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ジュニア冒険者 ユイと恐怖の封筒

作者: 優湊

挿絵(By みてみん)


 わたしはユイ。

 ジュニア冒険者をしている。


 今日は夏休み。

 学校はなくて、クエストも入っていない日。


 ママは朝から仕事で、

「夕方までには帰ると思うけど、分からないからね」

そう言って、少し急ぎ足で出ていった。


 だから今日は、

 ママのお手伝いを兼ねて、買い物へ。


 向かったのは、商店街。


「こんな店、あったか?」

 

「あぁ、新しい店だよ。

 最近Aランクになった冒険者がやってるらしいぜ!」


「ほぉー、それは期待できるな! 食べてみるか」


 肩や胸元、帽子に冒険者証をきらびかせた店員が、自慢の料理や加工食品、衣類、機器を店頭に並べている。


 商店街はいつも賑やかで楽しそうな話し声や、

 途切れない機械音、人の足音が重なっている。


 わたしは、この雰囲気が嫌いじゃない。


 でも――

 人混みは、少し苦手だ。


 知らない大人の声。

 急に近づいてくる距離。

 後ろを取られる感じ。


 だから、

 いつもより少し足早に歩いていた。


「――落としたよ?」


 背中から声をかけられて、びくっと肩が跳ねた。

 一瞬、息が止まる。


 振り返ると、五十代くらいの男の人が立っていた。

 白髪が少しまじっていて、

 きれいなシャツに、ゆったりしたズボン。

 どこにでもいそうな、普通の大人だった。


 その人が、茶色い封筒を差し出している。


「これ」


「……?」


 わたしは、思わず首をかしげた。


「落ちてたから。君の足元に」


 封筒は、少しだけ膨らんでいる。


 紙袋みたいに軽そうなのに、

 中身があるのが、見た目だけで分かった。


 わたしは、自分のカバンを見た。


 リュックに入る大きさだけど、こんな封筒は入れていない。


「……わたしのじゃ、ないです」


 そう言うと、男の人は少し驚いた顔をした。


「あれ、そう? てっきり君のかと思って」


 困ったように、笑う。


「でも、さっきまで君しかいなかったからさ」


 言われて、周りを見る。


 商店街の道。

 さっきまで人がいたはずなのに、今はたまたま少ない。


 受け取らないまま、立ち尽くす。


「中、見てみたら?」


 軽い口調だった。


 まるで確かめるだけだから、と言うみたいに。


 少し迷って、

 わたしは封筒の口を、ほんの少しだけ開けた。


 中にあったのは――

 お札だった。


 しかも、一枚や二枚じゃない。

 見たことのない量の、現金。


 どくん、と心臓が鳴った。


「……!」


「ほらね」


 男の人は、ほっとしたように言った。


「次は落とさないよう、気をつけてね」


 わたしは、何も言えなかった。

 だって、こんなお金、持ったことがない。

 それに「違います」と言い切る理由も、うまく見つからない。


「じゃ、気をつけて」

 

 男の人は、それ以上何も言わずに、歩き出した。

 引き止める暇もなかった。


 ――どうしよう。


 胸の奥が、ざわざわする。

 


 そのまま、買い物を終えた。


 レジでお釣りを受け取るときも、

 頭の中は、ずっと封筒のことだった。


 帰ってきたママにも、言えなかった。


 怒られる気がしたわけじゃない。

 盗んだと思われる気がしたわけでもない。


 ただ――

 説明できない。


 どう説明していいか、本当に分からなかった。

 だから、自分の机の引き出しに、そっと入れた。


 次の日。

 その次の日。


 封筒は、引き出しの中にある。

 使っていない。返してもいない。

 どこにも、持っていけない。

 


 そして、三日目。

 商店街の角で、わたしは、あの男の人を見た。

 向こうもわたしに気づいた。


 一瞬、目が合う。


 ――にこり。


 あの日と同じ、優しい笑顔。


 すれ違う、そのとき。


「……あのお金」


 男の人が、ぽつりと言った。


「どうした?」


 足が、止まった。

 心臓が、音を立てて跳ねる。


 ――どうして。

 どうして、中身を知っているの?


