表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:winDriv:eR《リワインドライバー》~人類転生計画~  作者: 長月 鳥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/9

探知

 ノエルの店で皿洗いをするようになってから、数日が過ぎた。


 最初は、賄いにありつくためだけだった。

 皿を洗い、床を拭き、客が帰ったあとのテーブルを片づける。

 それだけでも、坑道の中で石を砕き続けるよりずっとましだった。


 なにより、ここには温かい飯がある。

 怒鳴り声ではなく、人の笑い声がある。


「リンネ、新顔のお客さんの注文よろしく」

「はい」

「良い返事だ」

 ノエルは鍋をかき混ぜながら、ちらりと俺を見た。

 少し吊り気味の青い瞳は相変わらず勝ち気そうなのに、不思議と落ち着く。


 最初はかなり年上だと思っていた。

 言葉の端々に余裕があって、店の空気を自然に仕切っていて、どこか大人びて見えたからだ。


 その認識がひっくり返ったのは、常連の酔っぱらいが余計な話を振ってきたときだった。

「ノエル、あんたももう三十路近いだろ。そろそろ身ぃ固めたらどうだ」

「余計なお世話だよ」

 ぴしゃりと言い返したノエルに、俺は思わず顔を上げた。


「三十路?」

「なんだい、その顔」

「い、いや……もっと年上かと」

 言った瞬間、しまったと思った。

 だがノエルは怒るどころか、目を細めて笑った。


「苦労してると老けて見えるかい」

「違います。落ち着いてるというか……」

「じゃあ、あんたはいくつなんだい」

「……えっと、いくつだっけかな~」

 鉱山から帰ったときは、自分の顔が酷く老けて見えたけど、今はなんだか若々しく思える。

 トーチャーって人が幾つなのかは、ステータスに乗っていないから本当に分からない。


「ふ~ん、しらばっくれるのかい」

 ノエルがいたずらな顔で睨んだ。

「年齢なんて意味ないですよ」なんとか誤魔化そうとした。

「鉱夫なら就業手帳持ってるだろ? 見せなさい」

 就業手帳? ボロボロのズボンに入っていたアレかな?

