第13話 目立たないやり方
毎日20時投稿
朝の空気は、まだ少し冷たかった。
装備を確認しながら階段を降りると、レイが先に起きていた。机の上に広げた帳簿から顔を上げ、ロイの姿を見る。
「もう慣れたか?」
「何が?」
「その装備だよ」
視線は新しい軽装に向けられていた。
動きやすさを優先した革鎧。余計な飾りはなく、実用一点張りだ。
「悪くない」
ロイが答えると、レイは小さく頷いた。
「重くして安心するやつは長く続かない。動けなくなるからな」
「逃げにくくなるしな」
ロイが言うと、父が食事の手を止めずに口を開いた。
「いい判断だ」
短い一言だった。
だが、以前のような心配の色はもうなかった。
母はいつものように笑う。
「ちゃんと帰ってきてるものね」
それが一番大事だと、誰もが分かっていた。
ギルドは朝から騒がしかった。
素材の持ち込み、依頼の確認、出発前の打ち合わせ。人の流れを抜けながら、ロイは買取窓口へ向かう。
袋を渡すと、受付の男が中身を確認して小さく眉を上げた。
「安定してるな」
「そうですか?」
「東でこの量を続けて持ってくるやつは少ない」
ロイは曖昧に笑った。
特別なことはしていない。
危なくなる前に戻っているだけだ。
手続きを待っていると、隣から声がかかった。
「東か?」
振り向くと、使い込まれた鎧の男が立っていた。年季の入った装備と、無駄のない立ち方。
「はい」
「最近はどうだ」
「普通です」
男は小さく笑った。
「普通に帰ってくるなら上出来だ」
壁に背を預け、続ける。
「奥に行くほど、勝てるかどうかより戻れるかどうかになる。無理して稼ごうとするやつほど消える」
説教のような口調ではない。ただの経験談だった。
ロイは頷く。
「無理はしてません」
「ならいい」
男はそれ以上何も言わず、別の窓口へ歩いていった。
特別な助言ではない。
だが、自分のやり方が間違っていないことだけは分かった。
ダンジョンの中は、いつもと変わらない。
湿った空気と、ぼんやりとした光。
だが、ロイの感じ方は以前とは違っていた。
焦りがない。
曲がり角の手前で止まり、気配を探る。
問題なし。
進む。
ゴブリンが現れる。
投擲ダガーで動きを止め、槍で仕留める。
短い。
無駄がない。
戦闘が終わる頃には、次に何をするか体が先に動いている。
「慣れたね」
リアが言った。
「同じことをしてるだけだ」
「それができない人が多いんだよ」
ロイは答えなかった。
違いがあるとすれば、危なくなる前に止まることだけだ。
スライムも同じだった。
距離を保ち、核を狙う。
長引きそうなら戦わない。
無理に倒す理由はない。
戦闘の回数が減った分、疲労も少ない。
気づけば、以前よりも奥まで来ていた。
それでも緊張はない。
危険な気配もない。
中層へ続く通路の手前で足を止める。
ここから先へ進むことはできる。
体力にも余裕がある。
だが、ロイはしばらく考えたあと、踵を返した。
「戻る」
「早いね」
「今日はもう十分だ」
袋の重さを軽く確かめる。
これ以上進めば戦闘は増える。
消耗も増える。
だが、持ち帰れる量は大きく変わらない。
「……今は、このくらいが一番いい」
深く潜ることが目的ではない。
帰ることが目的だ。
それが分かるようになっただけだった。
帰り道、ロイは考えていた。
以前は、少しでも奥へ行こうとしていた。
今は違う。
どこで引き返すのが一番得かを考えている。
商売と同じだった。
利益が出るところで止める。
それ以上は欲張りだ。
ダンジョンの外に出ると、夕方の光が差し込んでいた。
疲労は少ない。
怪我もない。
袋の中身も、ちょうどいい。
無理をしていない証拠だった。
帰り道、ロイはふと思う。
ダンジョンに入ることが、怖くなくなってきている。
それはいいことなのか。
それとも――。
少し考えて、首を振った。
危なくなれば戻る。
それだけだ。
「明日も行くの?」
リアが聞く。
「ああ」
ロイは頷いた。
「今なら、もう少し先まで行けそうだからな」
リアは小さく笑ったが、何も言わなかった。
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