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不遇スキル【撤退】しか持たない商家の三男、死ぬたびに最適解を見つけてダンジョン攻略  作者: 昼ライス


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第7話 積みあがるもの

毎日20時投稿

朝の支度に、迷いがなくなっていた。


以前は何度も荷物を確認していた。忘れ物がないか、足りないものがないか、不安になっては手を止めていた。


今は違う。


必要なものが分かっている。


槍。簡単な食料。包帯。余計なものは持たない。


ロイは腰紐を締め直し、立ち上がった。


「早いね、今日は」


宙に浮かびながら、リアが言う。


「無駄が減っただけだ」


「ちょっと冒険者っぽい」


ロイは苦笑した。


「死ににくくなっただけだよ」


だが、完全に否定もできなかった。


歩き出した時、足の運びが軽い。踏み出しと同時に体が自然に次の動きを選ぶような感覚がある。急に速くなったわけではない。ただ、無駄に力を使わなくなっていた。


《足運び》。


名前通りの、地味な変化だった。


だが確実に違う。




東ダンジョンの中は、今日も静かだった。


湿った空気。ぼんやりと光る壁。足音だけが響く通路。


ロイは曲がり角の手前で止まり、耳を澄ます。


気配なし。


視線を左右に走らせ、背後を確認してから進む。


「前より遅いね」


「急ぐ理由がない」


奥へ進むことが目的ではない。生きて戻ることが目的だ。


それを忘れなければ、大きな失敗はしない。


通路の先で、ゴブリンが現れた。


一体。


距離は十分。


ロイは落ち着いて槍を構える。


突く。下がる。間合いを保つ。


棍棒が振り下ろされる前に距離を外し、再び突く。動きはまだ洗練されていないが、焦りはなかった。


やがてゴブリンが崩れ落ちる。


息を整えながら、周囲を確認する。


背後、異常なし。


「安定してきたね」


リアが言った。


「……まだ早い」


ロイは首を振る。


勝てることと、安全であることは別だ。


それはもう分かっている。




その後も、ロイは無理をせず進んだ。


戦える状況だけを選び、危険になりそうなら引く。戦わずにやり過ごした場面もあった。


倒したゴブリンのドロップを確認し、持ち帰る価値があるかを判断する。重さと値段を頭の中で天秤にかける。


全部を持ち帰る必要はない。


損をしないことが大事だった。


しばらく進んだところで、ロイは足を止めた。


壁に、細い線が張り付いている。


光をわずかに反射する、透明な糸。


「……なんだ、これ」


「紐?」


「違うな」


ロイは近づかない。


触れる理由がない。


「知らないものには触らない」


「慎重だね」


「生きてるやつは大体そうだろ」


そのまま、別の通路へ進む。


胸の奥に、小さな違和感だけが残った。




次に現れたゴブリンは、一体だった。


問題なく倒せる距離。


ロイは槍を構え、いつも通り間合いを取る。


突く。避ける。下がる。


だが――。


戦闘の最中、別の足音が聞こえた。


背後。


反射的に距離を取る。


通路の奥から、もう一体。


(二体)


まだ大丈夫だ。


逃げられる。


そう判断した瞬間、横の通路から影が動いた。


三体目。


さらに、奥からもう二体。


気づいた時には、五体のゴブリンが通路を塞いでいた。


ロイは動きを止めた。


冷静に数える。


一体なら勝てる。


二体でも、逃げられる。


だが五体は違う。


前も後ろも、距離がない。


「……まずいな」


リアが小さく言う。


ロイは答えなかった。


槍を構え、横へ動く。隙間を探す。


だが通路が狭い。逃げ道がない。


一体が飛び込んでくる。突いて押し返す。だが次が来る。


距離が詰まる。


足運びで後退する。体勢は崩れない。だが、数が多い。


棍棒が肩をかすめる。


衝撃でバランスが揺れる。


もう一体が踏み込んでくる。


(無理だ)


判断は早かった。


だが、遅かった。


退路がない。


槍を弾かれる。


足がもつれ、倒れる。


視界いっぱいに、ゴブリンの影が広がった。


痛み。


息が詰まる。


それでも頭は冷静だった。


(囲まれたら終わりだ)


次は、数を見誤らない。


光が消える。




目を開けた。


見慣れた天井だった。


しばらく、体を動かさなかった。


呼吸を整える。胸の痛みはない。腕も、足も、問題なく動く。


生きている。


それを確認してから、ゆっくりと起き上がった。


頭の中には、さっきまでの光景がはっきり残っている。


五体。


通路を塞がれた時点で、もう逃げ場はなかった。


「……数か」


小さく呟く。


慎重でも、どうにもならない状況がある。


それを理解しただけでも、無駄ではない。


その時だった。


「あ、そういえば」


リアが、思い出したように声を上げた。


「言い忘れてた」


「何をだ?」


「ステータス。見てないでしょ?」


ロイは眉をひそめた。


「……ステータス?」


「うん。ほら、意識すれば見えるやつ」


あまりにも軽い口調だった。


「最初にダンジョン入った時から見れたんだけどね」


「……先に言え」


「だって普通みんな知ってるし」


リアは悪びれもなく言う。


ロイは小さくため息をついた。


「どうやって見るんだ」


「自分のことを知ろうって思えばいいだけ」


曖昧な説明だった。


だが言われた通り、意識を内側に向ける。


自分の状態を確かめるように。


すると、自然に情報が浮かび上がった。



*************************************

ロイ・マルクス

固有スキル:《撤退》


習得スキル:《足運び》

*************************************


それだけだった。


数字も、細かい説明もない。


だが、十分だった。


ロイはしばらく、その情報を見つめる。


「……消えてない」


「よかったね」


リアが頷く。


「死んでも、魂が覚えたものは残るんだね」


ロイはゆっくり息を吐いた。


確信に変わる。


死んでも、すべてが無駄になるわけではない。


積み上がっている。


だが――。


「だからって、死にたいわけじゃない」


「知ってる」


リアが笑う。


ロイは視線を天井に戻した。


五体に囲まれた状況を思い出す。


あれは判断ミスではなかった。


ただ、数が多すぎた。


「勝てない数がある」


静かに呟く。


なら、やることは一つだ。


「遭遇しない方法を考える」


慎重に進むだけでは足りない。


数を管理する。


危険になる前に離れる。


生きて帰るために。


ロイはゆっくりと立ち上がった。


次にやるべきことは、もう決まっていた。

いつもありがとうございます。


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