 わたしは、何も答えられないまま、

 商店街の真ん中で、立ち尽くしていた。


***  視点:男 ***


 男は湯に浸かっていると、

 あの子のことがふと頭をよぎった。

 

 ――茶色い封筒。


 銀行で下ろした現金を、そのまま入れただけのもの。

 使い道も、特に決めていなかった。


 最近は現金を使う場面も少ない。

 支払いは、ほとんど電子。買い物も、生活の管理も、企業開発ヒューマノイド〈ノア〉に任せている。


 だから、余っている金だった。


 あの日も、深く考えたわけじゃない。

 たまたま目に入ったのが、

 ひとりで歩いている、あの子だった。


 小さな背中。

 少し早足で、周りを気にしている様子。


 ――ああ、

 こういう子に渡せば、助けになるかもしれない。


 そんな程度の軽い考えだった。


 落としたふりをして、拾わせる。

 困ることはないだろう。

 少し得をして、家に持って帰るだけだ。


 善意だったと思う。

 少なくとも、悪いことをしたつもりはなかった。

 


 数日後。


 商店街の角で、あの子を見かけた。

 あ、と声をかけようとして、やめた。


 向こうが、こちらに気づいた。

 一瞬、目が合う。


 にこり、と笑った。


 すれ違いざまに、ぽつりと聞いた。


「……あのお金。どうした?」


 その瞬間、あの子の足が止まった。

 はっきり分かるほど、体が固まった。

 顔色が変わり、目が、揺れた。


 あれ? と思った。


 ひきつった負の表情。怯えた目。


 なんでそんな表情を?

 そんなに、重い話だっただろうか。


 ただ、使ったかどうか、聞いただけなのに。

 答えは、返ってこなかった。


 そのまま、立ち尽くす背中を残して、離れた。

 お礼くらい言ったって、良いのに。


 いや、俺のお金だって渡したわけじゃないから知らないかもな。

 それ以上、深く考えることはなかった。

 


***  視点:ユイ ***

 

 夜、布団の中。

 スマホを握りしめる。


 画面は暗いまま。

 少し迷ってから、文字を打った。


「拾ったお金 どうする」


 すぐに、いくつも結果が出てきた。

 読めば読むほど、胸の奥が、ひやっとしていく。


 拾ったお金は、すぐに持ち主に返すか、

 警察に届け出る義務があります。


 義務。


 その言葉が、強く残った。


 7日以内。交番。届け出。

 難しい言葉は、よく分からない。


 でも――


 ”勝手にもらうと犯罪になる可能性“

 そこだけは、はっきり目に入った。


 わたし自分のものだなんて、思ってない。

 ただ、引き出しに入れているだけ。


 でも。

 それは、「届ける」じゃない。

 「隠している」に、近い。


 スマホを置いて、天井を見る。

 胸が、ぎゅっと縮んだ。


 悪いことをしたつもりはない。

 拾っただけ。どうしたらいいか、分からないだけ。


 なのに。

 ”知らなかった“は、理由にならない。

 画面のどこかに、そんな感じのことが書いてあった。


 警察。交番。

 そこへ行って、説明する自分を想像する。


「いつ拾いましたか?

 どうして今まで持っていたんですか?」


 答えられない。

 ちゃんと、言葉にできない。


 ――怖い。


 目を閉じると、あの人の声が浮かんだ。


「……あのお金、どうした?」


 責める声じゃなかった。

 ただ、確かめるみたいな声。

 それも怖くて心臓が高鳴る。


―― わたし。どうすればいいの?


 ママの顔が浮かぶ。

 一筋、涙が流れた。



 翌日。

 ママが仕事に行く前、言った。


「今日は暑くなるから、水筒忘れないでね」


「うん」


 普通の朝。


 なのに、

 ママが出ていく背中を見て、少しだけ不安になった。

 ひとりになる時間が、長く感じる。

 


 昼前。

 インターホンが鳴った。


 ぴん、と体が固まる。


 誰だろう。

 宅配?

