第12話 使うための金
毎日20時投稿
今朝の空気は、少しだけ軽く感じられた。
理由は分かっている。
ここ最近、死んでいない。
それだけで、体の力の抜け方が違った。
階段を降りると、すでに父とルイが食卓についていた。レイは椅子の背に腕をかけて、ロイの装備袋をちらりと見ている。
「最近、持ち帰りが安定してるな」
開口一番、そう言われた。
「無理してないからな」
ロイは椅子に座りながら答える。
事実だった。戦える相手だけを選び、危険になる前に戻る。それだけのことだ。
だが、それを続けられる冒険者は多くない。
「いいことだ」
父が短く言った。
それ以上は何も言わない。
だが、反対の言葉が出ないこと自体が変化だった。
母が皿を置きながら笑う。
「最近、怪我しないわね」
「危ないことしてないから」
「それが一番よ」
何気ない会話だった。
けれどロイには、それが少しだけ嬉しかった。
街に出ると、いつも通りの喧騒が迎えてくる。
買取所の前にはすでに列ができていた。
順番を待ちながら、周囲の会話を聞く。
「また装備やられた」
「スライムか?」
「酸がな……修理代で赤字だ」
ロイは何も言わず、袋の中身を確認する。
ゴブリンの魔石。スライムコア。
最近はこの組み合わせが多い。
自分の番が来て、素材を差し出す。
提示された金額を見て、ロイは小さく息を吐いた。
(悪くない)
派手ではない。
だが確実に増えている。
全部売る必要はない。
スライムコアは半分だけ残す。
「またか。貯めるのか?」
受付の男が言う。
「今すぐ全部売る理由がないんで」
「商人だな」
軽く笑われた。
否定はしない。
武器屋へ向かう途中、ロイは立ち止まった。
店先に並ぶ革鎧。
自分のものより少し新しい。
だが、まだ使える。
そう思って通り過ぎようとして――。
「壊れてからじゃ遅い」
今朝のレイの言葉が頭に浮かんだ。
ロイは足を止める。
壊れてから替える。
それは商売では損をするやり方だ。
使えなくなってからでは遅い。
店の中に入る。
「耐酸加工?」
店主が眉を上げた。
「スライムにやられたか?」
「いや、まだ」
「なら早いな」
棚から出されたのは、軽装の革鎧だった。
通常の革よりも少し色が淡い。
「スライム素材を混ぜてある。完全に防ぐわけじゃないが、劣化はかなり遅くなる」
ロイは手に取って重さを確かめる。
軽い。
動きを邪魔しない。
値段は安くない。
だが、払えない額ではなかった。
(これで装備を失う可能性が減るなら)
それは損ではない。
「これを」
ロイは決めた。
槍も新しくする。
形はほとんど同じ。
ただ、柄が少し強く、穂先の質がいい。
「無理に変えなくてもよかったんじゃない?」
店を出たあと、リアが言った。
「今のうちに変える方が安い」
ロイは答える。
「壊れてからじゃ、逃げることもできなくなる」
それが一番困る。
東ダンジョンの入口に立つ。
以前よりも、ここに立つことに迷いがなくなっていた。
中へ入る。
湿った空気。
薄い光。
変わらないはずの景色が、少しだけ違って見える。
余裕があるからだろう。
ゴブリンを見つける。
投擲ダガーで動きを止め、槍で仕留める。
問題ない。
スライムも同じだ。
核を狙えば、短時間で終わる。
以前のように、装備の状態を気にして距離を取り続ける必要もない。
酸が飛んできても、焦りはなかった。
「楽になったね」
リアが言う。
「ああ」
ロイは頷いた。
強くなったわけではない。
ただ、余計な不安が減った。
少しだけ奥へ進む。
これまでなら引き返していた位置を越える。
魔物の数は多くない。
静かだった。
危険な気配もない。
(もう少し行けるか)
そう思ったが、ロイは首を振った。
今日は装備を変えたばかりだ。
慣れていない状態で無理をする理由はない。
「戻るか」
「珍しいね」
「今日は試しただけだ」
ダンジョンの外に出たとき、夕方の光が差し込んでいた。
袋の重さは、いつもと変わらない。
だが、気持ちは少し違う。
安定して稼げる。
無理をしなければ、続けられる。
それが分かった。
帰り道、ロイは考える。
これまで金は、貯めるものだった。
だが今は違う。
使うことで、死ななくなる。
それなら――。
「次は、もう少し奥まで行くか」
誰に言うでもなく呟いた。
リアがくすりと笑う。
「欲が出てきたね」
「違う」
ロイは首を振った。
「準備ができただけだ」
そう言いながら、ロイは家への道を歩き出した。
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