6.歓迎の宴
遠野と高峰教授は8畳ほどのパウダールームで慌しく着替えに専念していた。
時折居間から聞こえる「まだかぁ、ほんまにおっそいなぁ!」という二葉の声がするたびに、二人は一瞬ピクッと身を反応させながら、いそいそと身支度を整えていた。
「で、できたか、遠野君。我輩はできたぞ。」
ややはだけ気味に浴衣を着た教授の姿には、相当慌てて着替えた様子が表れていた。髪はまだ半乾きでぼさぼさしていた。
「は、はい、私もできました。」
そう答えた遠野の髪もまた、半乾きでまだ雫が垂れていた。
「では、行くかのう。」
マッハで着替えを済ませたぼさぼさ頭の二人は、とるものもとりあえず居間へと続く扉へと進んだ。
そしてゆっくりとそれを開けた。
パーン!パ、パーン!パーン!
二人が扉を開けた瞬間、勢い良くクラッカーが打ち鳴らされた。
「ようこそ!遠野君!そして、おかえり、十三!」
待ってましたと言わんがばかりに、そこにいたみんなが一斉に二人に声をかけた。
「おそいわ、ほんまに。」 二葉がニヤリとしながら言った。
「ようこそ!ミーオ!」 楓もニッコリ笑って遠野に声をかけた。
「いらっしゃい。遠野君。」 品良くしとやかな声でそう言った女の子は、二葉と同じ顔をしていた。
「皆、お待ちしておりましたよ。あらためまして、ようこそ、遠野君。」 十が穏やかに言った。
「遅せーよ、二人とも。でも、やっとこれで、おれも飯にありつけるぞー!あ、遠野君だっけ、いらっしゃい!それと、十三おかえりー!」
さばさばと、とってつけたような歓迎の言葉を言ったショートヘアーの女性は、なぜか迷彩柄の軍パンに黒いタンクトップ姿だった。
遠野はあまりのサプライズな歓迎に当初完全に言葉をなくしていたが、
「あ、ありがとうございます!」と、
とまどいと緊張が入り混じった、ぎこちないあいさつをした。
教授と遠野は上座へと通され、みんなでぐるりと屋久杉でできた一枚物の丸いテーブルを囲んで腰をおろした。
教授の隣には楓が座り、その膝の上には二葉がちょこんと我が物顔で座っている。
その隣には、二葉と同じ顔をした女の子が、華麗な濃紺の着物を纏ってしとやかに座っていた。
(このひとが、きっと一葉さんだ。本当に瓜二つ、まさしく「ダブル座敷わらし」だ・・!)
遠野は横目でその女の子と二葉と見比べながら心の中でつぶやいた。
遠野の横には、先程自分のことを「おれ」と呼んだ黒いタンクトップの女性が座り、並べられた料理に目をキラキラと輝かせていた。
そしてその向こうには、「たごさく」の女将、十が鎮座していた。
テーブルの上にはこれでもかと言うほどの豪華な山海の味覚が並べられていた。その盛り付けの美しさはもはや芸術と言っても過言ではなかった。本マグロ、あわび、米沢牛といった高級食材から珍味までが所狭しとひしめきあっている様は、まさに壮観だった。ただ、不思議なことに様々な木の実ばかりが集められた膳も用意されていた。
「姉ちゃん、もう食っていいか!?」
黒いタンクトップ姿の二十歳位の女性が、待ちきれない様子で二葉に聞いた。
「あほか!まだ、乾杯も終わってへんやろ!」
二葉はぴしゃりと言った。
「え~!おれもう腹ペコペコだよ~!早く食わせてくれよ~!」
その女性は泣きそうな声で懇願した。
「ダメですよ、五葉姉さん。何事にも順序というものがあります。順番はきちんと守らなくてはいけません。それに、この歓迎会は姉さんの為に開かれているのではないのですからね。」
十はその女性を五葉と呼び、冷静な言葉でたしなめた。
「ちぇ!十はあいかわらずだなぁ。でもおれ、マジ限界。早く乾杯しよーぜ!」
「ふーっ・・。ほんまにあんたの食い意地だけはかわらへんなぁ、五葉。」
