第14話 「前髪が崩れて、笑われて、救われる。」
石段は、まだ終わりそうになかった。
息を吐くたび、白い空気がふわりと広がる。
太ももがじんわり重くなってきて、足の感覚も少し鈍い。
「……ちょっと休憩しよ。」
叶がそう言って立ち止まった。
誰も反対しなかった。
「もう……足が笑ってる……。」
友奈がその場にしゃがみ込む。
「笑ってるなら元気じゃん。」
小春が言うけれど、自分も息が切れている。
美結は黙って前髪を押さえていた。
指先が濡れて、思ったようにまとまらない。
「……やばい。」
ぽつりと漏れた。
「どうしたの?」
紗月が近づく。
「前髪。」
美結は小さくため息をついた。
「完全に終わった気がする。」
スマホの画面を見て、固まる。
「……うわ。」
それを見た友奈が、
「なになに?」と覗き込んで、
次の瞬間、吹き出した。
「ちょ、待って。
それ、想像以上にくしゃってる。」
「笑わないで!」
美結が抗議する。
「ここまで頑張ってきたんだから!」
「いや、ごめん。」
友奈は笑いをこらえながら言う。
「でもさ、逆にレアだよ。
こんな美結、初めて見た。」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。」
紗月は少し考えてから言った。
「でも……それも、かわいいと思う。」
「紗月まで!」
美結は半分拗ねたように言う。
その様子を、少し離れたところで見ていた叶が近づいた。
「……確かに、崩れてるけど。」
そう前置きしてから、続ける。
「でもさ、
今の美結、すごく楽しそうに見える。」
美結は一瞬、言葉を失った。
「……それ、ずるい言い方じゃない?」
「本心だよ。」
叶は静かに言った。
その一言で、
前髪のことなんて、どうでもよくなる気がした。
瑞希は、陽芽の横に立って、
濡れた前髪を見て言った。
「……タオル、使う?」
そう言って、小さなタオルを差し出す。
「いいの?」
陽芽は少し驚いた。
「うん。
もう一枚あるから。」
陽芽は受け取って、
そっと前髪を押さえた。
「……ありがとう。」
声が、少しだけ柔らかくなる。
「前髪崩れるとさ。」
陽芽がぽつりと言う。
「なんか……全部どうでもよくなるね。」
瑞希は、ほんの少しだけ口角を上げた。
「……それ、わかる。」
彩羽は、その光景を見ながら言った。
「前髪って、不思議だよね。
整ってるときは気になるのに、
崩れきると、逆に楽になる。」
「それ、名言。」
小春が頷く。
みんな、少しずつ笑い出す。
疲れているのに、
見た目はぐちゃぐちゃなのに、
空気はさっきよりずっと軽かった。
「……もう、いっか。」
美結が言った。
「どうせ温泉入るし。」
「それな。」
友奈が即座に同意する。
「最終的に全員すっぴん。」
「女子旅の真理。」
小春がまとめる。
その言葉に、
全員が笑った。
笑い声が、
杉の木の間に吸い込まれていく。
立ち上がると、足はまだ重い。
でも、気持ちは不思議と前向きだった。
「……行こっか。」
叶が言う。
誰も弱音を吐かない。
誰も取り繕わない。
前髪が崩れたことで、
少しだけ、素の自分になれた。
石段は、まだ続いている。
でも今は、
この状態で登るのも、悪くないと思えた。




