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1.我に光を!

 

そこには光もなく音もなく、ただ闇と静寂だけが世界を包んでいた。


ああ、いつからだろう・・。

温かいミルクを片手に木漏れ日の光の中で、君の笑顔を見つめていたい。

そう思うようになったのは・・。

できればスコーンの一つや二つもあったほうがいい。

そよ風に乗って流れてくるビバルディに身を任せるのも悪くない。

ああ、君よ!ああ、光あれ!疎ましき静寂よ去れ!闇よさらば!ああ・・君よ! 

by 高峰たかみね 十三じゅうぞう ・・・。


「ああ君よ!じゃないですよ、教授。こんな時に勝手に黄昏ないでください。そして、意味不明の詩みたいなのをつぶやくのもやめて下さい。」


漆黒の闇の中からたしなめる様に若い男の声がした。


「おや!どこかで聞き覚えのあるその声は、遠野君ではないか。」


「私以外誰がいるって言うんですか!そもそも、教授についてきてこうなったんですよ。」


遠野は少しぶ然とした様子でいった。


「まあ遠野君、落ち着くんじゃ。君の研究室入室おめでとう記念『~皆神山で温泉とゴルフへGO!~』を企画して、いやがる君を無理やり連れてきたのは、確かに我輩に非がある。」


「私は、いやがりもしてないですし、無理やり連れてこられたのでもありません。むしろ、日頃のつかれを癒して、のんびりゴルフでも楽しもうと思い、それこそワクワクして来ましたよ。教授がへんな洞穴を見つけて、入ってみようなんて言わなければ・・・」


うなだれて、遠野がいった。


「止めればよかったではないか!」高峰教授は語気を強めた。


「止めましたよ!!私は!はっきりと!」さらに語気を強めて遠野が言い返した。


「ん!?そうじゃったかな。でもまあ、研究者としてはうずくではないか、ほれ探究心が。穴があったら入ってみたいと思うのは人情ではないか。」


教授は軽く遠野をいなすと人情を引き合いに出した。


「ええ。その人情とやらのおかげで、急な崩落にあって入り口が塞がれ、現在私達は真っ暗闇の洞窟に閉じ込められてしまっているわけですけどね。」


遠野の声は少しいやみっぽく聞こえた。


「やけにからむのう、遠野君。」


「からみたくもなりますよ。この絶望的な状況・・・。ひと気の全くない山中のゴルフ場のしかもそのまたはずれの洞窟に誰に知られることもなく閉じ込められているんですよ。救助が来る確率を考えると背筋に氷柱がたちますよ。」


遠野はため息混じりに答えた。


「背筋に氷柱が立つとは、面白い表現だね。さすがは学院史上始まって以来の神童とよばれる遠野くんじゃ。こんなことなら我輩の薦めの通りハーバードのジャック教授の研究室に行っておけばよかったのう。なんで行かなかったんじゃ。」


「よしてください。確かに私は幼い頃より神童と呼ばれ、知識の豊富さに関しては私の右に出る者はいないと自負しております。ハーバードに行ったとしても恐らく私の知識を上回り、更なる探究心をかきたてさせる者は存在しないでしょう。」


「えらい自信じゃのう。」


「おそれいります。でも、高峰教授あなたは別です。あなたのマイノリティの研究(真希少種の研究)は私の持つ知識における既存の固定概念を完全に超越し新たな知識の認識を生み出します。私がこの大学に残ったのは高峰教授、あなたがいたからです。」


「やれやれじゃのう。面はゆいわ!あははは。」


「ただ・・・。そんな熱い研究への思いもこの洞窟でついえるかも・・。」 


遠野が少し落胆した口調で言った後、しばしの沈黙が流れた。



「ところで、遠野君。アルマスというのを知っておるかね。」

 

沈黙の中、高峰教授が静かだが、とても落ち着きのある声で聞いた。


「アルマスですか。はい。ネアンデルタール人の生き残りとも言われ、コーカサス地方に生息し、毛深い全身に、言語は発達しておらず、かってそのメスが現地人に捕らえられ使用人として飼われ、子供まで作らされたという。」


「うむ。さすがによく知っておるな。しかし、その記述はあくまで表面。半分しか的を得ておらん。」


「えっ!?と、いいますと・・・」


「正確にはネアンデルタール人の生き残りではなく末裔。コーカサス地方に生息の部分は正しい。毛深い全身は嘘で、我々と見た目は一緒。違いといえば耳に特徴があり、耳の先端が我々よりも尖がっている。言語は発達していないのではなく、しゃべれるがしゃべる必要がないので、普段は使用していないだけ。ちなみに、捕まったアルマスというのは本当のアルマスではなく、単なる密輸されたオランウータンで、できた子供というのは、その主人の愛人が、勝手に産んで置いていった子供じゃ。」


暗闇のなかで遠野の目は丸くなっていた。


「ほ、本当ですか!で、でもなんで教授はそんなことをご存知なんですか。」


「若い頃、研究でコーカサスに行ったことがあるからじゃよ。」


遠野の顔に少し安堵の表情が戻った。


「そうでしたか。実際に現地へ足を運んで、色々と聞き込みをなされたんですね。いやはや、研究者の鑑です。さすがは教授です。脱帽いたしました。」


「いや、少し違うな。聞き込みなどしておらんよ。事実をいったまでじゃ。」


「えっ!?」


遠野の頭がまた少し混乱する。


「アルマスは普段、思念波といわれるもので会話するのじゃよ。まあ、一種のテレパシーじゃな。この場合会話といっていいかわからんが、双方向の意思の疎通が可能なのじゃよ。この思念波のメリットは声に出さなくても心通じ合う点と、かなり遠隔地へも一方通行なら届くと言う点にある。一般的に言われているアルマスとは、君の言ったとおりの理解じゃが、実態は全く違っておるんじゃよ、遠野君。アルマスとは、真希少種であり、古代より脈々とその血を現在にも受け継いでいる実在の種族なんじゃよ。」