二葉はひとつ大きくため息をつきながら、あきれた様子で言った。
「せやけど、誰かさんのおかげで十分待たされたんは確かや。うちが遠野に一人づつ紹介するし、それが終わったら、もう乾杯にしよ!」
二葉は嫌味っぽくちらりと教授を見ながらそう言うと、遠野に向かって紹介をはじめた。
「うちと十はもうさっき会うたし、ええやんな。ほなまず、うちの隣に座ってる『かずちゃん』から紹介するな。本名は『高峰 一葉』、高峰家の長女や。うちとは双子でうちのお姉ちゃんになる。顔かわいいとことか、うちとよー似てるやろぉ。よー見たってぇやー。」
二葉はにっこりと微笑みかけながら、遠野に視線をうながした。
「えっ、あ。は、はい。」
突然振られた遠野は、ちらりと一葉へ視線をやると、少し顔を赤くしてうつむいて答えた。
「『ふーちゃん』、遠野君困ってるじゃない。そんな紹介の仕方。遠野君、ごめんなさいね、こんな騒がしい人たちばかりで。私は高峰一葉といいます。これからも十三をよろしくお願いしますね。」
なんとも言えない、穏やかな声と物腰だった。
遠野は頬を赤くしたまま、思わず返事をするのも忘れ、一葉に見とれてしまっていた。
「どーや。うちとそっくりやろ。」
二葉が自慢げに言った。
(ええ。確かにそっくりです、二葉さん。でも中身があなたと全然違います!中身が!)
心の中で遠野は叫んでいた。
「次は五葉や。」二葉はそう言うと遠野の隣に座っている女性に目をやった。
「その娘は五葉。高峰の五女になる。ちょっと老けてるけどれっきとしたうちらの妹や。お母はんが二回目の出産で産んだ娘やし、うちらより成長が早いんや。ここにはいーひんけど、あと上に三葉と四葉ていう姉がいててな、この三人は三つ子なんや。まあ、顔はうちらと違ごーて、みんなバラバラなんやけどな。五葉は、いつも従軍看護で世界中飛び回ってるし、そんなかっこしてんねん。さっき、ほんまに久しぶりに、いきなり帰ってきよってんや。」
「ういっす!おれ五葉。よろしくな、遠野!」 右手を軽く挙げて五葉が言った。
実にさばけた、とてもボーイッシュなあいさつだった。
「そんで、最後は・・」
二葉はそう言いかけると、くるりと楓に振り向いて
「楓ちゃんや~!!」と叫びながら楓に抱きついていった。
「え、楓さんはもう知ってますが。」遠野は頭に疑問符を浮かべながら言った。
「そんなことあらへん。ちゃんと紹介してもろてへんて楓ちゃん言うてるもん。大方、そこのあほが恥ずかしがって名前ぐらいしか教えてへんにゃろ。」
二葉はそういうとジロリと十三を睨んだ。
教授はなにやら落ち着かない様子だった。
「この娘は、高峰 楓・・。そこに恐縮してる、十三の『奥さん』や。」
「え?!」
「ええ~!!!!!」
絶叫にも似たあまりの驚きの声であった。それは遠野自身、生まれてはじめてあげた驚愕の叫びだった。
「はい。楓、十三のお嫁さん!十三、これからもよろしく、ミーオ!」
楓は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに言った。
よほど『奥さん』と紹介してもらった事が嬉しかったらしく、料理の飾りとして添えてある花のつぼみが一斉にふくらんで見事な花を咲かせた。
遠野はあっけにとられた様子で、何かを訴えかけるように教授に目をやった。
「ま、まぁ、そういう事じゃ。別に隠しとった訳じゃないんじゃが・・。その、まぁ、なんじゃ・・
楓は我輩の、・・『家内』じゃ。」
教授は顔を真っ赤にしながら、目線を合わせられないぐらい照れて答えた。
また、一段とつぼみが花を咲かせた。
「さー!遠野のええ声聞かしてもうたし、乾杯しょうか!」
二葉はグラスを持つと、ひときわ大きな声でみんなに呼びかけた。




