鉱夫
目を開けたとき、最初に感じたのは腕の重さだった。
肩が抜けそうなくらい痛い。
鼻の奥にまとわりつく鉄臭さ。息を吸うたび、喉の奥がざらついて、呼吸が荒くなる。
見渡すと、周囲を黒い岩肌に囲まれていた。
薄暗く湿っている。
ダンジョンの中かと思った、そのときだった。
「おい、トーチャー! 手ぇ止めてんじゃねぇぞ!」
怒鳴り声に、俺ははっと顔を上げた。
手には、いつの間にか使い古されたツルハシが握られている。
──ここは、一体。
いや、考えるより先に確認すべきものがある。
俺は周囲の視線を避けるようにしゃがみ込み、こっそりステータスを開いた。
名前:トーチャー・ルルエンド
職業:鉱夫
体力:100
魔力:0
スキル:探知・二刀流・リワインド
思わずホログラムを二度見した。
体力も前回より低いし、魔力は相変わらずゼロ。
そのくせスキル欄には、アルスだった頃のものが並んでいる。引き継がれたのか? もっとも、使い方が分からないなら無いのと同じだが。
「いいかげんにしろよトーチャー。今日のノルマ終わらなかったら飯抜きだぞ」
小太りで無精髭を生やした男が、つばを吐き捨てながらツルハシを振るっていた。
名前を知っているということは知り合いか?
それよりも、鉱夫ってなんだよ。
じゃあここはダンジョンじゃなくて鉱山か?
俺は異世界に転生したんじゃないのか?
「おーい、魔物出たぞー! 日雇いハンター呼べー!」
坑道の奥から叫び声が響く。
直後、赤く艶のある鎧にマントを羽織った大男が、俺を押しのけて声のしたほうへ駆けていった。
魔物。
やっぱり異世界なのか。
だとしたら最悪だ。
職業が鉱夫って、ただの一般人じゃないか。
ツルハシの二刀流で鉱石でも掘り当てろっていうのか。
それで異世界を救えと?
不安を抱えたまま、俺はとりあえず周囲に合わせてツルハシを振るった。
昼なのか夜なのかも分からない。
いつまで続くのかも分からない。
早く未来を助けなければならないのに。
岩を砕きながら、どうすれば地球に帰れるか考えた。
しかし、情報が少なすぎる。
この世界のことを知らなければ、救うなんて無理だ。
作業が終わったら外に出よう。
鉱夫の仕事なんてやっている場合じゃない。
──そんな俺の思惑は、あっさり崩れた。
採掘作業は延々と続いた。
時間の感覚はすぐに狂った。
数時間ごとに数分の休憩はあったが、配られるのは堅くて味のしないパンだけ。
ようやく終業らしき空気になって安堵したのも束の間、みんなその場で雑魚寝を始めた。
「あ、あの……外に出ないんですか?」
隣で作業していた男に声をかけると、そいつは虚ろな目のまま俺を見た。
「外? 何寝ぼけたこと言ってやがる。出られるのは週に一度だろうが」
完全ブラックな職場環境のようだ。
逃げだそうにも出口が分からない。
この集団からはぐれて、魔物にでも出くわしたら前回の転生の二の舞。
それだけは避けたい。
今は我慢して作業を続けるしかない。
──三日ほど経過しただろうか。
疲労はとっくにピークを越え、血尿まで出る始末。
周りのみんなも同じように疲弊しきっている。
一体どんな罪を犯したら、こんな地獄に送り込まれるのだろうか。
俺の名前を知っていたおじさんに聞いても、
「生きてくためには仕方ねぇだろうがっ」
と、つばを吐いた。
だとすると、自ら選んだ道ということか。
もしかしたら、給料がめちゃくちゃ高いのかもしれない。
そんな、期待を胸に、久しぶりに日の明かりを浴びた。
晴れ渡る空は、アルスで見たときと同じように清々しかった。
空気が美味しい。こんな感覚は生まれて初めてだ。
だが、体中が痛い。
足に力が入らず、しばらくその場から動くことが出来なかった。
そして、雇い人らしき人から紙袋を貰った。
どうやら給料袋のようだ。
中身は見たこともない硬貨が十枚。
十円玉みたいに茶色くくすんでいて、高価そうに見えないけれど、きっと一万円くらいの価値があるはずだ。そうじゃなきゃ訴えてやる。
その前に腹ごしらえだ。
ふらふらになりながら、歩いていると一軒の小屋が目に入った。
煙突があり、もくもくと煙が立ち上っている。
そこから良い香りがしてきた。
空腹の腹を抉るような、なにかを焼いている匂いだ。
小屋の扉は開放されていて、中に入るとテーブルや椅子が並んでいた。
やっぱり食堂のようだ。
カウンターには女の人が一人立っている。
栗色の長い髪を無造作に束ね、大きめのエプロンをして、シャツの袖をまくっている。
なりふりかまわずその人に声をかけた。
「すみません。これで何か食べ物を」
俺は貰った硬貨を二枚、テーブルに乗せた。
いきなり二万円を出すのは忍びなかったが、背に腹は代えられない。
この店で一番美味しい料理を食べたい。そう思った。
女の人は硬貨をみて、片眉を上げた。
「なんだいそりゃ、犬の餌代にもなりゃしないよ」
その言葉で、俺は気を失った。




