第12話 「初雪の山寺、千段のはじまり。」
石段は、思っていたよりもずっと長かった。
息を吐くたび、白い空気が胸に溜まる。
「……はぁ……」
友奈が立ち止まり、膝に手をついた。
「これ……ほんとに修行じゃない?」
小春が笑うけれど、声は少し震えている。
美結は前髪を押さえながら言った。
「夜の温泉街歩く用の体力、ここで全部使い切りそうなんだけど……」
石段の途中、少しだけ開けた場所に出た。
木々の間から、白い空と、遠くの山並みが見える。
誰も言わずに立ち止まる。
ただ、息を整える時間。
その静けさの中で、彩羽がぽつりと口を開いた。
「……ここ、松尾芭蕉が来た場所なんだよ。」
「え、芭蕉?」
友奈が顔を上げる。
「奥の細道の?」
瑞希が確認するように言う。
彩羽は頷いた。
「うん。芭蕉がここに来たとき、有名な俳句を詠んでる。」
紗月が少しだけ身を乗り出す。
「……どんな句?」
彩羽は石段の上を見上げながら、ゆっくり言葉を選んだ。
「閑さや
岩にしみ入る
蝉の声」
風が木々を揺らす音。
どこかで水が滴る音。
遠くの足音。
誰も喋らない。
でも、静けさだけが、確かにそこにあった。
「……蝉、いないのにね。」
美結が小さく言う。
「でも……わかる気がする。」
陽芽が答えた。
「音がないのに、静かすぎて……逆に、何かが響いてる感じ。」
彩羽は微笑んだ。
「芭蕉もね、ここで何もない静けさに、心を打たれたんだと思う。」
瑞希は濡れた石段を見つめながら言った。
「……千段登って、息切れして、前髪ぐちゃぐちゃで、それでも……
こういう場所に来る意味、ちょっとわかったかも。」
叶は、その言葉を聞いて、ゆっくり頷いた。
「しんどいから、余計なこと考えられなくなるんだよね。」
「……うん。」
紗月がそっと同意する。
冷たい水が頬に落ちた。
汗なのか、霧雨なのか、杉の枝からの雫なのか。
美結が笑う。
「芭蕉の時代も、きっとこんな感じだったのかな。」
「芭蕉はブーツじゃないと思う。」
小春が即ツッコミを入れる。
笑い声が、石段にやさしく反響した。
そのあと、誰かが誰かの背中を気にするようになった。
足元を見て、声をかけて、歩幅を合わせる。
石段は、まだ続いている。
でも、さっきより少しだけ、足取りは軽かった。




