戦士
目の前がぱっと明るくなった。
視界に飛び込んできたのは、大きなカウンターテーブル、他にも椅子や四角いテーブルが並べてある部屋だ。全て木造でできている。テーブルの上にはジョッキに入ったビールのような飲み物、それと野菜の盛り付けや、果物、鶏の丸焼きのような料理が並んでいる。
居酒屋?
酔っ払って大騒ぎしている大柄な男や、傷だらけの顔の男。自分の背丈ほどの大剣を背中に背負っている女性もいる。それに顔が獣の人。耳が長い人。小人も酒を飲んでいる。
異世界──
アニメや映画で見たまんまだな。結論付けるには十分な景色だ。
「よーし、まずは乾杯だ」
俺と同じテーブル、向かいの席に座る男がジョッキを片手にそう言った。
「なにやってんだよアルス。早くお前もグラスを持て」
男は俺の肩を叩いた。アルスって俺のことか?
俺は自分の顔を手で確認した。
無精髭、それに外国人みたいに目鼻立ちの堀が深い。手の皮も分厚くてガサガサだ。体もデカいな。180センチ以上はありそうだ。くすんだ銀の鎧を着ていて動きにくくてしょうがない。
「自分の体触っちゃって~、そんなに筋肉を自慢したいの~?」
隣に座っている女性が体を密着させて、俺の二の腕を触りながらそう言った。
真っ黒なワンピースにとんがり帽子から流れるような紫のウェービーな長髪……良い匂いがする。
「ちょっとお二人さん、こんなとこでイチャイチャしないで」
そう言ったのは、向かいの男の隣に座っている女性だった。
こっちは白を基調とした厳かな服装だ。
「みんな落ち着けって。乾杯が先だっての」
俺をアルスと呼んだ男は、角刈りで爽やかな顔立ち。軽装でマントを羽織っている。
これはいわゆるパーティメンバーという集まりだろうか。みんな凄く楽しそうだ。
「それじゃあ改めまして、S級ダンジョン突入を祝って。かんぱーい」
S級ダンジョン突入? よく分かってないけど、みんなに合わせてグラスを重ねた。
口に含んだグラスの飲み物はアルコールの強い匂いがして味は最悪だ。
料理の味は薄め、付いてるとしても塩味だけだけど旨い。特に肉料理は絶品、一体なんの肉だろう。テーブルを囲むみんなのことも知らないし……そういえば、ステータスが確認できるって言われてたな。え~と、空中に四角を描いて「ステータスオープン」だっけ?
名前:アルス・アルセウス・デルフィニウム
職業:戦士
体力:500
魔力:0
スキル:二刀流・リワインド
おお、ちゃんとホログラムが表示された。俺の名前はやっぱりアルスなんだ。この能力値、高いのか低いのか分からないけど、魔力がまったくないってことは確かだな。スキルも微妙な気がする。リワインドって魔法かなにかか?
「え? あんたいつの間に魔法が使えるようになったの?」
「なんだよソレ、お前の名前? それと能力が見られるって魔法なの?」
「見たことない魔法だけど、微妙な効果だね」
みんなが不思議がっている。あまり人前で使っちゃマズかったか。
「ていうか、魔力ゼロってウケる。けどお前らしいやな」
男が立ち上がって俺の肩をバンバン叩いた。結構痛い。
「というかお前、さっきから急に変だぞ。おどおどしてさ」
「うん、おとなしいよね」
「お酒もちょっとしか飲んでないし。いつもなら大樽一丁空にしてるとこなのに」
転生したてで何も知らないのだからしょうがない。というか憑依型転生って難易度高くないか? 普通なら赤ちゃんからスタートして、徐々にこの世界の知識を得て強くなるって展開のはずだが。
「……ちょっと気分が悪くて」わがまま言ってもしょうがないから適当に誤魔化した。
「そういえば、ちょっと顔色が悪いわね」
隣の女性が俺の額に手を当てた。とても柔らかくて暖かい。
「昨日潜ったダンジョンのアレかな」
「そういえば幻惑魔法を受けたんだっけ」
「まれに記憶障害起こすんだよね」
三人には何か思い当たることがあるようだ。今はソレで誤魔化すしか無い。
「実は、みんなの名前も思い出せなくて……」我ながら下手な演技だ。