 それとも――


「……はーい」


 声が少し震えた。

 モニターに映っていたのは、見知らぬ配達員さん。

 ほっとして、その場に座り込んでしまった。


 ――何してるんだろう、わたし。


 誰にも何もされていない。

 あの人は、「どうした?」って聞いただけ。


 でも。

 午後、洗濯物を取り込んでいるとき。

 道路の向こうに、似た背格好の人が見えた。


 ドキッとして、目を凝らす。

 違う人だった。


 知らない人。

 それでも、胸のざわざわは、なかなか消えない。


 夜。

 ママが帰ってきて、一緒に夕ご飯を食べる。


「今日、どうだった?」


「……普通」


「そっか」


 ママは、それ以上聞かなかった。

 聞かれたら、話せたかもしれない。

 でも、聞かれなかった。


 

 翌日。

 買い物に行こうとして、

 玄関で靴を履いたまま、動けなくなった。


 ドアの向こう。

 

 誰かが立っている気がした。


 ――いない。


 分かってる。

 それでも、ドアノブに手を伸ばすのが、怖い。


 結局、その日は外に出なかった。



 引き出しを、そっと開ける。

 

「……返したほうが、いいのかな」


 小さく、声に出してみる。


 でも、どこに?

 

 あの人は、名前も知らない。

 連絡先も、知らない。

 そもそもあの人のかどうかも分からない。


 警察?交番?

 行ったら「なんで持ってたの?」って聞かれる。


 説明できない。

 ちゃんと説明できない。


 ――じゃあ、捨てる?


 それは、もっとダメな気がした。


 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。

 考えれば考えるほど、どれも間違っている気がした。


 夜、布団の中。

 スマホを握りしめる。


 誰かに、メッセージを送りたかった。


 でも、誰に?


 ママに言えばいい。

 分かってる。


 でも――

 まだ、何も起きていない。


 それが、一番の問題だった。


 拾っただけ。返せないだけ。

 そんなことで、相談していいのか、分からない。


 目を閉じる。

 あの人の声が、よみがえる。


「あのお金。どうした?」


 中身を知ってるいたから、余計に怖かった。


 わたしは、何を恐れているんだろう。

 分からないまま、眠れない夜が、続いていた。



 その日から、数日が過ぎた。


 封筒のお金は、机の引き出しの奥にしまったまま。

 ――そのはずだった。


 だから。


「ユイ、これ……?」


 その声を聞いたとき、

 頭の中が、真っ白になった。


 ママの手にあったのは、

 見覚えのある、茶色い封筒。


 角が少しだけ折れていて、

 触ると、かさっと音がしそうな紙。

 

 引き出しの奥に、確かにしまったはずのもの。


「……それ」


 声が、うまく出なかった。


 ママは、封筒の中を確かめて、眉をひそめた。


 でも、それは怒った顔じゃなかった。

 困っている顔だった。


「どうしたの、これ」


 責める声じゃない。

 でも、逃げられない声だった。


 胸の奥が、ぎゅっと縮む。


「……拾ったの」


「拾った?」


「……落としたよ、って」


 そこまで言ったところで、言葉が詰まった。

 喉の奥が、熱くなる。


 涙が、勝手に出てきた。


 話しかけられたこと。

 調べたこと。

 また会ったこと。


 そして、怖かったこと。


 順番もめちゃくちゃに、ユイは全部話した。

 ママは、黙って聞いていた。


 話し終わったあと、少しだけ、深く息を吸う。


「ユイ」


 静かな声だった。


「その人、名前は?」


 ユイは、首を振った。


「知らない」


「連絡先は?」


「……知らない」


 ママは、少し考えてから言った。


「分かった」


 そして、ユイの目を見て、はっきり言う。


「ユイ。大丈夫よ。あなたは悪くない」


 その言葉で、

 胸の奥の緊張が、少しだけほどけた。


*** 視点:ママ(桜)***

 

 ユイが眠ったあと。

 寝息を確認した桜は、静かにリビングへ戻った。


 テーブルの上に置かれた、茶色い封筒。


―― どうしたら良いかしら。


 警察、という選択肢がないわけじゃない。

 でも――

 

