第16話 速さの違い
毎日20時投稿
低い唸り声が、通路に響いた。
目の前の獣は、ゴブリンとは明らかに違っていた。四足で地面を掴み、体を低く沈めている。飛びかかる寸前の姿勢だ。
距離はまだある。
だが、安心できる距離ではない。
(速いな)
ロイは槍を構えたまま、相手の動きを観察する。
ゴブリンより体格が大きい。筋肉の付き方も違う。無駄な脂肪がなく、動きに迷いがない。毛並みも荒れていない。素材として見ても悪くなさそうだった。
「新しい魔物だね」
肩の近くで、リアが小さく言った。
「ああ」
ロイは短く答える。
先に動いたのは、狼の方だった。
地面を蹴る音が、予想よりも早く近づく。
「――っ」
思っていたより速い。
槍を突き出すより先に、間合いを詰められた。
ロイは反射的に横へ踏み込む。
牙が空を切った。
すれ違いざまに、毛並みが視界をかすめる。
(ゴブリンとは違う)
一撃で仕留めるつもりで動く相手だ。立ち止まれば終わる。
距離を取り直す。
足運びが自然に働いた。体が勝手に安全な位置へ動く。
狼が振り向く。
再び低く構える。
次は速さを理解している。
ロイは自分から距離を詰めない。槍の間合いを保ったまま、相手の動きを待つ。
突進。
今度は見えた。
踏み込みの瞬間、投擲ダガーを放つ。
肩口に刺さり、わずかに動きが鈍る。
その一瞬で十分だった。
槍を突き出す。
穂先が毛皮を裂き、肉を貫いた。
狼が短く吠える。
だが止まらない。
体を捻り、無理やり距離を詰めようとする。
ロイは無理に押さえ込まない。
槍を引き、後退する。
再び間合いを作る。
(速いだけだ)
動きは単純だ。
一直線に飛び込み、噛みつく。
フェイントも、駆け引きもない。
だからこそ、距離を保てばいい。
狼が再び跳ぶ。
今度は正面から迎えた。
踏み込みを合わせ、槍を突き出す。
喉元。
深く入った感触。
狼の体が崩れ落ちた。
数歩ほど地面を掻き、やがて動かなくなる。
しばらくその場で様子を見る。
動かない。
完全に絶命していた。
「……速かったな」
ロイは息を整えながら呟く。
ゴブリンとは違う疲労が残っている。短い戦闘だったはずなのに、体が熱い。
「でも、倒せたね」
「ああ」
危なかったわけではない。
だが、楽でもなかった。
槍を引き抜き、周囲を確認する。
気配察知に、もう一つ反応があった。
遠い。
近づいてはこない。
通路の奥、暗がりの中で何かが動いた気がした。
視線を向ける。
一瞬だけ、灰色の影。
同じような体格。
だが、それ以上近づいてはこなかった。
やがて気配が遠ざかる。
「……仲間か」
ロイは小さく呟いた。
「群れなのかもね」
リアが言う。
ロイは追わなかった。
一体なら対処できる。
だが、数が分からない相手を追う理由はない。
倒した狼から魔石と牙を回収する。
魔石の色と重さを確かめる。ゴブリンのものより質がいい。買取価格も一段上になるはずだった。
牙も武具素材として扱われる。数を揃えれば、それなりの金になる。
傷の入り方を見て、売り物として問題ないことも確認する。
袋にしまいながら、ロイは小さく頷いた。
帰り道、ロイは歩く速度を少し落としていた。
気配察知を、いつもより意識して使う。
さっきの影が頭に残っている。
一体なら問題ない。
だが、複数なら話は違う。
狭い通路で囲まれれば危険だ。
(戦う場所は選ばないとな)
見通しのいい場所。
逃げ道のある場所。
それだけ気をつければいい。
やり方は変わらない。
ダンジョンの外に出たとき、空はまだ明るかった。
怪我はない。
装備も無事だ。
ただ、いつもより少しだけ疲れている。
「どうだった?」
リアが聞く。
「速かった。でも、対処できる。……手間の割に、悪くない相手だ」
ロイは答えた。
強い相手だったが、無理をしなければ問題はない。
「中層も、これなら攻略できそうだな」
そう呟きながら、ロイは街へ向かって歩き出した。
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