた。



「な、なんや。そ、そうなんか・・・。」


真っ赤な怒りに燃える二葉の動きが止まった。


「どうでもいいなんて、なんとも思ってなかったら普通二回も言わないわよ。」


一葉がダメを押した。


「そ、そーやったんか。うち、全然わからへんかった。さすが、かずちゃんや!ようわかったはるわ、ほんまに!せやけど、十三が言うたみたいにほんま、もったいつけるやっちゃなぁ、あいつは。ちゃんと手紙ぐらい正直に書きいな、正直に。なぁ~。」


二葉の攻撃色が消えていった。そして、最後はにっこりとした満面の笑みを浮かべて皆に同意を求めた。



「そ、そうじゃとも。手紙はちゃんと正直に書かんといかんのう。」


すかさず教授がぎこちないフォローをいれた。


「そ、そうだよな。恥ずかしがって手紙書くなってんだ。」


五葉もさらにぎこちないフォローで教授に続いた。



「ほんまやんなぁ~。もう、わかりにくいっゆうねん。あははははは!」


二葉は上機嫌になって明るい声で豪快に笑った。



その後、場は皆のなんとも奇妙な笑い声に包まれた。

















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