第29話 「帰り道、言葉にしない約束。」
車が温泉街を離れると、
景色はゆっくりと日常に戻っていった。
白かった道は少しずつ色を取り戻し、
建物の間に、いつもの街の気配が混ざる。
「……帰ってる感じする。」
紗月が窓の外を見ながら言った。
「さみしいこと言うなって。」
友奈が笑う。
「でもさ。」
小春が続ける。
「ちょっとだけ、わかる。」
車内は、行きより静かだった。
疲れているのもある。
でも、それだけじゃない。
この二日間で、
それぞれの中に何かが残っていた。
「ねえ、写真送って。」
美結が言う。
「今?」
友奈が聞く。
「今。」
「せっかくだし。」
スマホの音が、
車内に小さく響く。
「これやばくない?」
「山寺のやつ?」
「前髪、事件。」
「消して。」
美結が即答する。
笑いが起きる。
その笑いは、
昨日よりも少し落ち着いていて、
でもちゃんとあたたかい。
後部座席で、
陽芽はスマホを見ながら、
そっと画面を閉じた。
頭の中には、
さっきのロビーでの会話。
また話せる?
その一言が、
ずっと残っている。
隣では、
瑞希が静かに窓の外を見ていた。
言葉はない。
でも、
沈黙が苦しくない。
前の席では、
友奈と美結が話している。
「ねえ。」
美結が言う。
「このあとさ、どうする?」
「どうするって?」
友奈が聞く。
「帰ったあと。」
友奈は少し考えてから、
「……また集まるでしょ。」
と答えた。
「それ、いつ?」
美結が食い下がる。
「近いうち。」
友奈は笑う。
「こういうのは、間あけないほうがいい。」
「たしかに。」
小春が会話に入る。
「冷める前にね。」
「なにそれ。」
紗月が笑う。
「恋みたいな言い方しないで。」
彩羽が静かに言った。
でも、
誰も否定しなかった。
サービスエリアに入る。
「休憩する?」
叶が聞く。
「する。」
全員、ほぼ同時だった。
外に出ると、
空気は少しだけ暖かかった。
「……昨日より寒くない。」
陽芽が言う。
「場所違うからね。」
瑞希が答える。
それだけの会話。
でも、
昨日より自然だった。
自販機の前で、
二人並ぶ。
「何飲む?」
瑞希が聞く。
「……同じのでいい。」
陽芽が答える。
「昨日と同じやつ?」
「うん。」
小さな選択。
でも、
それが少しだけ嬉しい。
戻ると、
みんなそれぞれ飲み物を持っていた。
「これ、最後の休憩感ある。」
友奈が言う。
「言わないで。」
美結がすぐ返す。
「でもさ。」
小春が言った。
「終わるから、
続けようって思うんじゃない?」
その言葉に、
全員が少しだけ黙る。
車に戻ると、
エンジン音が静かに響く。
また走り出す。
「ねえ。」
陽芽が、小さく言った。
「ん?」
瑞希が振り向く。
「また、話そうね。」
瑞希は一瞬だけ驚いて、
それから、少しだけ笑った。
「……うん。」
言葉にしなくても、
わかる約束がある。
この旅でできたのは、
思い出だけじゃない。
これからも続いていく、
小さなつながり。
車は、
それぞれの日常へ向かって走り続ける。
でも、
心のどこかには、
まだ温泉の湯気が残っていた。