 思い当たる物を差し出した。


「なんだい、同い年じゃないか」

「そうなんですか?」

 自分でもビックリした。

「今日から敬語禁止令ね」

 ノエルは肩をすぼめながら言った。

「はい、わかりました……わかった」

 俺が言い直すと、ノエルはゲラゲラと笑った。

「そんなに笑わなくても」

「すまん、すまん。まぁこれからもよろくたのむよ、皿洗い」

 言って、ノエルは肩を揺らして笑った。

 つられて俺も笑う。


 その瞬間、店の空気が少し変わった気がした。

 雇い主と行き倒れを拾った相手、というだけじゃない。

 ほんの少しだけ、距離が縮まったような気がした。


 それから、ノエルは時々俺をからかうようになった。

「ほらリンネ、そっちの注文」

「はい。ええと……煮込み二つと黒パン一つ」

「声が小さい。そんなので客商売できるかい」

「俺、元々こういうの向いてなくて……」

「向いてないって顔してるね。でも、やりゃできるよ」


 注文取りをしながら、俺は何度もノエルに助けられた。

 皿を落としかければ、ひょいと受け止める。

 客に絡まれそうになれば、軽口ひとつで追い払う。

 俺が疲れていると、何も言わずにスープを少し多めによそってくれることもあった。


 そのたびに、胸の奥が妙にあたたかくなった。


 母親に似ている、と思ったことがある。

 子どものころ、無理しているとすぐに見抜いて、勝手に飯を盛ってきた母のことを。


 けれど、ノエルは母とは違う。

 同い年で、俺よりずっと逞しくて、口が悪くて、よく笑う。

 そして何より、時々ふっと見せる横顔が、妙に綺麗だった。

 だから、その感情を“懐かしさ”だけで片づけるのは、たぶん違うのだと思う。



 ある夜、店じまいのあとだった。


 常連たちが帰り、皿も洗い終え、ノエルが帳簿をつけている。

 俺は床を拭きながら、珍しく彼女の手が止まっていることに気づいた。


 小さく、ため息が落ちる。


 振り向くと、ノエルは帳簿の上に視線を落としたまま、珍しく表情を曇らせていた。

「……どうかしたんですか」

 声をかけると、ノエルは顔を上げて、ああ、と短く返した。


「別に、大したことじゃないよ」

「大したことじゃない顔じゃないですけど」

「生意気言うようになったねぇ」

 いつもの調子で返してきたが、声に張りがない。


 俺が黙って見ていると、ノエルは観念したように肩をすくめた。

「最近、この辺の鉱山で働き手が減ってるんだよ」

「減ってる?」

「珍しいレアストーンがあまり採れなくなってるらしくてね。それに、坑道の奥で魔物が出ることも増えてる。割に合わないってんで、逃げるやつも出てきた」

 俺は手を止めた。

 魔物。珍しい鉱石の減少。

 それが、そのままこの店にも影響しているのか。


「鉱山が閉まるかもしれないって噂もある」

「そうなったら……」

「この店も、厳しいだろうね」

 ノエルは、なるべく軽く言おうとしたのだろう。

 でも、その言葉の奥にある不安は隠しきれていなかった。


「最悪、よその場所への移動も考えなきゃかね」

「あてはあるの?」

「あるわけないさ。一からやり直しだ」

 きっぱりとした声だった。


「住み慣れた土地を離れるのは、そりゃ寂しいさ。でも、食っていけなきゃ意味がない」

 その横顔を見て、俺は胸の奥がずきりと痛んだ。


 この人は、ずっと一人でそうやって耐えてきたのだ。

 店を回し、客に笑い、平気な顔をして、それでも先の見えない不安を抱えている。


「俺に、何かできることないですか」

 気づけば口にしていた。

 ノエルは少しだけ目を丸くし、それからゆっくり首を横に振った。


「ないよ、皿洗いで十分だ」

「でも」

「ない。あんたはまず、自分がちゃんと食っていけるようになりな」

 厳しい言い方だった。

 けれど、その優しさくらいもう分かる。


 分かるからこそ、悔しかった。

 何もできない。

 助けられてばかりだ。

 未来を助けるために異世界へ戻ってきたはずなのに、目の前のノエルひとり助けられない。


 そんな気持ちを抱えたまま、数日が過ぎた。


 転機は、昼過ぎの客足が落ち着いたころにやってきた。


 扉を勢いよく開けて入ってきたのは、見覚えのある顔だった。

 坑道で俺に怒鳴っていた、小太りで無精髭の男だ。


「おうノエル! 今日は景気がいいぞ! この店で一番いいもん持ってこい!」

 上機嫌だった。

 いつもの煤と疲れにまみれた顔じゃない。頬が上気し、声にも妙な弾みがある。


 その理由は、腰に提げた革袋だった。

 袋の口は閉じているのに、俺には中身が見えるような気がした。


 革の向こう側で、何かが脈打つように光っている気がした。

 初めての感覚で言い表せないけど、凄く貴重な物のような気がした。


「……そこに何が入ってるんだ?」

 気づけば、口が勝手に動いていた。


 男は足を止めて、怪訝そうに俺を見る。

「は? なんだお前、俺のレアストーンは渡さねぇぞっ」

 男は、革袋を大事そうに隠した。

 その瞬間、全身にぞくりと鳥肌が立った。


 探知。


 ステータスにあったスキル名が、頭の中に浮かぶ。

 アルスだった頃は使い方も分からなかった。

 けれど、今のこれは間違いなく、それだ。


 ノエルが目を瞬かせる。

「レアストーン? 本当に?」

「本当だともよ! 今日は久々の大当たりだ!」

 男は袋を軽く叩き、下卑た笑いを浮かべた。


 俺の心臓が早鐘を打つ。


 もし、このスキルで良質な鉱石の場所が分かるなら。

 もし、レアストーンを見つけられるなら。


 ノエルの店を助けられるかもしれない。

 この町を、少しは持ち直させられるかもしれない。

 それに、金が要る。未来のところへ戻るにしても、この世界で動くための軍資金は必要だ。


 行かない理由がなかった。

 その夜、店じまいのあと、俺はノエルに切り出した。


「もう一度、鉱山に入ろうと思う」

 ノエルの手が止まる。


「……何言ってんだい、あんた」

「探知のスキルがあるんです。たぶん、良質な鉱石の場所が分かる」

「たぶん?」

「まだ確信はないです。でも、今日のあの男の袋の中身が、見えた気がした」


 ノエルはしばらく何も言わなかった。

 それから、深く息を吐く。


「危ないことをする顔してるよ」

「危なくても、やる価値はあります」

「また野垂れ死んじまうじゃないのか?」

「それでもです」

 俺が言うと、ノエルは眉を寄せたまま、やがて小さく笑った。


「ほんと、変なとこだけ頑固だね」

 止められると思っていた。

 けれどノエルは、完全には止めなかった。


「行くなら、せめて生きて帰ってきな」

 その一言が、妙に胸に刺さった。


 翌朝、俺は再び坑道に入った。


 探知は、確かに働いた。

 暗い岩肌の向こうに、微かな光の筋が見える。

 人には見えない道筋みたいに、それは細く奥へ続いていた。


 俺はその感覚を頼りに、掘り進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