最初の転生
観測対象:No.4988
氏名:納戸輪祢
年齢:23歳
家族構成:祖母と同居
両親:生物学者。1年前の交通事故により死亡
既往:両親死亡を契機に一時的な対人回避・自室隔離。現在は回復傾向
現在:動物病院助手として勤務
注記:選抜予定外の事例。特殊な観測特性を確認したため、監視を継続する
「う~冷えるな今日は、ばーちゃんにおでんでも買って帰ろうか」
年末の連休に入り、大掃除用の道具や暇つぶしのラノベを買い漁った日暮れの帰り道。まばらな車両のライトに照らされながら俺はコンビニに入った。
おでんが入った袋を手に信号待ちをしていると、反対側の女性が視界に入る。
「あれって、未来か?」
橘未来小中高と同級で文武両道だった才女。
今では資源エネルギーのスタートアップ企業に入り、環境コンファレンスの壇上にも立っている──なんて情報が自然と耳に入って来る。
弓道が得意で、勉強もできて、見た目も良いから同年代の話題になるのは当然だ。
昔は気軽に話せたけど、今はもう遠い存在に思える。
そんな彼女がジーンズと薄手のコートで信号待ちをしている。やっぱり年末の休みで帰省してきたのだろうか。きっと俺のことなんてもう覚えていないだろうな。
俺はスマホに視線を移して、信号が変わるのを待った。
「リンネくん? おーい、リンネくんじゃん」
明るく懐かしい未来の声が響いた。心臓が跳ねてスマホを落としそうになる。
どう反応していいか分からず視線を泳がせていると、歩行者用の信号が青に変わり、未来がこちらへ駆けてくる気配がした。
嬉しさと緊張で鼓動が騒がしくなる。
でも、その心音を押し潰すように、右耳に入る車のエンジン音が異様に太くなった。
車両側の信号は赤のはずなのに、減速する気配がなかった。
気付いたときには、トラックの影がもうそこにあった。
俺は未来を突き飛ばし──視界が、真っ暗になった。
ここはどこだろう──
意識が戻ると、靄の掛かった場所に居た。
訳もわからぬままに、ふらふらと歩みを進めるとカウンターらしきものが目に入った。その向こう側に人影もある。
「すみません、ここって……もしかして病院ですか?」
直前の記憶を呼び起こして訪ねた。トラックに轢かれたにしては元気に歩けているけれど。
「ようこそ異世界受付へ」
声の主に目を細めて見やると、面積の小さい布を羽織った女性が立っていた。
何かのコスプレだろうか、ギリシャ神話に出てきそうな肩の辺りをブローチで止めただけの布だ。露出している肌面積が多くて目のやり場に困る。
それに、異世界? 受付?
「あ、あの……」
「あなたは死にました」
「え?」
なんだかめんどくさそうに言い放った。よく見ると綺麗な顔の人だ。
「説明するので黙って聞いてから返事して下さいね」
そう言って、一度咳払いをしてから話し始める。
「さっきも言いましたが、あなたは元の世界で死んでしまいました。このままでは魂を失い、永遠の無に帰します。その前に我々が一度だけチャンスを与えます。それから、えーと、あなたが居た世界とは違う世界へ転生し、そこで提示される目的を達成してみて下さい。そうすれば元の世界へ戻ります。そして、死ぬ直前か、または新たな生命として再スタートできます。受けますか? それともここで終わりにしますか?」
事務的ではあるのだけれど、どこかたどたどしい説明を早口気味で言い終えた彼女のやりきった顔を見て、不安が少し和らいだ。
そして、これが引きこもっていた際にラノベを読み過ぎたために見てしまっている悪い夢だと気付いた。いや、良い夢かな、転生モノにはいくらかの憧れがあったから夢にまで出てくるのは素直に嬉しい。
「転生って、俺がこのまま異世界に行く転移ってやつですか? それとも異世界で生まれ変わるカタチ? あっ召喚って設定もありますよね」
なんかワクワクしてきて俺まで早口になってしまった。
「ふーん詳しいんですね、話が早い。物分かりの悪い年寄りじゃなくて良かったです」
受付の女性は、だんだんとため口っぽくなり説明を続けた。
この異世界転生モノは、異世界の誰かに成り代わる憑依型だそうだ。
それと、転生の際に、素敵な能力が付与されるとも言った。
そして、転生する人物も貰える能力もランダムだと得意げに付け加えた。
まぁ想定内の設定だ。夢だし、異世界モノだし、きっとチート能力を得たイケメン賢者あたりに転生させてくれるかもしれない。楽しみだ。
「受けたいと思います」期待を込めてそう答えた。
「オーケー、じゃあ頑張ってね、さよなら」
「これで、終わりですか?」
「そうです」
なんだかそっけない対応にちょっと不安になった。
「他に注意事項とかないんですか?」夢なんだから細かいことは気にしないけど。
「えーと、なんかあったかな」
彼女は、腕を組み眉をひそめながら考え込んだ。最初のたどたどしさといい、今の馴れ馴れしさといい、なんだか好感が持てる。
「あーそうそう、ステータス画面の確認の仕方を教えとかなきゃだった」
ステータス画面か、憑依型だと自分がどこの誰に転生したか分からないからな。重要な項目だ。それを伝え忘れたまま転生させる気だったのか……和むというか、無責任というか。
「こうやって空間に四角を描いて。ステータスオープンって言うの」
そう言いながら彼女は実演してみせた。
何もなかった空間にホログラムのような薄い紙のような物体が現れた。ARってやつかな? 今じゃもう珍しくもなんともない。
「というわけで、改めてさよならね」
「その、サヨナラってなんか寂しくないですか?」この人なら、そんな疑問をぶつけてもいいような気がした。
「だって、あなたとはもう二度と会うことなんてないし」
「異世界に行っても困ったことがあったら助けてくれるとかないんですか? 一緒に転生するって展開があってもいいし」
転生させた女神がヒロインで異世界に着いてくるって設定は好きだ。
「あ~、なんかそんなドジな受付も居たって話聞いたことがあるな。あなたホントに詳しいのね」
居たんだやっぱり、じゃあこの子も女神なのかな?
「でも私は、そゆうんじゃないから、じゃあね。向こうで死んでも恨まないでよ。選んだのはあなたなんだから」
サヨナラとか、二度と会わないとか、恨まないでとか……気にしすぎかな。
とりあえず気楽に夢の続きを楽しもう。
そう思って「行ってきます」と応えた。
「我が名はアカシア。我が主イシュベルディウスの名において盟約を結ばん。この者、納戸輪祢の魂をゲールベルテの地へ解き放たん」
アカシア……この人の名前かな、良い名前だ。他の固有名詞は覚えられそうに無いけれど……。