それでも、みんなは信じてくれた。
向かいの男の名前はセシル。職業は勇者見習いだと言った。
その隣の女性はライラ。回復術士。
俺の隣の女性はフィフィ。魔法使い。
だいたい予想通りなファンタジー設定に安心したというか興ざめというか、とにかく、俺を含めた四人でパーティーを組んで三年目。地道にダンジョンを攻略し、力を磨き、装備を揃えて生計を立てているとのことだった。
想像だけど、さっき言ってたS級ダンジョンでは一攫千金も狙えそうなお宝でも眠っているのだろう。それならこの宴会も頷ける。
「やっと俺らにもツキが回ってきたな」セシルが三杯目のグラスを空けながら言った。
「コツコツ頑張ってきたもんね」ライラはセシルのために追加の酒を頼みながら言った。
「誰が欠けていても辿り着けなかったと思うの」フィフィは腕を組み俺の顔を眺めてる。 みんな酒が回ってきたのか、顔を赤らめ饒舌になっている。最初はマズかった酒だけど、慣れるとなかなかイケる味だ。それとも、この場の楽しげな雰囲気がそうさせるのか。
「俺さ、S級から帰ってきたらライラに結婚を申し込もうと思うんだ」
しばらくして、セシルが俺をカンウター席に連れてきてそう言った。ライラとフィフィはテーブルに残って話し込んでいる。
セシルとライラ。最初に見たときからそんな感じはしていた。
「……いいね、応援するよ」
一瞬だけ嫉妬したような気がした。けど俺はここに来たばかりだし、ただライラの顔が好みのタイプだからだろうと思った。
「ありがとなアルス。お前だから背中を任せられる」
セシルは満面の笑みで肩をぶつけてきた。
俺も酔いが大分回ってきたみたいで、なんだかずいぶんと昔からこうやって語り合ってきた気がして。良い気分だった。
それから程なくしてみんなで安宿を取った。部屋はベッド一つしか置けないくらい狭かったけど、酔った身には十分だった。
鎧だけ脱いで横になったとたん、ドアを叩く音が響いた。
ドア前に居たのはフィフィだった。
顔が赤らんだフィフィは、黙って部屋に入ると着ていた服をおもむろに脱ぎ捨て、ベッドに入った。
俺は何も疑うことなく、フィフィと一夜を共にした。まるでそれが当然のことのように。
翌朝の頭痛、昨晩の味覚、肩を叩かれた痛み、そして快楽。
そのどれもが、これが夢だということを否定していた。
俺は異世界に転生したのだ。
窓から覗く空は清々しく晴れ渡り、新たな人生の始まりを予感させた。
その日のうちに俺たちはS級ダンジョンへ旅立った。
山を越え、馬を駆り、道中で魔物と戦った。
初めての戦闘に不安はあったけど、みんなの援護もあって上手くできた。というよりも、この体がよく動いてくれる。パワーもスピードもあり、雑魚敵だった可能性もあったけど、一撃で倒せたりした。とにかく爽快だった。
「やっぱりまだ本調子じゃ無いみたいだな、無理するなよ」
心配したセシルが声をかけてくれる。
魔法も使えて剣技も豊富。とにかく頼りになる。さすが勇者見習いだ。
「ちょっとくらい怪我してもいいよ」
ライラの言うとおり、回復魔法の効果は素晴らしい。術士の魔力が持つ限り、どんな傷も完治させるとのことだ。
「私の究極爆炎魔法も火を噴きたくってウズウズしてるわ」
フィフィは、普段は火の玉や氷の刃で攻撃に貢献しているが、本気を出せば辺り一面を火の海に変えてしまうような凄い魔法を備えているらしい。きっとダンジョンでは大活躍なのだろう。
焚き火を囲み、他愛のない会話で盛り上がりながら野宿もした。
そんな日々を過ごしているうちに、いつの間にか俺はこのパーティに溶け込んでいた。
ただただ楽しかった。地球にはこんなに心を許せる人達は居なかった。いや、作ろうとしなかっただけかもしれない。
家電もSNSもなくて色々と不便だけど、そんな環境だからこそ築ける絆があるのかもしれないと思わせてくれる。異世界って意外と俺には合っているのかもしれない。
出発から四日後、俺たちは目当てのダンジョンに辿り着き──
そして、一時間後に全滅した。