 お金の持ち主は、たぶんその男性。宛はある。

 ユイは、”何かされた“わけではない。

 

 桜は冒険者ギルドアプリを開いた。


―― やっぱり。これよね。


 選択項目から護守を選ぶ。


 専職〈護守〉は、動植物の捕獲等(捕獲、採取、殺傷、損傷)を担い、生息調査も行う。


―― たしか、人も。調査や護衛を頼めたはず。


 桜は、願った。


「お願い、助けて」


 小さくつぶやいて、桜は申請を押した。


*** 視点:ユイ ***

 

 次の日の朝。

 ママは、朝ごはんを食べながら言った。


「昨日、緊急の護守クエストを申請したの。

 今朝、受注されたわ」


 ユイは、箸を止めた。


「……クエストを?」


「そう。踏身師って師格ギルダーがあるのね。

 初めて知ったわ。

 その人、お昼前には来てくれるって」


「ふみし……?」


「そう」


 ママは、少し考えてから言う。


「相手の事情や領域に、

 覚悟して踏みこむ、人の専門家ってとこね」


 ユイは、よく分からなかったけれど、

 なんとなく、頷いた。

 


 インターホンが鳴る。


 ドキッとしたけれど、ママが一緒に立っていた。


 ドアの向こうにいたのは、

 落ち着いた雰囲気の女性がいた。


「はじめまして。 イチカです」


 イチカさんは膝を曲げた。


「まずは、言わせてください」


 そう言ったイチカさんと目が合う。


「もう、大丈夫よ」


 その一言で、

 ユイの目から、ぽろっと涙が落ちた。


「これから調査を進めるから、何日か待ってね。

 明日にはわかると思うから」


 イチカは自信有り気にそういって、微笑む。

 

「ところでユイちゃん。

 このお金、どうしたい?」


 わたしは、封筒を見た。


「任せます」


 イチカさんは、また笑った。


「分かったわ」

 


 数日後。

 わたしとママはイチカさんの指示で、公園に来た。


 そこに――男は、現れた。

 男は、わたしに気づいて、視線を向ける。


「この前の子だ」


 歩を進める男の道筋に、

 イチカさんが、さりげなく割りこむ。


「こんにちは」


「……?」


「および立てに応じて頂き、ありがとうございます。

 彼女の保護者から依頼を受けています。イチカです」


 男は、驚いたように目を瞬かせた。


「え? いや……俺、なにも……」


「分かっています」


 イチカさんは、落ち着いて言った。


「だから、話をしに来ました」


 男は、少し困ったように笑った。


「あれは俺のお金で。

 でも、余裕もあるし、寄付みたいなもんで」


 イチカさんは、うなずく。


「善意だったんですね」


「……はい」


 わたしは、一歩前に出た。


「……あの」


 男は、わたしを見る。


「知りませんでした」


 正直に言った。


「お金を拾ったら警察に届けないといけないって。

 でも、説明できないから困って、怖くて」


 男の顔が、はっと変わった。


「……そうか」


 しばらく黙ってから、頭を下げた。


「ごめん。

 そんなつもり、なかった」


 イチカさんが言う。


「では、確認します。

 このお金は、あなたが“あげた”ものですね?」


「はい」


「返却は求めませんか?」


「求めません」


 イチカさんは、わたしを見る。


「ユイちゃん」


 わたしは、封筒を握りしめた。


「……もらって、いいですか」


「もちろん」


 男は、そう言った。

 わたしは、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」



 帰り道、イチカさんが言った。


「これで安心だね」


「はい。ありがとうございました」


 わたしは、空を見上げた。


 怖かった気持ちは、まだ消えていない。

 思い出すと、胸の奥が少しだけきゅっとする。


 でも、前みたいに、正体の分からないものじゃなくなった。


 分からないことは、助けを呼んでいいこと。

 自分ひとりで抱えなくていいこと。


 そのことを、わたしは知った。


 ――踏身師(ふみし)


 人の領域に、覚悟して踏みこむ人。


 わたしもいつか、誰かの「分からない」を、

 ひとりにしない冒険者になれたらいいな、と思った。

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ジュニア冒険者ユイと魚の養殖

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