第19話 減っていく危険
毎日20時投稿
中層に降りてから、もう何度目になるだろう。
足元の感触を確かめながら、ロイはゆっくりと通路を進んでいた。ダンジョンの床は相変わらず硬く、ところどころに削れた跡が残っている。冒険者たちが長年行き来してきた証だ。
薄ぼんやりとした光が壁から滲むように広がり、昼でも夜でもない曖昧な明るさを作っている。
最初にここへ来たときは、この光すら落ち着かなかった。
今はもう、気にもならない。
「……今日は静かだな」
槍を軽く握り直しながら、ロイは呟いた。
中層に入ってからというもの、探索の流れはかなり安定している。狼との戦い方も固まり、無理に戦わず、危険な配置なら避ける。戦うべきと判断した時だけ仕掛ける。
結果として、怪我は減り、消耗も減った。
死ぬ回数も、減っている。
「いいことなんだけどねぇ」
肩の横をふわりと飛びながら、リアが言う。
「なんだかロイ、普通の冒険者っぽくなってきた」
「それは褒めてるのか?」
「うーん、どうだろ」
リアは少しだけ首を傾げた。
「前はもっと、必死だったから」
ロイは苦笑する。
「必死じゃない冒険者なんていないだろ」
「そうかなぁ」
軽口を返しながらも、リアの視線は周囲を見ていた。
ロイも同じように周囲へ意識を広げる。気配はない。音もない。中層特有の、遠くで何かが動く気配すら感じない。
楽だ。
正直にそう思った。
そして同時に、そう思えるようになったことに少し驚く。
最初に中層へ降りた日は、どこから狼が飛び出してくるのか分からず、常に肩に力が入っていた。今は違う。危険な場所とそうでない場所の違いが、なんとなく分かる。
完全ではない。だが、以前より確実に。
通路の角を曲がる。
そこで、ようやく気配が動いた。
低い唸り声。
狼だ。
一体。
距離は十分。問題ない。
ロイは足を止めず、半歩だけ横へずれる。狼が飛び込んでくる軌道を外す位置だ。予想通り、狼は一直線に踏み込んできた。
槍を突き出す。
手応え。
短い戦闘だった。
狼が崩れ落ちるのを確認してから、ロイは息を吐く。
「……早くなったな」
「うん。今の、全然危なかった感じしなかった」
リアの言葉に、ロイは小さく頷く。
以前なら、もう少し時間がかかっていた。距離を取り、様子を見て、確実なタイミングを待っていたはずだ。
今は違う。
無理をしているわけではない。
ただ、余計な動きが減った。
それだけだ。
「慣れって怖いね」
「便利とも言う」
狼の魔石を回収しながら、ロイは答えた。
慣れたからこそ、余裕が生まれる。余裕があるから判断が早くなる。結果として危険も減る。
悪いことではない。
……たぶん。
さらに奥へ進む。
しばらく戦闘はなかった。
代わりに見つけたのは、小さな宝箱だった。中層に入ってから見かけるようになったものだ。罠の可能性もあるが、このあたりは比較的安全だと分かっている。
慎重に開ける。
中には魔石と、簡単な装備素材。
「当たりだな」
「最近よく見つけるね」
「探索してる範囲が広がったからだろ」
そう言いながらも、ロイは内心で計算していた。
今日の収入は悪くない。狼の魔石に加えて、この素材があれば、しばらくは装備の修理費も気にしなくていい。
商家で育った癖なのか、どうしても金額に換算してしまう。
だが、それは悪いことではない。
冒険者は稼げなければ続かない。
それを、ロイはよく知っている。
「ねえロイ」
しばらく歩いたあと、リアがぽつりと言った。
「なに?」
「最近、あんまり死ななくなったね」
ロイは一瞬だけ言葉に詰まった。
そして肩をすくめる。
「死なない方が普通だろ」
「そうだけどさ」
リアは少しだけ笑った。
「なんか、前より危ないことしてない」
「してないよ」
即答だった。
実際、その通りだ。無理な戦闘は避けている。危険な配置なら撤退する。勝てる相手しか選ばない。
それが今のロイの戦い方だ。
そして――それで上手くいっている。
通路を折り返し、帰路へ入る。
今日はこれ以上深追いする必要はない。荷物も増えたし、十分な成果だ。
無理をする理由がない。
出口へ向かう途中、ロイはふと足を止めた。
壁際。
光の加減で、細い何かがきらりと光った気がした。
「……?」
近づいて見る。
細い糸だった。
指で軽く触れると、簡単に切れる。
「蜘蛛か?」
中層でも、たまにいる。珍しいことではない。
ロイはそれ以上気にせず、歩き出した。
背後で、リアが少しだけ振り返る。
「……」
「どうした?」
「ううん。なんでもない」
リアはいつもの調子で笑った。
「帰ろっか」
「ああ」
ロイは頷き、出口へ向かって歩き出す。
その背後。
光の届かない通路の奥で、細い糸がもう一本、静かに揺れていた。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。