遠野の頭は完全に混乱し、言葉すら失っていた。教授はそんな遠野をよそに話を続けた。


「彼らは、われわれマジョリティー(多数派)の伝承・伝説の中にも登場しておる。例えば、エルフ。あれは、アルマスじゃ。われわれとは違った独自の文化圏を持ち、魔法と呼ばれる技術をあやつる種族。エルフの特徴は確か尖がった耳じゃったよな。身体的なわれわれとの違いがよく表されておるのう。」


遠野の顔がぴくぴくと引きつっている。暗闇でなかったら、神童の神童らしからぬ顔がさらけ出されてしまっていただろう。


遠野は声を抑えつつも少しうわづった声できいた。


「教授、私をおからかいですか・・。それを信じろと・・。テレパシーで会話をし、伝説のエルフで、しかもあやしい魔法を操る種族が実在している、ですって!教授!ふざけないでください!この緊急時に何を戯れられているんですか!冗談もほどほどになさってください!」


遠野は端正な顔に血をのぼらせながら、最後は怒鳴るように教授に言った。


「ああ、既存の固定概念が抜けないんだね。あれって頭の良い子ほど、なかなかはずせないから。うん、うん、わかるよ遠野くん。」


やさしく、妙に一人で納得するような哀れみの口調で高峰教授はこたえた。


「なに哀れんでんですか!そんな話、真に受けられんと言っとるんです!」


さっきよりもさらに大きな声で遠野がほえた。


「そう大きな声を出すな。酸素が減るじゃろう。」


落ち着き払った教授の声に遠野はハッとしてわれにかえった。


「す、すみません。取り乱してしまいまして・・・。でも教授があんなことを言うから・・ですよ。」



あいかわらず、真っ暗闇が辺りを包んでいる。



「時に遠野君。崩落があってから何時間くらい経っているかね。」


「そうですね、かれこれ三時間は経過しているとおもわれますね。」


「うむ。わしの腹時計でも同じくらいじゃな。・・・そろそろかの。」


教授はなにやら意味深げにつぶやいた。


「何がですか。」


「実は、アルマスの能力についてじゃが・・」


教授が言いかけたとき、すぐさま遠野がかみついた。


「まだ言いますか!」


「まあ聞くんじゃ。アルマスの能力は思念波だけではない。彼らは右脳の解放により様々な物質とのつながりを実現させる力を持っておるんじゃ。言い換えれば一種のテレキネシスじゃな。彼らにとって、物質は友であり、対立軸ではなく自分の一部のようなものなんじゃ。物質の形を変えたり、移動させたりする事はアルマスにとって造作もないことじゃ。」


遠野は、なかばあきれぎみに教授の話を聞き流しながらいった。


「もう、お好きなように言っといてください・・。」


高峰教授はつづけた。


「大気をいだき、大地と話そう、流れる水に身を任せ、炎を纏おう。地水火風のことわりは、いにしえよりの我が一部なり。アルマスに伝わる古い伝承じゃ。」


教授が語り終えた。



と、その時だった。



突然、真っ暗だった洞窟に、崩落して塞がれている岩のあいだから一筋の光が差し込んできた。


そうかと思うと、静寂さはそのままに、どんどん光が差し込み始め、瞬く間に洞窟中が、光という光で満たされていった。


遠野は、いきなりあふれた光のまぶしさに最初視力を奪われていたが、やがて光の中心に、まだぼんやりとだが、たたずんでいる人影を見た。


少しずつ、少しずつ目が光に慣れて、

だんだんとその人影の輪郭が現されてきた。


それは両手を大地に向かって優しく広げてたたずむ一人の女性の姿だった。


「・・・せ、聖母マリア?・・。」


遠野の目にはそう映ったのであろうか、彼は思わずつぶやいていた。


さらに、目が慣れて周りの情景までがかなりしっかりと認識できるようになった時、



遠野はすべての言葉を失ってしまった。



両手を広げ、やわらかな微笑みを備えて立つ女性のまわりに、風船のようにぷかぷかと浮かぶ洞窟を塞いでいた巨石の数々。それが、まるでわたあめを地面に置くように、ふうわりと音も立てずに大地に下りて行く。小鳥たちのさえずりを妨げる音もなければ、大地を揺らすような振動もまったくない。すべてが自然と一体で、当たり前のことのように行われていた。


何かしら美しくも神々しいこの光景は、すべての言葉を奪い去るのに十分であった。



「・・大気をいだき、大地と話そう、流れる水に身を任せ、炎を纏おう・・」



高峰教授は遠野にふたたびこう伝えた。



「き、き、教授・・・。」呆然とした表情で遠野は教授を振り返った。


「アホ面をさらすのはやめなさい。遠野君。神童がだいなしじゃぞ。」


高峰教授はそういって遠野を軽くからかうと、優しい微笑をたくわえ、洞窟の入り口に立っている女性の所へ進んでいった。教授は彼女の横に立つと振り返り、まだ呆然と見つめている遠野に向かって言った。




「遠野君。この娘がアルマスじゃ。」













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