第25話 ギルド前夜、僕らの会話は青いポケットへ
ニナは――エルフだった。
六か国のひとつに〈エルフピース〉という国があるのは知っていたが、まさか目の前の彼女が人間に化けていたなんて。
衝撃ではあったものの、誰も深く追及はしなかった。エルフと人間の違いなんて、尖った耳があるかないかくらいだし、極論アテナは女神だ。今さら耳の一本や二本で驚く段階でもない。
「まあ、変に騒がれても面倒だし、今まで通り耳は隠しておいた方がいいかもな」
そう提案すると、ニナはきょとんとした顔で、それからほっと頬をゆるめた。
「……それでいいんだ。てっきり、追い出されるかと思った」
「しかしだ。魔族とエルフの関係はどうなんだ? いがみ合ってるなら、フリーデンに連れていくのは危険かもしれん」
もし魔族が人間と同盟を結んだあと、最初の矛先をエルフに向ける計画だったら――ニナは真っ先に火の粉を被る。
「大丈夫だと思うよ」
「何故そう言える?」
「三年前、魔族の王が代替わりしたのは知ってるでしょ。クレア――王女。歴代でも指折りの強さって聞くけど、同時に超がつく平和主義者だって噂。話し合いなしに戦争を仕掛けるタイプじゃない」
たしかに。人間国へ届いた手紙の文面からも、こちらを威圧する色は薄かった。――それが策略でなければ、の話だが。
で、よし! 今すぐ出航! ……とはいかなかった。理由は単純、金だ。
手持ちの金貨は四十枚ほど。船代は片道ひとり十枚。四人で片道四十、往復八十。
王様が最初に金貨二百枚を渡してくれた理由が、いま身に染みてわかる。
計画は大幅に修正が必要だった。
そこで俺たちは冒険者ギルドへ。討伐系の依頼を中心に、片っ端から受けては堅実にこなしていく。安定のバイオレットが軸、そこに新加入のニナの補助が噛み合って、連携は目に見えて精密になっていった。
え、アテナは? ……説明いる?
「仲間外れはやめてよね」と言いながら当然のように同行するが、戦闘には一切参加しない。森で見つけたキノコを拾い食いして腹を壊し、戦闘後はバイオレットの常備薬で介抱され、
「まったく、バカだな、本当に……」
――最後はお腹をさすられる、までがセット。既視感MAXの光景である。
「困ったやつだ。戦わないなら宿で待ってればいいのに」
思わず俺がぼやくと、ニナが「いいじゃない」と、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「いざという時の保険って思えば。アテナが本気を出したら一瞬で終わっちゃうでしょ。私たちの成長のために、あえて手を出さないのよ」
「あいつ、そこまで考えてないだろ。単に面倒くさいだけだと思うけど」
「そうかもね。でも、私はアテナにも付いてきてほしいわ」
「戦力として?」
「それもあるけど……アテナの話、面白いじゃない。正しくは、アテナと悠真が話す、よく分からないアニメとかゲームの話。悠真、普段は冴えない顔してるくせに、その話になると目が生き生きしてるじゃない」
「うわ、恥ずかしい。お前、そんな目で俺を観察してたの?」
「別にいいでしょ。夢中になれるくらい、好きなものがあるって」
「……ニナ」
「なに?」
「前から思ってたけど、お前って案外やさしいよな」
「はぁ? なにそれ? まさか口説いてる? やめて、気持ち悪い。このロリコン」
顔を真っ赤にした次の瞬間、ニナのお得意・ローキックがスパーンと飛んできた。
ツン――からの、デレ。いや、デレ……は微量だが、確実にある。たぶん。
それにしても、動揺してると自分で、ロリコンって言っちゃうクセ、なんとかした方がいいぞ。
ニナの言う通り、移動中や休憩のたびに、俺とアテナは現世のアニメやゲームの話をよくしていた。もちろんバイオレットとニナは作品を知らない。それでも二人は「そんな結末なのか。嫌だな」とか「でも、そのキャラの気持ち、なんとなくわかるわ」と、ちゃんと自分の意見を返してくれる。
この前なんて、ある物語で一時間以上も語り合った。
「ポケットから、空を飛べてどこにでも行ける道具が出てくるだと? それはもう兵器じゃないか」
「それだけじゃないわ。人の感情すら操作できる道具もあるの」
「人の心まで……恐ろしいな」
「フン。心を操るなんてろくでもないわね。そんな力を手にしたら、絶対に自滅するわ。そのアニメ、ハッピーエンドじゃないでしょ」
「最後はまだ描かれてないけど、きっとハッピーエンドになるわよ」
「え、嘘でしょ?」
「ニナの指摘はもっともね。主人公が彼でなければ破滅一直線。でも彼は、なんでも叶うポケットより、それを持つ親友を大切にしてる。『ポケットか親友か、どっちか選べ』って言われたら、迷わず親友を選ぶタイプよ」
「すごいな、その主人公は。だが、選択として正しい――ポケットを選べば、最初は順風満帆でも、いずれ虚しさに気づく。親友を失った後悔は一生残るだろう。親友を選べば、当初は不便を嘆くかもしれんが、いつかその笑顔を見て『まあ、いいか』と心から思える。それが本当の幸せだ」
「へぇ。いいじゃない。その主人公、すごく好感が持てるわ」
「そうね。彼は尊敬に値するわ」
三人は口々に感想を重ねる。
――言うまでもないが、話題にしていたのは国民的アニメ『ドラえもん』だ。
子ども向けと思われがちだが、まったく知らない二人の耳には、まるで上質なヒューマンドラマのように響いていた。
……ドラえもん、意外と深いんだよな。