第14話 慣れた先
毎日20時投稿
同じ朝が、何日も続いていた。
起きる時間も、家を出る時間も、ほとんど変わらない。装備を整え、軽く体を動かし、食卓につく。食事を終えれば、そのまま東ダンジョンへ向かう。
最初の頃は、毎朝どこかで緊張していた。
今日は無事に帰れるだろうか。
そんな考えが、頭の片隅に常にあった。
だが今は違う。
緊張は消えていた。
代わりに残っているのは、やるべきことを順番にこなす感覚だけだ。
投擲ダガーの位置を確かめ、槍を軽く振る。軽装の革鎧も、もう体の一部のように馴染んでいた。動きを邪魔する感覚はない。
考えなくても動ける。
ここ数日で一番大きく変わったのは、それだった。
「最近、帰りが少し遅いわね」
母が朝食を並べながら言った。
「浅いところで安定して稼げるようになったからね。少し長く潜ってるんだ」
ロイはパンをちぎりながら答える。
嘘ではない。
ゴブリンもスライムも、もう危険ではなかった。戦闘というより、確認作業に近い。
自然と、足が先へ向くようになっていた。
レイが腕を組んだまま言う。
「慣れてきた頃が一番危ない」
「分かってる」
ロイは頷いた。
だが、止められているわけではない。
家族も分かっているのだろう。ロイが無理をする性格ではないことを。
ギルドは朝から賑わっていた。
素材を渡し、査定を待つ。最近はやり取りも短い。持ち込む内容が安定しているからだ。
背後から、別の冒険者の声が聞こえた。
「最近、あいつ奥の方まで行ってるよな」
「そろそろ中層行くつもりか?」
「早くないか?普通はもう少し浅いところで慣れるだろ」
ロイは振り向かなかった。
自分のことだと分かっていても、否定する理由はない。
受付の男が金額を書き込みながら言う。
「無理はするなよ。特に中層は急に変わる」
「そのつもりはありません」
ロイは正直に答えた。
本当に焦っているつもりはない。
ただ、危なくない範囲が少しずつ広がっているだけだ。
ダンジョンの中は、いつも通りだった。
湿った空気。ぼんやりとした光。
曲がり角の手前で止まり、気配を探る。
問題なし。
進む。
ゴブリンが現れる。
投擲ダガーが先に動き、足を止めたところを槍で突く。
終わり。
体が自然に動く。
戦闘の後に周囲を確認する動作も、考えずにできるようになっていた。
「完全に慣れたね」
リアが言う。
「同じことを繰り返してるだけだ」
「それができる人、少ないんだけどね」
ロイは肩をすくめた。
特別なことをしているつもりはない。
スライムも同じだった。
距離を取り、核を狙う。
長引きそうなら戦わない。
判断に迷う時間が減った分、疲労も少ない。
気づけば、浅層を抜けるまでにほとんど体力を使っていなかった。
以前ならここで引き返していた。
だが今日は、そのまま進む。
中層へ続く通路に入った瞬間、空気がわずかに変わった。
重いわけではない。
ただ、静かだった。
魔物の気配が少ない。
「……こんなものか」
ロイは小さく呟く。
もっと危険な場所を想像していた。
だが実際には、大きな違いはない。
ゴブリンが一体。
問題なく処理する。
少し進んだ先でスライムが一体。
同じように倒す。
やることは変わらない。
通路は少し広くなっていた。
見通しがいい。
戦いやすい。
ロイは周囲を見渡しながら歩く。
緊張はない。
浅層と同じだ。
「思ったより普通だな」
「そうだね」
リアも同意する。
危険な気配はない。
魔物の密度も低い。
むしろ楽に感じるくらいだった。
しばらく進んだあと、ロイは立ち止まった。
まだ進める。
体力にも余裕がある。
だが、今日はここまでにする。
初めての場所で長居をする理由はない。
「戻るか。無理はしないでおこう」
「うん」
リアも何も言わない。
無理をしないのは、いつものことだった。
ダンジョンの外に出ると、夕方の光が差し込んでいた。
疲労は少ない。
怪我もない。
袋の重さも安定している。
浅層では、もう危険を感じない。
中層も、少なくとも今日は問題なかった。
帰り道、ロイはふと思う。
ダンジョンに入ることが、特別なことではなくなっている。
怖さはない。
やるべきことをやれば、帰ってこられる。
「ここも、慣れれば、仕事と同じか」
誰に言うでもなく呟く。
リアは小さく笑ったが、その意味をロイは深く考えなかった。
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