11.忍び寄る影
「ミオ、元気になった!」
換えのタオルを持ってきた楓が、張りのある声で話している遠野を見て、うれしそうに言った。
「タオルありがとうございました、楓さん。でも、もう必要なさそうです。なんだか急に元気が湧いてきました。」
そう言うと、遠野は無邪気な笑顔を楓に向けた。
「まったくげんきんな男じゃのう、君は。アトランティスが本当にあったと知ったとたんに、元気になりおって。」
教授が、飲んでいた缶コーヒーを遠野につきだしながらそう言うと、三人はお互いに顔を見合わせて笑いあった。
「さて、元気になったところでもう一つの話を聞いてもらうとするかの。これは、ちと重要な話じゃ。」
教授はそう前置きすると、少し身を乗り出して話し始めた。
「実はの、君を不安にさせるわけではないんじゃが。我輩達、真希少種族と我輩達の研究は、常にあるいくつかのグループによって狙われておるんじゃ。」
教授の顔にはやや険しさがあった。
「狙われている? どういうことでしょうか。」
遠野は怪訝そうな顔で聞きなおした。
「うむ。今のマジョリティのこの世界には、世の中を影から支配しておる権力者のグループというものが複数あっての、現在そのグループのほとんどは我輩達の存在を認識しておるんじゃ。」
「真希少種族の存在を知っていると言う事ですか。」
「その通りじゃ。そして問題なのは、奴らが真希少種族の持つ特殊な能力と長寿の秘密を手に入れたがっていると言う事なんじゃ。奴らは過去に何度も真希少種族を捕らえるべく、様々な手段と方法を講じては襲って来よった。まぁ、それで捕まるようなやつは、ほとんどおらんかったがのう。かつて中世ヨーロッパで行われた魔女狩りや魔女裁判も、時の権力者グループが真希少種族をあぶり出す為にやったことなんじゃ。」
「すべてを手に入れた人間は不老不死を求める・・・ですか。秦の始皇帝もそうでしたね。」
遠野は納得しながら話しの続きを待った。
「本当に奴らは貪欲じゃ。自分たちの欲望の為には手段を選ばん。今のところ我輩達をあからさまに狙ってくるグループは『ニビル』と呼ばれるグループ一つだけじゃが、ほかのグループも隙あらばと言う感じで真希少種族の捜索を続けておる。まぁ、奴らの中にも、我輩達に協力的なグループもあるという事は事実なんじゃが・・・。」
教授は半ばため息交じりにそう言った後、話を続けた。
「あと、我輩達を直接のターゲットとはしておらんが、自らを『ライジング・サン』と名乗るかなり狂信的なグループも存在しておってのう。奴らはなぜか、真希少種族の中でもヴァンパイア一族のみを徹底的に敵対視しておって、その根絶を自らの使命として彼らだけをつけ狙っておる。」
「ニビルとライジング・サンですか・・・問題はそうすると、ニビルの方ですね。」
「いかにも。奴らには用心せねばいかん。奴らは『真の歴史』を知らんが、自分たちの歴史が8000年しかないと言う事はすでに知っておる。そして、自分たちのその歴史のルーツこそは、惑星『ニビル』より飛来した宇宙人によりもたらされたと強烈に信じておるんじゃ。」
「・・・バカですね。」
遠野はそっけなく言い切った。
「・・・君・・よくそんな事が言えるのう。」
教授はのぞきこむようにまじまじと遠野の顔を見つめた。
「なんの話でしょうか。宇宙人なんてありえませんよ。」
遠野はしれっと言い放った。
「まぁ、よいわ。ところで、そのニビルじゃが、奴らの恐ろしいところは、何も宇宙人を崇拝しておることではない。奴らの本当の恐ろしさは、その選民的な思想にあるんじゃ。」
「選民思想ですか。自分たちは選ばれた民であるという。」
「そうじゃ。自分達『ニビル』の権力者のみが創造主から選ばれたエリートであり、それ以外の世界中の人間は家畜も同然で、奴らに仕えるためだけに存在する下僕であるという考え方じゃ。」
教授の言葉は少し怒りをはらんでいる様に聞こえた。
「外道ですね。」
「かつ非道じゃ。奴らは何世紀にも渡ってマジョリティの歴史の中で暗躍してきおった。こと大きな戦争と呼ばれるものの背後には、必ずと言っていいほど奴らがからんでおる。奴らは『実験』と称しては戦争を引き起こし、いずれいらなくなる家畜(自分達以外の人間)の排除をいかに効率良く行えるか、そのデータを取っておるんじゃ。また、奴ら自ら作り出した『金融』というシステムで世界中のマジョリティを金でコントロールしておるのも奴らなんじゃ。」
「金でコントロールし、いらなくなったら殺す。人を人とも思っていないですね。でも、いらなくなったら、とは一体どういう意味なんでしょうか。」
「ふむ。それは奴らが、自分たちの創造主の再臨を信じておる所に由来する。自分達をこの星に残していった惑星ニビルの創造主が、やがて自分達を迎えに来ると言う思想じゃ。」
「今度は再臨思想ですか。」
遠野はあきれた口調で言った。
「その通りじゃ。その時が来た時、すべての家畜は排除され、選ばれた『ニビル』の権力者のみが、再臨した創造主と共にこの地上と宇宙に新たな世界を造り出す。家畜と呼ばれる大多数の人間は、創造主の再臨の準備を手伝う為に与えられた命であって、ニビルの権力者につくす為だけに存在が許されておる。新しい世界の創造の際には、家畜はすべて消し去られる運命なんじゃ。ちなみに家畜の命をどう使おうと、それはニビルの権力者達の自由じゃ。奴らは、これまでにも『実験』と称した戦争と、計り知れない数の人体実験を平然と行ってきておる。人の命の重さなど、奴らは微塵も感じておらん。自分達以外は人間ではないと思っておるんじゃからの。全くもってやっかいな連中じゃ。」
教授の語気にはあきらかに憤りが感じられた。
「本当にとんでもない連中ですね。人間が金融システムによって金で支配されているという事は気付いていましたが、それをコントロールしている権力者がそんな連中だったとは・・・。正直驚きです。これは明らかに人類に対する冒涜です、絶対に許せないです。」
そう語った遠野の言葉には、端々に怒りがにじみ出ていた。
「そう、絶対に許せん奴らじゃ。そして、そんな非道な奴らが、我輩達を狙っておるという事実を君には知っておいてほしかったんじゃ。この先、我輩達の行く手にはなんらかの危険が待ち受けておるやもしれん。」
教授はそう言うとまっすぐに遠野を見た。
「そうですか・・。でも、望むところです。そんな極悪非道な連中には、私は決して屈しません。どんな危険があろうとも、奴らの野望ごと叩き潰したい気持ちでいっぱいです。来るなら来いです。」
遠野は瞳に闘志を燃やしながら毅然と答えた。
「ミオ、かっこい~!」 楓が横で手をたたきながら言った。
「実に勇ましい回答じゃ、遠野君。頼もしいわ。」
教授は楓に褒められて顔を赤らめている遠野を見てそう言うと、いつものように豪快に笑った。
と、その時であった。
ビィーッ! ビィーッ! ビィーッ!
