第13話 「滑りそうな階段と、差し出された手。」
石段は、さっきよりも明らかに険しくなっていた。
段差が高く、表面はところどころ濡れている。
踏み出すたびに、靴底がきゅっと音を立てた。
「……ここ、さっきより滑る。」
陽芽が小さく言う。
その声には、はっきりとした緊張が混じっていた。
「無理しないで。」
紗月が振り返る。
「ゆっくりでいいから。」
陽芽は頷いたけれど、足先がわずかに震えている。
そのときだった。
つるっ、と。
ほんの一瞬、陽芽の体が傾いた。
「……っ!」
声になる前に、
誰かの手が、ぎゅっと腕を掴んだ。
「大丈夫。」
瑞希だった。
低くて落ち着いた声。
でも、力はしっかりしている。
陽芽は驚いたまま、瑞希を見上げた。
「……ありがとう。」
「無理しないで。」
瑞希はそれだけ言って、
手を離そうとした。
けれど。
「……あ、待って。」
陽芽が、思わず言った。
瑞希の袖を、指先でつまむ。
ほんの一秒。
でも、離すには少し勇気がいる距離。
「……もう少しだけ、いい?」
陽芽の声は小さかった。
瑞希は一瞬だけ迷ってから、
ゆっくり頷いた。
「……うん。」
それからは、
瑞希が半歩前を歩いた。
危ないところでは、
何も言わずに手を差し出す。
陽芽は、その手を取るたび、
胸の奥が少しずつ温かくなっていくのを感じていた。
怖さよりも、
安心のほうが大きくなっていく。
少し前では、別の光景が生まれていた。
「……叶ちゃん、ここ滑る。」
友奈が言う。
「足元、気をつけて。」
叶はすぐに立ち止まり、後ろを見る。
「手、貸そうか?」
友奈は一瞬だけ目を丸くして、
すぐに笑った。
「え、いいの?」
「うん。」
叶の手は温かくて、
思っていたよりも大きかった。
「……なんかさ。」
友奈が笑いながら言う。
「山寺で手つなぐと思わなかった。」
「これは、つないでるって言わないでしょ。」
叶も少し照れたように返す。
でも、
どちらも、すぐには手を離さなかった。
さらに前では、
美結が足を止めていた。
「……ちょっと待って。」
前髪を押さえながら言う。
「これ以上崩れたら、もう終わり。」
「もう十分頑張ってると思うけど。」
小春が笑う。
「ほんとだよ。」
紗月も言う。
「可愛い。」
「……慰めにならないんだけど。」
美結はそう言いながらも、少し笑った。
彩羽は、みんなの様子を一歩後ろから見ていた。
助け合うのが自然で、
誰も無理をしていない。
言葉は少ないのに、
関係だけが、静かに深まっていく。
階段の途中で、
また一度、全員が立ち止まった。
息を整えるための、小さな休憩。
「……ねぇ。」
友奈が言う。
「ここ来てよかったね。」
「うん。」
紗月が頷く。
「大変だけど、嫌じゃない。」
「むしろ、忘れられない。」
美結が前髪を直しながら言った。
瑞希は、まだ陽芽の少し前に立っている。
振り返らずに、
静かに言った。
「……行ける?」
「……うん。」
陽芽は答えた。
「大丈夫。」
その声は、
さっきよりもはっきりしていた。
石段は、まだ続く。
でももう、
怖さは一人で抱えるものじゃなかった。
誰かの手があるだけで、
足取りは、確実に変わる。
この階段で、
恋が始まったと気づくのは、
もう少し先のこと。
今はただ、
同じ段を、同じ速度で登っている。
それだけで、十分だった。




