第4話 二度目の死
毎日20時投稿
翌朝、ロイはいつもより早く家を出た。
空気は冷たく、まだ市場も完全には動き出していない時間だった。昨日と同じ道を歩きながら、頭の中では何度も考えを整理している。
東ダンジョンに入る冒険者の数。戻ってくる時間。装備の重さ。傷の具合。
昨日はただ眺めていただけだったが、それでも分かることはあった。
単独で潜る者は少ない。初心者は必ず数人で組んでいる。長く潜るほど傷が増える。
つまり――長居しない方がいい。
「考えすぎじゃない?」
肩のあたりで、リアがくるりと回った。
「死ぬよりいい」
ロイは即答する。
リアは少し笑った。
「計算しても、死ぬ時は死ぬよ?」
「だから減らすんだよ。確率を」
勇ましい気持ちはなかった。ただ、あの日の光景を思い出すと、足が止まりそうになる。
あそこから魔物が溢れた。
東ダンジョンの入口が見えてくる。
今日も冒険者たちが出入りしていた。昨日と同じ、何事もない朝の風景。笑い声すら聞こえる。
ロイの足が、わずかに止まった。
胸の奥がざわつく。
記憶が蘇る。悲鳴。血の匂い。押し寄せる魔物の群れ。
「帰る?」
リアが軽く聞いた。
ロイは首を横に振る。
「……いや」
勇気ではない。
ここを知らないままでは、また死ぬ。それが分かっているだけだ。
槍を握り直し、入口をくぐった。
ダンジョンの中は、思っていたより明るかった。
壁や天井が淡く光っている。灯りを持っていなくても歩ける程度の明るさだ。だが外の光とは違う。どこか湿っていて、空気が重い。
足音がやけに響く。
自分の呼吸まで大きく聞こえた。
「……静かだな」
「うん。みんな奥にいるんじゃない?」
リアは気楽な調子で言う。
ロイは慎重に進んだ。壁際を歩き、曲がり角の前では必ず立ち止まる。先に音を探る。何もいないことを確認してから進む。
思っていたよりも、逃げ場が少ない。
一本道が多く、横に避けられる場所が少ない。もし魔物に挟まれたら、逃げるのは難しい。
(覚えておかないと)
一歩進むごとに、頭の中で地形を整理していく。
しばらく進んだところで、リアが小さく声を上げた。
「あ、いた」
ロイはすぐに足を止めた。
通路の先。薄暗い影の中に、小柄な人影が動いている。
ゴブリンだった。
緑色の皮膚。粗末な棍棒を持ち、周囲を警戒するように歩いている。
ロイはすぐに構えなかった。
壁に体を寄せ、距離を保つ。
「戦わないの?」
「まだだ」
ゴブリンの動きを観察する。
歩く速度。武器の振り方。視線の動き。気づいていないのか、こちらにはまだ反応していない。
距離は――槍が届く範囲の、少し外。
ロイはゆっくりと息を吐いた。
「……いける」
自分に言い聞かせるように呟く。
一歩踏み出した。
ゴブリンが気づき、甲高い声を上げる。棍棒を振り上げて突っ込んできた。
怖い。
だが、逃げなかった。
槍を突き出す。
先端がゴブリンの肩をかすめる。浅い。だが距離は保てている。
もう一度突く。
今度は腹に当たった。ゴブリンがよろめく。
「っ……!」
腕が震える。思ったより重い。狙いもぶれる。
ゴブリンが突っ込んでくる。慌てて後ろに下がる。槍を突き出す。
何度も、何度も。
綺麗な戦いではなかった。ただ必死に距離を保ち、近づかせないようにするだけ。
やがて、ゴブリンが崩れ落ちた。
動かない。
ロイはしばらく、その場から動けなかった。
呼吸が荒い。手が震えている。
「……勝った」
自分の声が、やけに遠く聞こえた。
「おめでとう。初討伐」
リアが拍手する。
ロイは力が抜けたように壁にもたれた。
怖かった。
だが――。
(いけるかもしれない)
そう思ってしまった。
一体なら勝てる。時間はかかるが、無理ではない。
胸の奥に、小さな安心が生まれる。
「もう一体くらいなら……」
口に出した瞬間、自分でも少し驚いた。
リアが眉を上げる。
「調子に乗ってない?」
「……確認するだけだ」
ロイは槍を握り直し、奥へ進んだ。
通路を曲がった瞬間だった。
背後で、小さな音がした。
振り向く。
遅かった。
別のゴブリンが、すぐ後ろにいた。
「っ!?」
慌てて槍を構える。だが距離が近すぎる。棍棒が振り下ろされる。腕で受け、衝撃で槍が弾かれた。
落ちる。
金属音が響いた。
まずい、と理解した時には、もう遅い。
ゴブリンが飛びかかってくる。
後ろに下がろうとして、足が滑った。
体勢が崩れる。
(後ろを見てなかった)
頭の中が、妙に冷静だった。
一体だと思い込んでいた。
確認を怠った。
だから――。
衝撃。
鋭い痛みが腹を貫く。
息が止まる。視界が揺れる。体から力が抜けていく。
痛い。
息ができない。
それでも、頭は止まらなかった。
(後ろを確認する)
曲がり角の前で止まる。
一体見つけても、もう一体いると思え。
血の味が口に広がる。
視界が暗くなっていく。
音が遠ざかる。
(次は、失敗しない)
光が消える。
体の感覚がなくなり――。
目を開けた。
見慣れた天井だった。
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