突然機内のアラームが鳴り響いたかと思うと、コクピットからの緊急連絡が耳に飛び込んできた。
「コクピットより緊急連絡!緊急連絡!」
「後方より未確認飛行物体が当機に向かって急速に接近中です!」
「なんじゃと!?」
教授はにわかに信じがたいといった表情で言った。
「このブラックバードに追いつける機体などほとんど存在せんぞ!もしや、ニビルか!」
三人は、はっとして互いに顔を見合わせた。
張り詰めたような緊張感が一瞬のうちに三人を包んだ。
「教授、今、通信が入りました!そちらにお繋ぎします!」
コクピットから続いて連絡が入った。
三人の緊張は一気に高まっていった。
誰も身動き一つせず、ただスピーカーのみに耳を集中した。
ガー、ガガガ・・ガー。
「我々の誘導に従え。君達はすでにロックされている。従わない場合は敵対者とみなし即座に撃墜する。これは警告だ。繰り返す我々の誘導に従え。」
かなり低いドスのきいた、軍人らしき男の声がスピーカーから流れた。
「・・・ニビル、でしょうか。」
遠野が不安げな顔つきで言った。
「いや。・・・恐らく違う。奴らは我輩達のことを敵対者とは言わん。」
「では、一体何者。」
「・・・わからん。じゃが、この機に追いついて来れるだけの科学力を持った連中じゃ、恐らく権力者のグループの一つじゃろう。」
教授は、神妙な顔つきでそう答えると、通信用のマイクを手に取った。
「ずいぶん、ぶしつけな要求じゃの。従わなければ打ち落とすとはのう。お前さん方、一体何者じゃ。我輩達は一介の大学の研究者じゃ。お前さん達と敵対した覚えはないぞ。」
教授がそう言うと、すぐに返信が返ってきた。
「単なる大学の研究者がブラックバードに乗っているとは笑わせる。警告はした。1分間の猶予をやろう。選べ。」
相手からの通信は、短く冷徹な響きを残して途絶えた。
通信が切れると教授は、しばし考えたがすぐにコクピットへ連絡を入れた。
「ロックを振り切るぞ。シルバーバードトランスフォーメーション(SBT)の準備をしてくれ。」
「了解しました。着座して安全装置をオンにして下さい。合図でSBTを発動します。」
コクピットからの返答を受けるやいなや、教授の指示で三人はそれぞれのシートに着座し、安全装置をオンにした。頑強な円形状のアームが三人の体を包み込んでガッチリとシートに固定し、機内の壁からはクッション性のある泡の様な物が大量に排出され、瞬く間に上下左右の壁と天井、床をまるで雪が降り積もるかのように分厚く覆っていった。
機内は一瞬のうちに雪のかまくらのようになった。
「約束の1分間が過ぎた。なんの返答もないようだな。残念だ・・。」
通信用のスピーカーから、再び軍人らしき男の声が淡々と言うのが聞こえた。
「後方機より、ミサイル発射を確認!」
コクピットから大きな声で連絡が入った。
「よし、今だ!!SBT発動!!」
教授の合図と同時にブラックバードはブルッと一度大きく機体を震わせた。
かと思うと、次の瞬間、機体を真っ黒に覆っていた表面の断熱パネルが、次々とうろこがはがれる様に落ちていき、その下からまぶしい銀色に輝く機体が姿を現したのである。
それはまるで分厚い黒いコートを脱ぎ捨てたかのような劇的な変化であった。
ブラックバードはいま、シルバーバードへと変貌したのである。
まばゆく輝く銀色を全身にまといシルバーバードとなった機体は、重い鎖から解き放たれた鳥のように軽々とした動きでくるりと宙を舞うと、迫り来るミサイルのロックをいとも簡単にはずし、驚くべき加速を行ってあっという間に大空の点となって消えていった。それは後方機はおろか、放たれたミサイルでさえ一瞬のうちに置き去りにされるほどのスーパースピードだった。