第17話 退くための戦い
毎日20時投稿
狼との戦闘は、もう珍しいものではなかった。
単体であれば、やることは決まっている。距離を取り、突進に合わせて動きを止め、槍の間合いを崩さない。
それだけでいい。
中層に入ってから数日。ロイの探索は安定していた。浅層はほとんど通過するだけの場所になり、活動の中心は完全に中層へ移っている。
「最近、余裕あるね」
リアが言う。
「無理してないだけだ」
ロイは短く答えた。
倒せる相手としか戦っていない。それが結果として余裕を生んでいるだけだ。
通路の脇に宝箱が置かれていた。
周囲を確認してから蓋を開ける。
中には魔石と、小さな革袋。それから巻かれた羊皮紙。
「またスクロールだね」
「ああ」
文字を確認する。
効果は分かる。だが、今の戦い方に必要なものではない。
迷わず袋にしまう。後で売るだけだ。
革袋の中身も確認する。回復薬が一本。悪くない。
宝箱を閉じ、ロイは立ち上がった。
中層に入ってから、収入は安定している。危険を増やさず、持ち帰れる量だけ増えている。
それで十分だった。
数分ほど進んだところで、ロイは足を止めた。
気配察知に反応。
一つではない。
二つ。
「……狼だな」
「二体いる」
前方の通路。距離はまだあるが、動き方で分かる。
ロイは少し考えた。
単体なら問題ない。
二体でも、位置が良ければ対処できるかもしれない。
(距離を保てれば――)
槍を構える。
先に現れたのは一体目だった。
低く唸りながら、一直線に距離を詰めてくる。
突進。
タイミングは分かっている。
投擲ダガーを放ち、わずかに動きを止める。その隙に槍を突き出す。
浅く入った。
狼はすぐに距離を取り直す。
問題ない。
ここまでは、いつも通りだった。
――次の瞬間。
横から風が走った。
「っ!」
二体目。
視界の外から回り込んできていた。
慌てて後退する。牙が腕のすぐ横をかすめた。
距離が作れない。
一体を牽制すると、もう一体が踏み込んでくる。
単体のときの間合いが維持できない。
(まずいな)
攻撃の隙がないわけではない。
だが、どちらかに集中すれば、もう一体が来る。
槍を振るいながら後退する。
狼たちは焦らない。ただ距離を詰め、逃げ場を狭めてくる。
単純な動きのはずなのに、数が増えただけで圧力が違った。
息が早くなる。
足場も良くない。
(倒せるかもしれない)
そう思った。
一体を先に仕留めれば、残りはいつも通りだ。
だが――。
次の瞬間、二体が同時に動いた。
左右からの挟み込み。
ロイは無理に反撃せず、大きく後ろへ跳ぶ。
牙が空を切る。
背中に冷たい感覚が走った。
(……無理だ)
勝てるかどうかではない。
ここで続ければ、どこかで被弾する。
そうなれば帰れない。
「逃げる」
短く言った。
「うん!」
リアの返事と同時に、ロイは動いた。
投擲ダガーを続けざまに投げる。
一体の視界を遮り、もう一体の足を止める。
振り向かない。
足運びに任せて距離を取る。
曲がり角を一つ、二つ。
通路を変える。
直線を走らない。
狼の突進を活かさせない。
背後で爪が石を削る音がした。
だが追いつかれない。
さらに角を曲がり、気配が遠ざかる。
ようやく足を止めたとき、ロイは大きく息を吐いた。
「……危なかったね」
「ああ」
心臓の音がまだ早い。
単体とは別物だった。
数が増えただけで、ここまで違う。
しばらく呼吸を整え、周囲を確認する。
気配はない。
追ってきてはいないようだった。
引き返そうとして、ロイは横道に気づいた。
これまで通ったことのない通路だ。
「こっち、行ったことないな」
「確認するの?」
「危険がないならな」
慎重に進む。
魔物の気配は少ない。
しばらく進むと、小さな空間に出た。
壁際に宝箱が一つ置かれている。
ロイは小さく息を吐いた。
「……こっちの方が楽だな」
戦わずに退いた結果、別の道に出ただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
帰り道。
ロイはゆっくり歩きながら考えていた。
さっきの戦いは、続けていれば勝てたかもしれない。
だが、それは確実ではない。
「さっきの、もう少しで倒せたんじゃない?」
リアが言う。
「かもしれないな」
ロイは頷く。
「でも、勝てるかどうかじゃない」
出口の光が見える。
「帰れるかどうかだ」
怪我もなく、装備も無事。
袋の重さも十分。
それでいい。
ロイはいつも通りの足取りで、街へ向かって歩き出した。
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