第1話 「冬休み、どっか行かない?」
冬休みが近い大学は、どこかのんびりしていて、
空気の端に、浮かれた期待みたいなものが漂っていた。
外は雪の気配。
でも学生ラウンジの中は暖かくて、
ホットコーヒーやミルクティーの甘い香りがふわっと広がっている。
丸いテーブルに、8人の女子大生。
それぞれがノートPCを開いたり、スマホを触ったり、
なんとなく同じ時間を共有していた。
そんな中で、ぽつりと言葉が落ちる。
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「ねぇ、冬休み……どっか行かない?」
言ったのは友奈。
声は軽いのに、その響きは大きかった。
「あら、急だね〜。」
美結がゆるく笑いながら言う。声は明るくて可愛い。
「急じゃない。冬休みの予定、まだ白紙なんだよ。」
友奈はハンドクリームを塗りながら、照れたように肩をすくめる。
「……わかる。冬って、気づくと終わってるから。」
叶が優しい声で言った。
落ち着いた雰囲気の人で、自然と周囲をまとめる役になるタイプ。
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「旅行とかいいかもね。」
瑞希はスマホを横に置きながら、少しだけ視線をこちらに向けた。
声は淡々としているけれど、完全に無関心ではない。
「旅行いいっ!」
即反応したのは小春。
もう検索アプリを開いている。
「……温泉、とか?」
遠慮がちな声は紗月。
ふわふわした口調で、聞く人を柔らかく包む。
その言葉に、陽芽が小さく手を胸元に寄せる。
「温泉街……好き。
静かで、匂いがあって……ああいう雰囲気。」
声が少し震えているのは、緊張か、それとも嬉しさか。
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「温泉いいね〜〜!雪見風呂とか絶対映えるし!」
美結の声は軽く弾んで、冬なのに空気が春みたいになる。
「映えだけで決めるのやめなよ。」
瑞希が苦笑しながら言う。
でもその口元は、楽しそう。
「じゃあ条件整理しまーす!」
友奈はスッと立ち上がると、ホワイトボードのペンを手に取った。
「まず……“温泉”!」
「確定〜!」(小春)
「それはもう。」(叶)
カツ、カツ、と書く音が心地いい。
「つぎ。“夜ご飯おいしい”」
「大事〜〜〜。」
小春は身を乗り出す。
「……朝ごはんも、忘れないで……」
紗月がそっと付け足す。
友奈が振り返る。
「朝も?」
「朝こそ!」(美結)
「パンとか……焼き立てがいい……」
陽芽は少し目を輝かせている。
「……女子は胃袋で幸せを判断するからね。」
瑞希が小さく笑う。
叶はそのやり取りを見て、
くすっと柔らかい笑みを浮かべた。
「なんかいいね。
こうやって決めていく時間も、旅行みたい。」
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そして突然。
「――ねぇ。これ見て。」
小春の声だけ、急に真剣だった。
8人が画面を覗き込む。
夜のブッフェにはライブキッチン。
お肉を焼く写真から湯気が立っているのが見える気がする。
そして朝食のページ。
焼き立てパン。
ジャム。
卵料理。
湯気の立つスープ。
「……」
言葉が出ない。
でも全員、心の中は同じだった。
瑞希がそっと息を吸う。
「……行こう。そこ。」
叶がゆっくり頷く。
「うん。
ここなら、みんな絶対笑う。」
友奈が宣言する。
「それじゃあ――」
ペンを走らせながら、声を弾ませた。
「行き先は、かみのやま温泉。
宿泊先は……月岡ホテルに、決定!」
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拍手。
笑い声。
「楽しみ〜!」
「やばい!もう嬉しい!」
「浴衣どうしよ!!!」
それぞれの声が重なり、
冬の午後は一気に春色に変わった。
窓の外には、白い雪がふわりと降り始める。
> その瞬間。
まだ誰も気づいていなかった。
この旅が、
ただの温泉旅行じゃなくなることを。




