第15話 「息切れの先に、景色があった。」
石段の数は、もう誰も数えていなかった。
足を上げて、置いて、体を前に運ぶ。
それだけを繰り返す。
太ももは重く、
息は浅く、
肩は自然と前かがみになる。
「……あと、どれくらいだろ。」
友奈が、かすれた声で言った。
「もう聞かないほうがいいやつ。」
小春が苦笑する。
「聞いたら心折れるやつだね。」
美結も同意した。
それでも、
足は止まらなかった。
止まる理由より、
進む理由のほうが、いつの間にか多くなっていた。
しばらくして、
石段の先が、ふっと明るくなる。
「……あ。」
紗月が小さく声を出した。
木々の隙間が広がり、
空が見える。
誰かが言ったわけじゃないのに、
全員の足取りが、ほんの少しだけ速くなる。
最後の段を上りきったとき、
思わず、全員が立ち止まった。
「……はぁ……っ。」
言葉にならない息が、
白く空に溶けていく。
目の前に広がっていたのは、
思っていたよりもずっと静かな景色だった。
山の稜線。
遠くの町。
薄く積もった雪が、光をやさしく返している。
「……すご。」
美結が、ぽつりと呟いた。
「登った人にしか見えないやつだね。」
小春が言う。
友奈は膝に手をついたまま、
空を見上げて笑った。
「正直、途中でやめたいって思った。」
「私も。」
陽芽が素直に言う。
「でも……来てよかった。」
瑞希は、少し離れた場所から景色を見ていた。
胸の奥が、じんわりと熱い。
疲れとは違う、
達成感のようなもの。
(……こういうの、久しぶり)
ふと、横を見ると、
叶も同じ方向を見ていた。
目が合う。
ほんの一瞬。
でも、さっきより自然だった。
「……おつかれ。」
叶が言う。
「……おつかれ。」
瑞希も返す。
それだけで、
十分だった。
彩羽は、少し後ろで立ち止まり、
景色を眺めてから言った。
「芭蕉も、ここに立ってたんだろうね。」
「同じ景色?」
紗月が聞く。
「たぶん、違うけど。」
彩羽は微笑む。
「でも、静けさは同じだったと思う。」
誰も否定しなかった。
今なら、わかる気がした。
風が吹いて、
濡れた前髪が冷たく揺れる。
美結が笑った。
「もうさ、前髪どうでもよくなってきた。」
「それ、山寺の効能かも。」
小春が言う。
「心が整う感じ?」
友奈が首を傾げる。
「体はボロボロだけどね。」
陽芽が付け足す。
全員が、くすっと笑った。
しばらくの間、
誰も話さずに景色を見ていた。
言葉がなくても、
気まずさはなかった。
むしろ、
同じものを見ている時間が、心地いい。
「……そろそろ、戻ろっか。」
叶が言う。
名残惜しそうにしながらも、
みんな頷いた。
下りの階段は、
また別の緊張が待っている。
でも、
今はもう大丈夫な気がした。
この場所で、
一緒に息切れして、
一緒に景色を見た。
それだけで、
この旅は、もう特別になっていた。
山寺を後にする頃、
誰かがぽつりと言った。
「……温泉、楽しみだね。」
その一言に、
全員が、同じ気持ちで頷いた。
次は
山寺を降りたあとの、
少しだけ距離が縮んだ空気。
そして、
ようやく向かう月岡ホテル。




