再び異世界へ
気がつくと、俺はまた見覚えのある場所に立っていた。
受付カウンター。そして、その向こうには露出の多い女性。
「ようこそ異世界受付へ。あなたは死にました」
前にも聞いた台詞だ。
たしか、この人の名前はアカシア。
「……って、あれ? あなた、この前の……え、なんで戻ってるの? え? あれ?」
アカシアは目を丸くしたまま、空中に浮かぶホログラムの資料へ慌ただしく視線を走らせる。
まるで自分がやらかしてしまったような慌てぶりだった。
「ナンド・リンネ……やっぱり。でもどうして……目的達成の記録はないし……。わたし、なにか手順を間違えた? いや、いやいや、それはない。ない……はず」
ぶつぶつと自問自答を繰り返している。
「あの、なんか俺、また死んだみたいで」
あまりにも不憫だったので、俺はできるだけ簡潔に事情を説明した。
「は?」
アカシアは露骨に顔をしかめた。
「意味がわからないんだけど。記録には転生失敗って書いてあるから魂ごと消滅しているはず。なのに、あなたはまた地球で死んで、こうしてここに来たってこと?」
「自分でもよくわからないんですが、たぶん……そういうことみたいです」
「……そんな事例も、あるのかしら」
アカシアは腕を組み、しばらく難しい顔をしたあと、ひとつ息を吐いた。
「まあ、実際あるんだから、あるのよね」
無理やり自分を納得させたらしい。
「それにしても、あなた、ひどい顔してるわね。大丈夫?」
どうやら他人に心配されるほどひどい顔をしているらしい。
いや、そりゃそうだろう。
もう無理だ。
本当に、もう無理だった。
「すみません。もう無理です」
トラックに轢かれるのも、魔物に嬲られるのも、もう二度と御免だ。
「なにそれ。今回は転生しないってこと?」
俺は黙って頷いた。
セシルも、ライラも、フィフィも──きっと俺のせいだ。
戦いの経験なんて何もないまま、アルスとして転生して、ろくに状況もわからないまま危険なダンジョンに踏み込んだ。
その結果が、あれだ。
胸の奥からえづくような嗚咽がこみ上げる。
息が詰まって、声も出ない。
「別に、それでもいいんじゃない?」
あっさりと、アカシアが言った。
「元の世界に未練がないなら、無理に転生する必要はないし」
その言葉を聞いた瞬間、未来の顔が脳裏に浮かんだ。
俺を見つけて、嬉しそうに名前を呼んだ顔。
血まみれの俺を前に、泣きながら必死に揺さぶっていた顔。
それと同時に、あのトラックの運転手の口元も浮かぶ。
──笑っていた。
前回とは違って、あいつは途中で進路を変えた。
俺ではなく、未来のほうへ向けて。
二度とも、俺が庇わなければ轢かれていたのは未来のほうだった。
あれは事故じゃない。
あいつは、未来を狙っていた。
ぞっとした。
──待て。
俺が死んだあと、未来はどうなった?
轢き殺せなかったから終わり……なんて相手じゃなかったら?
あの運転手が本気で未来に殺意を向けていたなら、別の手で襲うかもしれない。
でも、死んだ俺には、もうどうすることもできない。
……いや。
そこで俺は、最初にこの場所へ来たとき、アカシアから聞かされた話を思い出した。
「異世界を救えば、“死の直前”に戻れるって言ってましたよね」
「そうね。その予定だったけど」
「予定?」
思わず睨むと、アカシアはわずかに目を逸らした。
「だ、だって地球側のことまでは、わたしには把握できないもの。でも前例はあるみたいだし、理屈の上では戻れるはずよ」
不安になる答えだった。
けれど、実際に俺は一度戻っている。
異世界を救うどころか、何ひとつ成し遂げられないまま死んだのに、それでも戻った。
なら、可能性はある。
「未来を助けたい」
気づけば、声に出ていた。
俺は未来を助けたい。
アカシアは、そんな俺をしばらく見つめていたが、やがて小さく肩をすくめた。
「そう。じゃあ今回も、転生するってことね」
色々な不安要素はあるが、今は地球に戻り、未来の力になりたい。
その近道が転生ならば……。
ふと、アルスの体に入った感覚を思い出した。
アルスだって、俺が転生しなければ、あんなことにならなくて済んだかもしれない。
……いや、セシルは為す術無く倒された。
フィフィの究極魔法ですら、傷一つ付けられてなかった。
ライラも回復魔法なんて唱える暇さえ……。
きっと、本物のアルスが居たって、あんな化け物に勝てるわけがない。
俺は自分にそう言い聞かせ、アカシアに向かい大きく頷いた。
そして、アカシアが唱えた呪文のような言葉の後、ゆっくりと目を瞑った。
※(アカシア視点)
行ったようね。
でも、ホントになんなのかしら。
観測記録用ログには、確かに転生失敗って書いてある。
ということは転生した体で死んだってことよね。
ちょっと調べてみよう。
えーと、アルス・アルセウス・デルフォニウム。
はぁ~年齢23才か、難儀な年齢に転生したものね。普通は生まれたての赤ちゃんか、まだ物心つかないような幼児に転生して、記憶や経験の統合性を取りやすくするのに。
これも地球側からの要望に応えている弊害かしらね。
って、え? 死んでいない?
S級ダンジョン内で、魔族ゴルゴンデューサにより、パーティメンバーと共に石化されたまま放置。
石化……確かに解除するには相当な労力がかかるから死んだも同然かもしれないけれど。でも、細胞レベルで時間が止まっているから解除さえできれば、元通りに行動が可能なはず。
それなのに、転生失敗判定を受けたってこと?
しかも、目的を果たしたわけでもないのに、元の世界に戻された、と。
バグ? それともやっぱり私の手順ミス?
報告すべきかしら。
……めんどうだから止めておこうっと。
どうせ、もう戻ってこないだろうし。
それよりも、早く今日の業務を終わらせて、大天使長ミハエルさまのライブに行かなきゃ。




