第5話 同じにはならない
毎日20時投稿
目を開けた瞬間、ロイはすぐには起き上がらなかった。
見慣れた天井。差し込む朝の光。外から聞こえる市場の音。
何も変わっていない朝だった。
ゆっくりと息を吸い、吐く。腹に手を当てる。傷はない。痛みもない。
それでも、感覚だけは残っている。
棍棒の衝撃。倒れた瞬間の視界。近づいてくる影。
(後ろを見てなかった)
目を閉じたまま、記憶をなぞる。
曲がり角を越えた後、安心した。勝てたと思った。だから警戒が緩んだ。
一体だと決めつけた。
それが失敗だった。
「……起きないの?」
頭の上から、リアの声が降ってくる。
「起きてる」
「もう一回行く?」
ロイは少しだけ考えた。
だが、答えはすぐに出た。
「行く」
あそこで止まったままでは、また同じところで死ぬ。それが分かっている。
目を開け、体を起こす。
怖くないわけではない。だが、何が起きたのかを知っているだけで、足は止まらなかった。
武器屋の店主は、無言でロイを見上げた。
店内には鉄と油の匂いが満ちている。壁に並んだ武器はどれも装飾が少なく、実用本位のものばかりだった。
「何を探してる?」
ぶっきらぼうな声だった。
「槍を」
店主は棚を指した。
「その辺だ。重さは自分で確かめろ」
ロイは並んだ槍を一本ずつ手に取る。
柄の太さ、重さ、振った時の感覚。手に伝わる感触は、どこか馴染んでいる気がした。
だがそれを表には出さない。
何本か試した後、一本を選ぶ。
「これで」
店主は無言で頷き、代金を告げた。
金を払い、槍を受け取る。
手に収まる感覚に、ロイは小さく息を吐いた。
「同じのにしたんだ」
店を出てから、リアが言う。
「慣れてる方がいい」
「壊れるかもしれないのに?」
「だから安いんだ」
失う前提で選ぶ。それは商家で身についた考え方だった。
東ダンジョンの入口に立つ。
今日も冒険者たちが出入りしている。笑い声も聞こえる。何事もない、いつも通りの光景。
ロイは一度だけ深呼吸をした。
そして迷わず中へ入る。
ダンジョンの空気は変わらない。
湿った匂い。ぼんやりと光る壁。足音が静かに響く通路。
ロイは慎重に進む。
曲がり角の前で止まり、耳を澄ます。視線を動かし、死角を確認する。
しばらく進んだところで、ロイは足を止めた。
前に来た時、最初に魔物と遭遇した辺りだった。
だが、気配がない。
「……いない」
思わず呟く。
「誰が?」
「魔物だ」
ロイは周囲を見回した。
地形は同じだ。通路の形も、壁の傷も変わっていない。
なのに、状況が違う。
少し待つが、何も起きない。
「……同じじゃないな」
「そうみたいだね」
リアが頷いた。
ロイはゆっくり息を吐き、先へ進む。
数分後、曲がり角の先から甲高い声が響いた。
ゴブリン。
今度は正面から飛び出してくる。
「っ!」
すぐに距離を取る。槍を構える。心臓が跳ねる。
だが、体は動いた。
突く。下がる。間合いを保つ。
棍棒が空を切る。横に避ける。もう一度突く。
時間はかかったが、ゴブリンは倒れた。
息を整えながら、ロイはその場に立つ。
「……場所が違う」
「うん」
リアが空中で腕を組む。
「同じじゃないね」
ロイは黙って考えた。
地形は同じだ。だが、魔物の位置が違う。
同じ行動をしても、同じ結果にはならない。
「覚えても意味がないな」
「何を?」
「敵の場所」
ロイはゴブリンの死体を見下ろした。
場所を覚えても、次にそこにいるとは限らない。
なら、覚えるべきものは別だ。
曲がり角。視界の悪い位置。背後を取られやすい通路。
危険になる形。
「……そういうことか」
「分かったの?」
「場所じゃない」
ロイは槍を握り直した。
「危なくなる状況を覚える」
リアが少し笑う。
「面倒だね」
「楽に死ねるなら苦労しない」
その後も、ロイは少しだけ奥へ進んだ。
だが無理はしない。
周囲を確認し、呼吸を整え、戻れる余裕を残す。
しばらく進んだところで足を止めた。
これ以上は危ない。
そう判断できた。
「戻るの?」
「ああ」
ロイは迷わず答えた。
「今日はここまででいい」
勝てたから進むのではない。
生きて帰れるうちに帰る。
それが今の自分にできる最善だった。
ダンジョンの外に出ると、陽の光が目に刺さった。
ロイは小さく息を吐く。
生きている。
それだけで、少しだけ安心した。
「同じにならないなら……」
ぽつりと呟く。
「全部に対応できるようになるしかないな」
リアが苦笑する。
「それ、すごく大変だよ?」
ロイは肩をすくめた。
「楽に生き残れるなら、苦労しない」
東ダンジョンの入口を振り返る。
まだ何も変わっていない。
だが、自分の中では確かに何かが変わり始めていた。
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