第3話「荷造りと、選べない香水。」
旅行前日の夜は、どうしてこう胸が高鳴るのだろう。
部屋の中には
開きかけのスーツケースと、
広げたままのタオルや化粧品、
そして決められずに並べられた服たち。
それぞれの部屋で、
8人がそれぞれの“準備時間”を過ごしていた。
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◆叶の部屋(おだやかで整った空気)
叶は静かにスーツケースを開け、
温泉用のポーチをスッと入れた。
「……あとは、充電器と……」
独り言は小さくて、どこか優しい。
服は迷わず決まるタイプ。
けれど一つだけ迷っていた。
湯上がりの香り。
いつも使っているホワイトムスクにするか、
旅用に買った、花の香りにするか。
(温泉だし……あんまり強すぎても、ね)
香水を手にしながら、ふと笑う。
(誰かにいい匂いって思われたいわけじゃ……ないよね?)
そう胸に言い聞かせて、
結局、柔らかい香りをスーツケースに入れた。
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◆友奈の部屋(賑やか・音楽かけながら)
「うぉ〜〜バッグ入んない!!」
友奈はベッドの上で服を広げすぎて、
すでに混沌の渦ができていた。
スマホから流れるアップテンポの曲。
床には旅行用のお菓子。
画面に通知が来る。
> 小春「浴衣に合うインナー持った?」
美結「パックの種類で悩んでる……」
友奈はすかさず返信。
> 「わかる〜〜!悩むよね!!!」
そしてまた服を見る。
「……誰か選んでくれ〜〜!」
その言葉は自分でも笑ってしまうほど大きく響いていた。
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◆瑞希の部屋(静かで整然)
瑞希の部屋は驚くほど綺麗で、
用意してあるのは最低限の荷物。
必要なものだけ。
無駄は入れない。
淡々と準備しているのに、
香水の前では手が止まった。
ガラス瓶を持ったまま、
しばらく動けなかった。
(……旅で恋なんてしないと思ってたのに)
心の奥をくすぐる出来事が、
最近少しずつ増えていた。
誰に対してなのか、
まだ形にはできないけれど。
瑞希は香水をそっと置く。
その指先は、ほんの少し震えていた。
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◆紗月の部屋(ふわふわ・癒し)
紗月は、服を畳む手つきがやわらかい。
選ぶものも柔らかい素材や、淡い色ばかり。
香水は迷わない。
いつもの、優しい石けんの香り。
鏡に映る自分に向かって小さく笑う。
「……みんな、楽しんでくれるといいなぁ。」
荷物を入れながら、
ふわっとした幸せが胸に広がっていた。
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◆陽芽の部屋(静かで慎重)
陽芽のベッドの上には、
色違いのカーディガンが3つ並んでいた。
「……どれが、みんなに馴染むかな……」
小さく呟いた声は、
少し震えていた。
旅行は楽しみ。
でも心のどこかで、
“はぐれたくない”気持ちがつよい。
香水は持っていくか迷った。
ほとんど使ったことがない。
けれど、
今日だけは、
少しくらい背伸びしてもいい気がした。
手を伸ばして1本選ぶ。
フルーティーで透明な香り。
(……大丈夫)
(嫌われないよね)
その小さな勇気だけで、胸がじんとした。
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◆美結の部屋(華やかで賑やか)
「どれ着ても可愛いなぁ〜〜!」
自分で言いながら鏡の前でくるっと回る。
美結は旅行中の写真を想像して、
服をポンポンとベッドに置いていく。
思い出は、綺麗に残したい。
写真も、気持ちも。
スマホが鳴る。
> 叶「明日早いから無理しないでね」
> 美結「ありがと〜〜!大丈夫だよ♡」
その一言で、
選ぶ香りがすぐ決まる。
花のように甘い、少し大人びた香り。
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◆小春の部屋(にぎやか・食べ物多め)
「……お菓子入れすぎて服入らん!」
小春の部屋はカラフルだった。
旅行=食べ歩きでもある。
動画を見ながら笑って、
ふと鏡を見る。
「やっぱ眉毛大事だよね〜〜旅行って。」
美容グッズも一応入れる。
香水は使わない派。
でも今日は、
紗月にもらったハンドクリームを入れた。
香りが、ほんのすこし甘い。
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◆彩羽の部屋(静か・本とノートが多い)
彩羽は、
旅先でも読めるように薄い文庫本を選んでいた。
ゆっくり本棚から取り出し、
表紙を指先でなぞる。
香水は、ほとんど使わない。
でも手紙を書くような気持ちで、
スーツケースに小さな瓶を入れた。
夕方に似合う、落ち着いた香り。
(みんなと過ごす時間が、
静かに優しく続きますように)
そんな願いを、そっと胸にしまった。
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荷造りの音、
夜の暖かい空気、
灯りの色。
8人がそれぞれの部屋で、
それぞれの想いを抱えていた。
> まだ出かけてすらいないのに、
もう旅は始まっていた。
温泉、雪、夜のブッフェ。
そして、ひそかに芽生える恋心。
全部、明日につながっている。




